第65話 過去への固執 その1

 血相を変えて……というのは人形であるヤツにとっては少し変な表現だったが、そんな感じだった。


「リゼ。どうした?」


「ああ……ロスペル様……エルナが……エルナがいないんです!」


「いない? お前、アイツが出て行ったあと、すぐに追いかけていったじゃないか。見失ったのか?」


 リゼは申し訳なさそうに頷いた。


「不味いね」


 と、そう言ったのはウルスラだった。


「なんだ。何が不味い」


「いやね。どこかに隠れてくれてればいいんだけど……あまりエクスナー少尉には自暴自棄になってもらうと困るんだよ」


「どういうことだ? 何が困るんだ?」


 俺の質問には答えず、ウルスラはちらりとテレーゼの方を見る。


 するとテレーゼはビクッとまた怯えたようにウルスラを見た。


「テレーゼ。あの街は、まだあるのかい?」


「あの街……え、ええ。あります。この前食べた帝国内領土詳細情報の本の最新版にも載っていましたよ」


 テレーゼの答えにウルスラは大きくため息をついた。


「おい、ウルスラ。なんだ? あの街って」


「え? ああ……ロスペル。申し訳ないんだけど、おそらく僕達の旅は少し寄り道をせざるを得ないことになったようだ」


「寄り道? なんでだ?」


「おそらくなんだが、エクスナー少尉はあの街に行ってしまったと思うんだよね」


「だから、あの街ってなんだよ?」


 ウルスラは俺の方を見て、ものすごくめんどくさそうな表情をした。


 その表情は俺自身が面倒なのではなく、おそらく、その街について説明するのがそもそも面倒だから、そんな顔をしたのだろう。


「……まぁ、その街の説明はさ、後でするから。今日は、この小屋で泊るってことで、いいかな?」


「え、えぇ!? と、泊る!?」


 頓狂な声を出したのはテレーゼだった。


「なんだい? 何か問題でもあるのかい? テレーゼ」


 笑顔でそういうウルスラは、テレーゼに既に拒否権を与えるつもりはないようだ。


「い……いえ。大丈夫です。わかりました。今日……だけですよ?」


「ありがとう。テレーゼ」


 明らかに不満そうなテレーゼ。笑顔のウルスラ。


 俺は、正直、さっさとシコラスの所に行きたかったのだが、どうやらそういうわけにはいかないらしい。


 それに先ほどから不安そうな表情でいる人形にしても、どうにもこのまま放っておくわけにはいかないようであった。

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