いつも、どこかで

衣花実樹夜

一章 絶望編

第1話 プロローグ



 お金がないから、自分で作った。

 寂しかったから、人の形に模った。

 話し相手がほしかったから、命を分け与えた。


 それが僕らの始まりだった。親に捨てられた僕と、僕に作られた少女の。



 ◇◆◇◆◇



 今日の天気は晴天。快晴ではないが、十分すぎるほど晴れている。程よく風も吹いていて、風通しの良い部屋ならば比較的快適に過ごせるような日だ。そう、風通しのよい部屋ならば。


「あちー」

「ですー」


 赤髪の少年、雨限風夜あまきりふうやとその隣を歩く銀髪の少女、風ノ木かざのきあきらは現在、砂漠の中で迷っていた。二人とも見事に方向音痴だったのである。

 岩石砂漠なので足場も悪く、爛々と照りつける太陽は徐々に、しかし確実に二人の体力を奪っていく。


「どのくらい歩いた?」

「うーん、懐中時計によると四時間は歩いてるのです」

「本来ならその半分で抜けられるはずだったんだけどなあ」


 風夜の言うように、今彼らのいる砂漠は、本来彼らの足ならば二時間で突破できたのである。しかし、途中不運なことに砂嵐に巻き込まれてしまい、行くべき方向を間違えてしまった。そのことに気付いたときにはもう遅く、今のように自分たちが砂漠のどこにいるかさえわからないほど奥へ奥へと足を運んでしまっていた。

 もう戻ることはできない。二人はそう感じていた。しかし、希望を捨て切れずに進む。それの繰り返しで奥へ奥へと進んでしまっていることも、二人は知っていた。

 しかしその先に、脅威が待ち侘びていることを、二人は知らなかった。


「これは間に合いそうにないかな」

「それは迷い始めた時点で分かっていたことなのです」


 無駄口を叩きながら、ただ前へ前へと歩を進める。

 そして――


「――っ!」


 風夜が足を止め、顔を強張らせる。そこには、強い警戒の念が表れていた。

 風夜は入ってはいけない領域に足を踏み入れてしまったかのような奇妙な感覚に襲われ、ゆっくりと後ずさる。しかし、その感覚が消えることはなかった。

 目を付けられた。逃げられない。風夜は直感でそう感じ取った。


「何かに見つかった……」


 風夜がそう言うと、悠々と歩いていた暁が足を止め、両腰に差していた短剣を抜く。横目で風夜が得物を構えていることを確認して、辺りの隅々まで敵の姿を探した。

 暁が敵を目視しようとしていることに気付いた風夜は、すかさず気配を感じろと指示を飛ばす。そういう風夜も敵をまだ発見できていないのだが、どこか遠くから恐ろしいスピードで近づいてくるのを感じていた。

 悪寒。

 風夜が右に飛び退いた理由はそれだけだった。

 しかし、その判断が風夜を救う。瞬きすらも許されない刹那の後、ほんの僅か前に風夜がいた位置を蒼い光の軌跡が弧を描いた。


「暁!」


 風夜が叫ぶ。

 驚いたように首を風夜の方に向けた暁は、半ば感覚的に後ろへ飛び退いた。刹那の後、蒼い軌跡が再び空を切る。地面に叩きつけられた襲撃者の得物が砂埃を舞わせる。

 視界を塞がれた暁は気配で敵の位置を感じようと目を閉じ、迫ってくる敵を何となく感じた暁は体を右に逸らす。何かが彼女の右を通ったのがわかった。

 ――殺気。

 それを感じた暁は上半身を後ろに逸らす。そこで目を開けてやっと、襲撃者の得物が剣でないことに気がついた。


「鎌!?」


 驚く彼女は動きをほんの一瞬止めてしまう。その僅かな隙を襲撃者は見逃さなかった。

 鎌の凶刃が暁の首筋に迫る。避けられないと感じた暁は短剣を合わせてその鎌を受け止める。が、あまりの力に吹き飛ばされてしまい、短剣もその衝撃に耐え切れずに砕け散った。

 なんとか体勢を整えた暁だったが、その左肩は防ぎきれなかった鎌の先端により大きく抉られていた。暁は敵の姿を探して太陽を見上げると同時に、その場から飛び退く。見れば、黒いローブに覆われた襲撃者が誰もいなくなった場所に鎌を振り下ろしていた。かと思えば次の瞬間、もうすでにこちらに走ってきている。


「なんの、です!」


 そう発しながら引き抜いたのは、背負っていた大剣。刀身は淡い赤色で、大剣が通ったところに赤い軌跡を残している。

 赤と蒼のぶつかり合い。僅かに暁側が押しているように見えるが、肩の痛みを庇いながら戦う暁のハンディは大きいだろう。

 ガンっと巨大な鎌が大剣を打ちつける。吹き飛ばされそうになるが、踏ん張ってそれをこらえた。が、襲撃者の左手にもう一本の鎌が握られていることに気付き、離れようとする。が、見れば背には大きな岩があり、逃げられない。

 そのことに気付いた暁だったがすでに遅い。蒼い鎌の凶刃がもうすでに暁の首を刈り取らんと迫っている。

 ダメです……。回避もできないのです……!

 暁は死を覚悟し、目を瞑った。首を刎ねられて、一瞬であの世行きだ。痛くなんかない。そう思うようにした。

 首にトンっと、刃が当てられたのがわかった。しかし、切られてはいない。いつまでもその刃が動かないことを不審に思った暁は、恐る恐る目を開ける。すると、目の前の襲撃者の鎌は確かに自分の首に当たっているのだが、それを持つ手は力なく垂れていて、胸からは刃が突き出ている。

 ゆらり、と襲撃者の体が揺れると同時に、蒼い鎌が自分に刺さりそうになったので、暁は慌ててその場から逃れる。


「危なかったな、暁」


 そのまま地に伏した襲撃者の影から現れたのは、髪が段々と普段の長さまで短くなっていっている風夜だった。何かの影響で一時的に髪が長くなっていたようだ。

 暁は風夜の姿を確認するとふうっと安堵のため息をつき、あっけなく倒されてしまった襲撃者に目を向けた。


「これは一体何だったのです? 風夜が一つとはいえ解かないといけない相手だったのでしょう?」


 暁のその言葉に、風夜は刀に付いた血を落としながら首を横に振る。暁はそれを分からないという意味で首を振ったのだと思った。

 しかし、その直後の風夜の言葉に驚愕することとなった。


「いや、こいつに対して解いたのは二つだ」

「――っ! それは本当なのです!?」


 二つ解いた。そう聞いて暁は無意識に風夜に詰め寄ってしまった。それが何を意味するか、暁は知っているからだ。それほどまでに襲撃者が強者だったのかと、自分が今生きていることに大きく安堵した。

 そして、再び襲撃者を見ようとした時、襲撃者の亡骸がすでにないことに気づく。


「風夜!」


 そう叫んだのは、まだ脅威が去っていないと知らせるためだった。しかし、その場の光景に目を疑うこととなる。


「がはっ」


 風夜が血を吐く。その胸には蒼色の凶刃が二本突き立てられていた。襲撃者が勢いよく鎌を引き抜き、暁の方に目を向ける。どさっと音を立てながら風夜が倒れ、じわりじわりと風夜の胸を中心に血の池が広がっていく。

 暁は襲撃者がそこに立っていることも忘れ、ふらふらとおぼつかない足取りで風夜の方へと向かっていく。ペタンと女の子座りで風夜の血の池の隣に座ると、その表情を絶望に染めながらうわ言のように言葉を発し始める。


「嘘だ。風夜が死ぬはずない。こんな傷で。私が助けなきゃ。でも私じゃ助けられない。回復魔法なんて覚えてない。あれ、まず何でこんなことになってるんだっけ。そうだ、あの襲撃者がいけないんだ。あいつがのせいだ。全部あいつがいけないんだ。殺そう。泣いて謝っても、絶対に許さない! 殺す殺す殺す殺す殺す、絶対に」


 自身の危機を感じた襲撃者が二本の鎌を振りかざし、その命を刈らんと動き出す。仲間の最期ぐらい看取らせてあげようと動きを止めて待っていたのが仇となった形だ。

 背中を捉えた。そう襲撃者が確信した瞬間、暁の姿がその視界から消える。

 右だ。

 そう直感した襲撃者は鎌をそちらに集中させ、致命傷を避けんとする。直後、赤い閃光が圧倒的な力を持って叩き付けられた。その衝撃で襲撃者のローブのフードがふわっと舞い上がってめくれ、金色の長髪と金色の瞳があらわになる。顔は整っていて、気品が感じられる。そんな女性が蒼い鎌を構えているのだから驚きだ。

 一つ一つ、暁の攻撃を襲撃者の女はぎりぎりで受け流していく。その表情には何の変化もなく、ずっとその少し不機嫌そうな顔を保っている。行動にも動揺は見られず、冷静に暁の攻撃を受けている。

 暁は苛立ちが増してきているのか、力任せに剣を振るっている。一回振るごとに鎌にぶつかってガンっという音を立てるぐらいだから、相当力を入れていることがうかがえる。


「うりゃあああああああ!」


 思いっきり振りかぶり、叩き割らんとばかりに振り下ろす。

 女の襲撃者もこれはさすがに回避し、大剣を思いっきり振り下ろしたことによってできた隙を利用し、自らの得物である鎌の魔の手を伸ばす。左右縦横無尽に動かされる鎌、しかもその一撃一撃すべてが致命傷になりうるとなれば、暁もさすがに攻撃に転じることはできなかった。回った遠心力を利用して叩き付けるもの、袈裟斬りにしてタイミングを狂わすもの、反撃されないように巧妙に攻め立てている。

 しかし、それらは両者の決定打には程遠く、疲労が蓄積されるだけ。つまりは持久戦にもつれ込むということであり、それはすでに手傷を負っている暁にとって分が良いとは言えなかった。

 だから、暁は攻撃を剣で受け止めることを捨てた。左手で鎌の攻撃を防ぎながら、右手で女の襲撃者の胸を貫かんと剣を伸ばす。

 大きな血しぶきが上がった。それと同時に、一本の腕も宙を舞う。暁は左腕を斬り飛ばされたのである。

 対する女の襲撃者は胸を暁の赤い大剣で貫かれていた。ぽたりぽたりと、剣を伝って血が滴っている。しかし、その瞳が捉えるものは依然として変わっていない。左手に構えていた鎌が無情にも振るわれ、暁の胴を薙いだ。


 その瞬間、女の襲撃者に押し潰すかのような極光が襲いかかった。

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