七不思議が協力することは不可能なのか

 俺が足を止めたのは、部室棟を離れ、人気のない特別教室棟との渡り廊下まで来た時だった。

「えっと、七白さん……、トイレじゃなかったんですか?」

 連れられてきた遠見は、戸惑いと驚きを隠すこともないままそうつぶやく。

 まあ、少々唐突過ぎたかもしれない。

「あそこじゃ話しづらい話なんでな」

 遠見もこちらの言いたいことを察したらしく、その表情が真剣さを帯びていく。

「単刀直入に聞く、お前は、なんの七不思議だ?」

 その顔に向かって思い切ってカマをかける。

 駄目なら駄目で仕方ない。

「……」

 遠見は、その質問に対して沈黙という形で答えた。

 否定するだけなら容易な質問である。

 答えがあるから答えられないのだ。

「やっぱり、それが目的で接触してきたんだな」

 遠見が黙ったままなので、俺の方でさらに話を進めていく。

 遠見もまた【学園の怪】であるのなら、その行動には何かしらの意図があるはずだ。

 それを探らねばならない。

「お前の目的はなんだ? どうやら、戦うつもりはないみたいだが……」

 戦おうというなら、いくらでも機会はあった。

 実際、顔つきはともかく、纏っている気配はまだ変わっていない。

 こちらと事を構えるつもりはないのだろう。

「七白さんは、なにが目的なんですか……?」

 その言葉を受けて、ようやく遠見も口を開いた。

 質問を質問で返されても困るところではあるが、まあ今はいい。

「俺には特に目的はない。ただ、お前ら【学園の怪】の戦いに巻き込まれたんでな。そこをどうにかしたいだけだ」

 一応、嘘は言っていないはずだ。

 俺には目的など『自分探し』くらいしかないし、巻き込まれたことも、どうにかしたいというのも事実だ。

 まあ【学園の怪】の一人であるミラと協力していることや、室居や初瀬川といった他の七不思議と交戦済みであることは黙っておくが。

「七白さんは【学園の怪】じゃないんですか?」

「さあな、わからん」

 ぶっきらぼうな答えであるが、俺にはそう答えることしか出来ない。

 いかんせん記憶が無いのだ。

 だから、別の答えを示す。

「おい、いるんだろ。出てきたらどうだ?」

 コンパクトミラーを取り出し、俺はそれに語りかける。

 遠見は怪訝な顔をしたが、すぐさま、別の人物の声が響き渡った。


「こんなところで美男子二人が密談とは、なんとも怪しい雰囲気じゃないか」

 人を小馬鹿にしたような言葉。

 もちろん奴しかいない。

 そろそろ俺も慣れてきた。

 声の方に視線を向けると、案の定そこにはミラがいた。

「えっ、いや、僕らはそんな関係じゃ、そりゃ、七白さんは格好いいですけれど……」

「相変わらず趣味と性格の悪い奴だ」

 遠見のよくわからない動揺はあえて無視しておいて、俺は、俺自身が呼び出したその闖入者に悪態をつく。

「……七白さん、あの人は……?」

 静かにそう尋ねてくる遠見。

 その顔はそれまでとはまったく異なる、【学園の怪】らしい戦う貌となっている。

 それを見て俺はふと『こいつもこんな顔が出来るのだな』と場違いな感想を抱く。

「ああ、あいつはミラ。【学園の怪】の一人だ。俺は一応、あいつの協力者ということになっている」

「やれやれ、一応とはつれないじゃないか。私としては君のお手柄を褒めたいところなんだがね。そこの彼は【学園の怪】なのだろう?」

 俺の投げやりな説明にミラは呆れたようにそう言ったが、遠見は既に身構えており、先ほどまでの空気が一変する。

 人気のない渡り廊下が、一触即発の雰囲気に満たされる。

「やっぱり、七白さんも【学園の怪】関係者だったんですね……」

「まあ、な。とはいえ、今回は別にどちらにも協力するつもりもないから、お前らで好きにやってくれ」

 それだけ宣言し、俺は脇にどいて壁にもたれかかり、そのまま二人の睨み合いを見物するという姿勢をこれでもかと見せつける。

 もちろん、そんな俺の態度に不服そうな態度を見せたのはミラだ。

 すぐさま俺に不満げな言葉をぶつけてくる。

「なにを言っているんだい、君は。目の前に【学園の怪】がいるんだぞ」

「そうはいうがな、俺はお前と違ってなんとしても【学園の怪】を倒さないといけないという理由はないからな。で、俺はこの遠見とも多少なりとも話をしたということもあるし、積極的に戦いにいきたいとは思わないわけだ。まあ、お前らが戦う分には止めもしないけどな」

 キッチリと、俺自身のスタンスを示しておく。

 今回の件で俺としては、遠見とミラ、どちらに肩入れするつもりもない。

 いまのところ、遠見から俺に対して敵意を向けられているわけでもないのだから、こちらから敵意を出す必要もないだろう。

「まったく、君という男はつくづく頭がヌルいな。騙されているとは考えないのか?」

「人を見る目には自信があるんでね。遠見なら大丈夫だろうと思ったまでだ。殻田みたいな奴が相手だったら、また違うさ」

「……七白さんたちも、殻田と戦っているのですか……?」

 遠見の顔が、その中に出てきた名前に反応して真剣なものに変わる。

 先にそれに答えたのはミラだ。

「いや、まだ【学園の怪】という確証は持ってない。だが、かなり怪しいとは思っている」

「じゃあ、僕と協力して、一緒に殻田を倒しましょう! 僕は、その話をするためにこの新聞部に来たんですよ」

 遠見は殻田の名前を出したことですっかり緊張感を解き、目を輝かせながらミラの手を握ろうとする。

 だが、ミラはそんな甘い奴ではない。

 鋭い視線のまま、その手を払いのける。

 そういう奴だ。

「生憎だが、それは無理な相談だ。私から見ればお前も殻田も大して変わらない。私はそこのそいつと違って、お前を信用したわけではないからな」

 言いながらミラは、敵意を隠さないままその腕に光を収束させて刃を作っていた。

 そんなものを見せられたら、遠見も対応しないわけには行くまい。

「どうしても、やるんですか……」

「私は、この戦いに勝ち残りたいのでね」

 戸惑いの残る遠見の声とは対照的に、ミラは完全に刃を作り終え、低く構えたその姿勢から、静かに、敵である遠見を見据えている。

 対して遠見も一歩引いてそれに対応すべく構えてはいるが、その姿勢は明らかにミラより守勢である。

 おそらく、こいつから仕掛けることはないだろう。

 音のない渡り廊下で対峙する二人の【学園の怪】。

 まるでこの空間だけ学園から切り離され、凍り付いてしまったかのようだ。

 そんな中でミラと遠見は静かに睨み合い、少しずつ互いに間合いを測っている。

 俺にさえもその空気の僅かな動きが伝わる。

 均衡を破ったのは、やはり戦いに積極的なミラのほうだった。

 低い姿勢のまま地面を蹴り、その腕に纏った白い刃を遠見の喉元目掛けて一閃する。

 だが遠見は動かない。

 ただ掌をかざして、自分の首へと振るわれた白刃を受け止める。

 掴むつもりさえない。

 完全に、刃にその掌を切らせるたのだ。

 だが、刃はそこで止まる。

 見ると刃を受け止めた遠見の右手は黒く染まり、まるで無が、白い刃をその場に固定してしまったかのようだ。

 白と黒の衝突。

 だが、それは一瞬のこと。

 ミラは白い刃でなんとかその黒を切り裂こうとするのだが、遠見はまったく動じることもなく、逆に黒い掌がその白を飲み込むように侵食していく。

 刃は完全に消え失せる。

 そこにあるのは底の見えない穴の果てのような、禍々しい闇。

 それが、遠見の黒に対する俺の印象だった。

 そしてなんとなく、俺は遠見が空が嫌いな理由がわかった気がした。

「なるほど、そういう力ということか……」

 分析と判断。

 ミラは黒く染まりつつある刃を手放し、間合いを離して再び構え直す。

 一方で、遠見の方は相変わらず黒いままの右手をだらりと下げ、静かにその場に立っている。

 眼は相変わらず戦う眼だが、やはり自分から仕掛けるという気はないらしい。

 だがそれでも、ミラのほうがやる気である限り、戦わざるを得まい。

「なら、これはどうかな?」

 そのミラは、今度は指先から放出された光を矢のように伸ばし、数本まとめて遠見へと射放った。

 鋭い白線が遠見を襲うが、遠見はなんら慌てる事もなく、黒い右手でその矢を払いのけるように薙いでみせた。

 黒いオーロラのように、その残像が膜を作る。

 白い矢はその黒の中へ消えていき、遠見は何事もなく立っている。

「やめましょうよ、もう……」

 そんな気弱な声を漏らす遠見。

 それでもミラは構えを解く気配もなく、無言のままさらに別の攻撃方法を考えているようである。

 なんとも強気なことだ。

 しかし、実質的に戦況はもう固まっただろう。

 ミラにこれ以上切り札を切らせる必要もあるまい。

「じゃあそろそろ、俺も混ぜてもらおうか」

 なのでそれだけ言って、俺はゆっくりと二人の間に割って入っていった。

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