第2話 ある男の十年 その1
「飲み物と、軽い食事をくれ」
俺は、通りがかった食事処に入り、注文を店員にした。店員は、俺のことをいぶかしげな目で見ながらそのまま立ち去ろうとする。
「ああ、すまない。同じものをもう一つ、頼む」
俺は、危うく間違える所であった注文を言いなおす。すると、益々店員は嫌そうな顔で俺を見た。
「……えっと、お客さん」
「ん? なんだい?」
「その……悪いんだけど、その椅子の上にあるヤツ、どけてくれないかな?」
店員は言いにくそうに俺にそう言った。俺はその言葉に思わず顔をしかめてしまう。
「『それ』? 『それ』って……どれのことだ?」
「だから、椅子の上に座っている、そのデカい奴のことだよ」
「え? ああ、リザのことかい?」
俺がそう聞くと、店員はさらに顔をしかめて俺を見る。
「……えっと、その、リザ……さん? そのリザさんを、せめてお客さんの隣の席に座らせておいてくれないかな?」
「なぜだ? 俺はリザと向かい合って食事を取りたいんだ。君にリザの座る位置を指図される筋合いはないんだが」
俺がそういうと店員は何か言いたそうだったが、咳払いをすると、そのまま不機嫌そうに去って行ってしまった。
やれやれ……最近は無粋なヤツが多くて困ったものだ。
「ふふっ。そう思うよな。リザ?」
俺がそう訊ねても、リザは黙っている。
正確には、彼女はしゃべる事が出来ない。いや、喋ることが「ない」のである。
そんなことは、俺にだって十分わかっている。
「ふふっ……だけど、もうすぐだ。もうすぐ、この十年の努力が報われる時が来たんだ」
俺はそう言いながらニッコリとリザに微笑みかける。リザは俺に対して微笑み返してくれない。
残念だ……俺の知っているリザは元気よく喋っていたし、俺に対していつも優しかった。
それなのに、今俺の前に座っているリザは俺に微笑んでもくれないし、美しい声で語りかけてもくれない。
「……はい、お客さん」
「え? ああ。ありがとう」
店員が食事を持ってきた。そして、急いでそのまま店の奥に戻っていく。と、周りを見渡してみると、周囲が俺に対し奇異の視線を向けていた。
「ふぅ……やれやれ。みんな、俺とお前に嫉妬しているみたいだよ。リザ」
無論、その視線は、そんな理由によるものではないということはわかっていたが、俺はそう言いながら、再びリザに微笑みかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます