断ち合い

 個人的な経験から言えば、どんな刃物でも、一振りで首を跳ねるのは難しい。


 人の骨は硬い。首の骨、脊椎も当然硬く。首を撥ねるにはその間と間を斬り抜ける技術か、骨を斬り砕く威力がなければ、首は飛ばない。


 それをこの改造槍女はやってのけた。


 延長した槍、遠心力の乗ったカットラス、威力はもちろん、その動作からhz技術もありそうだった。


 脅威、強敵、そんなのと二人きり、何よりもまずすべき事は武装だ。


 後方一歩引いてから逆手に持ってた片刃のナイフを投げ付け、結果も見ずに一気に駆け出し、逃げ出す。


 向かうはロングソード、跪いた死体に刺さったまま突き立てられて腰の位置にある柄を掴み、死体踏みつけ掻っ攫うように引き抜き駆け抜ける。


 数歩の位置でズザ、と急停止、急転回、女へ切っ先向けて構え直す。


 刹那に切っ先が弾かれた。


 弾いたのはカットラスの先端、追撃してきた女の大きな横薙ぎ、俺から見れば左から右へ、鎌風残してふり抜かれていた。


 その向こうで女は優雅に右へ右へと回る回る。


 右足を軸に、くるりと回転したかと思えば、その身に腕を巻きつけ槍を引き戻し、貯めた力を解き放ってもう一度の横薙ぎ、同時に大きく踏み込んできて、今度は首に届く斬撃、放たれた。


 ガード、右手で柄を、左手は刃の腹に添えて、斬撃受けた。


 が、弾かれた。


 想像以上に重い一撃、痺れる衝撃、受け切れず、俺の体が大きく仰け反らされた。


 回転の遠心力に全身運動からなる一斬り、そこまで分析したところで次がきた。


 まだ女は遠いのに、伸びる攻撃、受けるは悪手、受けた衝撃に踏ん張らずに後方へ、過剰なほど跳んだはずなのに、その斬撃は鼻先を掠めていた。


 距離が掴めない斬撃、それが続く。


 一撃、二撃、三撃、受けず逃げに逃げ、こちらは無傷、だけどもどれもがスレスレ、あと少しで肌を裂く距離にあった。


 やり辛い。


 強力でクソ速い斬撃、その上やたらとの遠くまで届く範囲、それだけでも十分脅威なのに、加えて放たれる間隔が独特だった。


 斬撃を放つまでの間、放った後に巻き直すまでの間、斬撃以外の時間がかなりある。後から見直せば隙だらけ、だが斬撃の威力と間合いを知ってしまった後では迂闊に飛び込めず、結果絶好の隙をいくつも見逃さざるを得なかった。


 そうして踊るように回り続ける女を前に、逃げ回るしかない。


 斬撃、斬撃、斬撃、女はこれしか知らないのか、これで十分だとでも言うのか、延々と同じ斬撃を繰り返し繰り返し、左から右へ、放ってくる。


 俺一人だからか、女は遠慮なく放ち、追ってくる。目の回りそうな回転、にもかかわらず、立ち位置は必ず俺と階段の間にある。逃しはしてくれないようだ。


 ……追い詰められてる。


 運動量は圧倒的に向こう、だと言うのに攻められてるからか、こちらの方は消耗激しい、気がする。


 何か手は、何か、何か何か何か、探す目の前で、女がつんのめった。


 斬撃の後、回転の軸足、蹴り飛ばしたのは、黒い毛の片顎だった。


 上顎か下顎か、あのコボルトの輪切りの残るだろう。それを踏みかけ、できた隙、逃すは悪手、ロングソードを肩の高さで右に引き、左手を剣身に添えて切っ先を真っ直ぐに女へ向け、突き刺しの構え、一気に踏み込む。


 ……違う。これは、作られた隙だ。


 足場の悪さは最初から酷かった。それに顎程度、踏んだならまだしも蹴飛ばした程度で止まるものか。


 これは囮、踏み込ませるための餌、全ては罠だった。


 気が付き、一歩で踏みとどまる。


 だがその一歩で女の間合いに入っていた。


 衝撃、痛み、やられたのはロングソードの影、見えなくなっていた右の横腹だった。


 構えを解いてロングソードを退かし、見れば、女の蹴りが、届いていた。


 響く打撃の痛みに加えて鋭く冷たい斬られた痛み、正確にはそれも斬撃だった。


 おそらくはあの腰に巻いたシャツのスカートの内側に挟んで隠していたのだろう。女の左足、親指と人差し指で挟んで掴み、蹴りの軌道で斬り上げられたのは、諸刃の刃、ショートソードだった。


 片手で使うなら軽すぎる剣、だけども足の握力で持ち上げるには重すぎて、それ柄も太すぎるはず、にもかかわらずに強烈な一撃、思ったより長かった女の脚もあって、俺の脇腹へと届かせていた。


 ……しかし、次は女が驚く番だった。


「な!」


 やっと聞けた女の声、驚愕の小声を引き出したのは俺の腰に帯びていた、スティレットだった。


 左腰に片刃のナイフ、必然的に右腰へ移った太い釘のような剣身の獲物は、蹴り上げられたショートソードの一斬を防いでいた。


 それでも万全ではなく、先の一端が肉に入ったが、それでも内臓には遠く、致命傷にはなお遠い。


 今度こその本物の隙、先ずは上げっぱなしのロングソードで蹴りの止まった左の脚へ斬り下げる。


 ハズレ、女は器用にショートソードを足放し、曲げて引いて避けた。


 良い反応、だがバランスは崩れた。


 下がったロングソードを一度床に当てて跳ねてから踏み込み、今度は女の腹へ、突き上げた。


 が、これハズレ、女の左手がうねり、手首内側で切っ先を叩いて軌道を外へ、受け流パリィした。


 それた切っ先、だが勢いそのまま、今度は体で当たりに行く。


 対して女も改造槍を手放し、空いた右手の拳で迎撃に出る。


 これに俺がこちらが打ち出すのは左の肘、体重を乗せ、関節を固め、正面より、拳へ、打ち当てた。


 衝撃、骨に響く打撃の痛み、勝ったのは俺、体重か勢いか、女の拳を弾き飛ばし、そのまま体ごとぶち当たる。


 もつれ合い、押し倒す形で女が仰向けに倒れ、その上に俺がのしかかる刹那、重力が消える時間の間、女と俺と、目が合った。


 そこから何も感じない。


 ただ俺は、拳に打ち勝った肘をそのまま女の喉へ、押し当てた。


 衝撃、全身を揺さ振れる。


 その中で一番は、倒れた勢いの乗せた肘が、女の喉を押しつぶす感触が、何よりも響いた。


 ゲェボゲェボゲェボゲェヴォ!!!


 途端に咳き込む女、喉の気管が潰れたようだ。


 これだけではなかなか死なない。だが死ぬほど呼吸が苦しくなる。


 踠き暴れる女から距離を取り、立ち上がり、ロングソードを拾い直す。


 ……無様にも、女は顔を真っ赤にして咳き続け、苦しんでいる。


 これでもう無力化、ほっといても死ぬだろう。


 だが念には念を、俺は改造槍を蹴り飛ばし、転がる女へ、あの跪いた男同様、ロングソードを突き立ってた。


 今度もあっさりと死に、今度はあっさりと引き抜けた。

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