想い出の売人

天音川そら

恋 #とは

1

「恋、とはなんでしょうか?」


 容姿端麗。栗色の髪の毛を一つに束ね、海よりも深い青い瞳を持つ。それがスミレという女学生。大学内のミスコンで優勝するなど、その可憐さは男女問わず皆の憧れであった。

「恋、とはなんでしょうか?」

 透き通るような彼女の声が同じ問いを繰り返した。

「え?」スミレの親友はポカンと口を開けた。

 スミレに告白をする男性は少なくない。街中を歩けば、モデルのスカウト受ける。そんなスミレだが、彼女はその一切合切を無視して来た。親友はてっきり、彼女は恋に無頓着で男に興味がないのだと思っていた。ところが、彼女の問いでその印象は一変した。

「スミレはどう思うの?」

 スミレが恋する乙女の独りであると知って、親友は安堵した。

「わかりません」スミレは俯いた。

「だから教えて欲しいのです」

 真っ直ぐなスミレの瞳に親友はどう応えたものかと悩んだ。彼女もスミレに自慢出来る程、恋愛経験が豊富というわけではない。

「とは言ってもね」

 親友はズズズとストローからアイスラテを飲んだ。

「スミレも知っているでしょう。私も恋愛経験はゼロ。頼られても何も出てこないわよ」

「そうですか……」スミレは残念そうに肩を落とした。

「でも、スミレが恋に興味を抱くなんて珍しいわね」

「昨日、ノリと映画を見に行ったのですが……その主人公の気持ちが理解できなくて」

 スミレは率直に答えた。「ノリに聞いても、『あぁいうものじゃない?』と曖昧な返事をするので、結局わからず仕舞いって感じです」

 お手上げとばかりにスミレは両手を挙げた。

「まぁ、ノリちゃんは恋愛ドラマ好きだもんねぇ」

「好き、という割には彼女自身、恋愛をあまり分かっていないのではないでしょうか?」スミレが首を傾げた。

「まぁ、なんというか。恋愛って言うのは理解じゃなくて、感じ取るものって感じかな」

「曖昧です」

 親友のボヤキにスミレはスパッと切り捨てた。「あはは、相変わらずだね」親友は腹を抱えて笑った。

 出会った時からそうだ。スミレは曖昧さを嫌う。全てを理解し、読み解こうとしてしまう。一度考え始めたら、周囲を気にせず考え込んでしまう。そんな日も珍しくはない。

「不愉快です」笑い転げる親友を見て、スミレはボソッと呟いた。

 頬を膨れさせて起こるスミレに親友は謝った。

「でも、気になるなら彼に聞いてみたら良いんじゃない?」

 親友は携帯端末を取り出して、あるものを調べた。その画面にあるネットの書き込みページを表示させると、それをスミレへと見せた。

 ページのタイトルには『あなたの悩みに、私の想い出を授けます』と綴られていた。

「聞いたことない? 『想い出の売人』の噂」

「不確かな情報です。切り捨てました」

「まぁ、スミレはそう言うよね」

 スミレは彼女から受け取った携帯端末を操作し、『想い出の売人』に関する情報を調べていた。

「物は試し、っていうじゃない? 訪ねてみたら?」

「そうですね」スミレは頷くと、携帯端末を親友へと返した。


            ***


 それから程なくして、スミレは喫茶『エヴァーウィンド』へと訪れた。

 今となってはまるっきり見かけなくなった木造の建物が、駅前通りにひっそりと佇んでいた。内装にも木が用いられており、テーブルや椅子からは天然物特有の柔らかさが感じられる。オレンジ色に輝く電球が店内に心象的なぬくもりを提供していた。

 噂の男は店の奥に居た。よれたシャツに穴の開いたジーンズ。白髪混じりの髪の毛に小さな瞳がそっとスミレの方を見据える。

 その柔らかな視線にはどこか見覚えがあるように感じた。

「さて、本日のお客はあなたかな?」乾いた声がスミレの耳朶を打った。

「あなたが『想い出の売人』ですか?」スミレは彼の元へと歩み寄った。

「そうとも。チップはワンコインから。そこから先は、あなたが値段をつければ良い」

 ワンコインで賄えるのは精々この喫茶店で飲む珈琲1杯分。とても生計が成り立つとは考えられない。

 スミレは疑いの視線を男へと向けた。

「どうかされましたか?」

「とても、その金額で生計が成り立つとは思えません」

「別に私はお金が欲しくてこの職業をしているわけではありません」男は小さく笑った。

「では、何故このようなことを?」スミレは首を傾げた。

「ただの道楽、では答えになっていないでしょうか?」

 スミレは彼に促されるようにして、対面の座席へと座った。男は軽く手を挙げると店員を呼び寄せた。「あなたは?」尋ねる男に、スミレは「結構です」と断った。

 しばらくして、1杯の珈琲が運ばれてきた。

「さて、この度はどのようは話をご所望で?」男はスミレに問うた。

「恋、を教えてください」はっきりとスミレは答えた。

 男はしばらく悩んだ末、静かに頷いた。


「では、私の学生時代のお話をしましょう」

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