痛みを伴う戦い

 俺も軍で、他の武術と同じぐらい、徒手空拳も一通りやった。


 しかしこいつは、動きだ。だからこそたどり着いた強さが、あった。


 思考が追いつくより先に動いたのは太い足、棍棒のような蹴りが放たれていた。


 太く強い一蹴り、見るからに重量感があるのに素早い蹴りが吹き飛ばしたのは、プシュチナの小さな体だった。


「カプ」


 声なのか絞り出された空気なのかを吐き出しながら、面白いぐらい軽々しく吹っ飛んで、壁にぶち当たった。


 完全に戦いの外にいたはずのプシュチナ、受け身など取れるはずもなく、背中から満遍なく打ち付け、そのまか剥がれ落ちるように落ちて倒れた。


 ……ピクリとも動かない細い手足、これは死んだな。


 ここまでよく保った方だろう。あとで服は剥ぐとして、これで正真正銘の一騎打ち、そう考えれば集団の中の最弱をまず殺すのがセオリー通り、手堅い動きとも言えた。


 そんな筋肉ドワーフが一歩踏み出しただけで、萎縮、一歩引いてしまう。


 ……それも相手の術中、引いた、引かされた方向はどのドアよりも遠ざかる角、逃げ道を封じられた。


 逃げられない。殺すしかない。


 右手のロングソードを両手に、正面に、切っ先を鼻先へ向けて牽制する。


 だが筋肉ドワーフ、気にする風もなく自然と構えてくる。膝を曲げ、腰を落とし、右足を前に、右手は高く、左手は腰の位置、拳は軽く握っている。


 隙があるとかないとかは知らない。ただすぐにできたこの構えからは、膨大な鍛錬を感じられる。


 試合なら、素手でなら勝ち目はない。


 だが戦場でなら、殺し合いなら、手はいくらでもある。


「プシュチナ!」


 名を呼び目線を送るは全てフェイント、動けてもアレに何も期待できない。


 それでも僅かに筋肉ドワーフが反応した。


 隙と呼ぶには小さな動き、それでも合わせてロングソードを走らせる。


 右手一本で突き伸ばし、下段へ下げてからの斬り上げ、狙うのは又の間だった。


 ……受け流しパリィは俺も使う。だからコツも知ってる。


 こちらに来る力に対して、垂直に別方向に力を与えて届く前に位置を変える。だから流す方向は全部外が基本だ。


 その中で一番やられて困るのが、又の内側を狙う斬撃だ。


 下には意外と手が届かない。しかも左右に流しても足がある。俺なら受けに回るしかない一斬、これに筋肉ドワーフは両手で受けた。


 このタイミングで絶技を見せる。


 不安定な体制、決して遅くない斬撃、そいつを、手のひらと手のひら、打ち合わせ、銀の切っ先を挟んで止めて見せた。


 白刃取り、ホラ話でしか聞かない絶技、だがこいつならできるだろうと驚きはなかった。


 だから次がすぐにでた。


 空いてた左手、腰に刺してたメイスを引き抜き頭上へ高々と振り上げる。


 対し両手を剣に用いてる筋肉ドワーフ、避けもかわしもせず、顎を引き、額を突き出し全身を力ませる。


 膨張した筋肉は鎧、俺の苦し紛れなメイスの一撃など、余裕で耐えきるだろう。


 だから肉を狙わなかった。


 振り上げ、振り下ろし、投げつけた先は下、踏みしめてた右足の親指、その爪だった。


 パキリ、軽く折れる音、ゴトリとメイスが当たって落ちた後には小さな出血、爪がばっくりと割れていた。


 絶対痛いダメージ、だけども筋肉ドワーフ、メイスを蹴り飛ばして放つ蹴り、爪先で突き刺すような一蹴りは俺の左手とロングソードの間を駆け抜け俺の胸へ、叩きつけた。


 メキメキと折れる音、だがそれは仕掛けた木の板、骨は無事、ただ芯にも届く衝撃と痛みが伝わり、両足が浮いて後方へと吹っ飛ばされる程度の威力だが、ロングソードに捕まりその場にとどまれた。


 静止の一瞬、胸に残る筋肉ドワーフの足、そこへ左手をそっと添わす。


 試合ではなく、自分のでもないからできる行為、割れた親指の爪を、引き剥がす。


 ビチリ、聞きなれない音、割れてた分、あっさりと剥がせた。


 これに今までにない速度で逃げる足、残されたのは半透明な爪の塊、筋肉ドワーフは表情を曇らせながらロングソードを手放し、痛む足で蹴って後方へと逃げた。


 好機、殺す。


 追撃、腰だめのロングソードを右手一本で真っ直ぐ突き出す構えで大きく踏み出す。


「ふがぁ!」


 対して筋肉ドワーフ、苦痛が混じる掛け声で気合いを入れ、両足踏みしめ拳を固め、最初の構え、受け流しパリィの体制を取る。


 それを前に、こちらの突きは止まらない。止める気もない。


 ただ刺突発射の刹那の前に、曲げた人差し指に引っ掛けて力を込めた左手の親指を弾いた。


 弾き飛ばしたのは、剥がしたて爪、自分でも惚れ惚れするような軌道で、筋肉ドワーフの右の目の目の前へ飛んでった。


 これに、動揺か純粋な目潰となったのか、筋肉ドワーフは受け流しパリィを失敗した。


 流しきれずに刺さった先は左の二の腕、真ん中ズブリと刺さった剣先、体が覚えた動きで抉り、空気を入れ、引き抜いた。


 吹き出た鮮血に、筋肉ドワーフは数歩引いて、腕を押さえて、そして自身がぶち開けたドアの向こうへ逃げていった。


 ……なんのためらいもない、振り返りもしない見事な逃げっぷりは、正に達人だった。

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