第133話 可能性の世界 その3
俺はさすがに……困ってしまった。
……これは……一体誰の幻なのか。問題はそこだった。
俺なのか……それとも、エルナなのか。
そもそも、俺とエルナがなぜ夫婦などということになっているのか。
「おい」
と、俺が考え込んでいると、エルナの声が聞こえてきた。
「え……あ、ああ。どうした?」
「パン。食べないのか?」
言われて俺はパンを手に持ったままであることを思い出した。俺は仕方なく口にパンを持っていく。
俺がそうすると、エルナは目を細めて満足そうに俺のことを見ている。
流石に俺は不気味に思えてきてしまって、エルナの方を見る。
「……なんだよ」
俺がそう聞くと、エルナは寂しげに微笑む。
「いや……こういうこと、無いと思っていたから……」
「は? こういうこと……?」
「……私は特殊な環境にいたからな。なんというか……こういう普通の環境は手に入らないと思っていたんだ」
特殊な環境……どうやら、エルナは自身が暗機隊にいたことは覚えているらしい。
それならば、エルナにここが幻の世界であることを把握させることができるかもしれない……
「……エルナ。お前……暗機隊だったこと、覚えているんだよな?」
「ん? 当たり前じゃないか。忘れたくても……忘れられない過去だ」
「それなら……お前はどうして暗機隊にいたんだ。なんのために……いや、誰のために厳しい環境に身を置いていたんだ?」
俺がそう訊ねると、エルナは少し怪訝そう顔をしたが、すぐに悲しそうに目を伏せる。
「……やめてくれ。昔のことは思い出したくない」
「おい、エルナ、お前――」
「黙ってくれ!」
と、エルナは感情をむき出しにして、大きな声で俺の声を遮った。予想外のエルナの行動に、俺は思わず唖然としてしまった。
「……分かっている。私にとっては、今の状況は幻のようなものだ。だから……今だけは……そっとしておいてくれ」
そういってエルナは扉を乱暴に開けて外に出ていってしまった。俺はただ、間抜けにその後ろ姿を見ている。
「うふふ~。ロスペルさ~ん。あんまり女心を理解されていないようですね~」
と、俺の背後から霧の彼方から聞こえてくるような声が聞こえてきた。
「……ディーネ。お前……どういうつもりだ?」
俺が振り返った先には、青いローブに身を包んだ魔女……ディーネが嬉しそうに微笑んでいたのだった。
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