愛花
浅倉
第1話...プロローグ
昔から、困っている人を見つけたら放っておけない人間だった。
捨て犬を見つけたら家に連れて帰って手当てをして里親を探したし、
入ってもない部活が文化祭でやる劇の人手が足りなかったら参加したし、
腰の曲がったお婆さんが抱えていた重そうな荷物を代わりに持って連れ添った。
母にはそこがお前のいいところだと褒められたが、高校で担任だった数学教師にはお前はお人好しすぎて心配だと言われた。
そう、俺はまさにノーと言えない日本人だった。
でも自分では苦痛だと思うことはなく、やることに達成感や安心感を得ていた。
やったあとに、ありがとうの一言を貰えるだけで満足してしまう簡単な人間だった。
俺は母の言葉を信じそれを自分の長所としてこの二十数年間生きてきたが、ある日それは数か月前まで勤めていた会社の上司によってかき消されることになった。
「また失敗したらあいつに持ち込めばいい、全部責任を負ってくれるさ。なんてったって、うちの゛汚職処理係゛だからな」
ははは、と高らかに笑う声が、給湯室でお湯を沸かしていた自分のところまで届いた。
生憎俺はそう心が強いわけでもなかったので、後から入ってきた後輩に慰められたのも、何も言い返せなかったのも、ただただ惨めに感じた。
今まで自分のしてきたことが初めて無意味に感じられた瞬間だった。
世間は俺を゛いい人゛ではなく、゛都合のいい人゛として見ていたのだ。
その認識はストンと胸の奥に落ちてきた。
人の腹の黒さと自分の浅はかさを改めて実感した。
それから会社を辞めた俺は、もう親切をしないと決めた。
自分のためにする親切をやめる。
人のためになる親切をしようと決めた。
むやみやたらに人に親切をしたって、その人が自堕落になっていくだけなのだと言い聞かせた。
頼んだら助けてくれると思いこんでしまうからもう手は貸さないと決めていた。
決めていた。
もうあんな思いはしたくないと心の底から思った。
…それなのに。
それなのに、何故俺は今、
「マジで助かったわー、じゃあ頼んだぜ、島田」
「…はい」
人さまの子を抱いているんだろう。
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