短めに

冬野 周一

第1話 カッパドキア

 散髪をするのは久しぶりの様な気がする。確か年末以来だから三ヶ月余りになる。

 外はポカポカと春の陽気で暖かい、車の中はすでにエアコンが入っている。

 

「いらっしゃいませ」「どうぞこちらのお席に」と待つこともなく黒い背もたれ椅子に腰を降ろした。

「いかがいたしましょう?」

「短めにお願いします」

「どのくらい切りましょう?」

「短ければ構いませんから短めでお願いします」

「・・・・・」

「では少し切ってみますので確認をお願いいたします」


 若い店員は愛用の鋏を右手に持ち、左手で櫛を入れながら切り始めた。

「シャキッ!」と切り応えのある音がした。

「・・・!しまった切りすぎてしまった!かな?」

「まあこれくらいならまだ大丈夫、よしこの長さで揃えていこう」と店員は胸の内で独り言をつぶやいた。

「シャキッ、シャキッ、シャキーン!」手入れを良くしているので切れ味は抜群である。

最初に右側から、やや刈り上げ風に切ってみた。そして後ろにまわって首筋を刈り上げていった。

 そして左側にまわり、鏡で確認しながら揃える様に切っていった。

「こんなものかな」「うん?まだ長いな」「シャキシャキ、シャキーン」

 今度鏡で見てみると「あれー?左が短すぎないか?」

 お客様は目を閉じたままで何も見ていない。

「よしもう少しだけ右を短くしてみよう」


「シャカシャカ、シャッー」と軽快な音が10分程は続いただろうか。

「お待たせいたしました」と若い店員が声をかけた。


 そして鏡を見た瞬間

「うぎゃーーー!!何だこの頭は!?」

 鏡に映った姿は「カッパ」の髪型に変わり果てていた。


「大丈夫ですお客様、今このスタイルが流行です、これはカッパドキアと呼ばれ人気なのです」

「カッパドキア?どこかで聞いたような」


 若い店員はほんの二週間前に「トルコの世界遺産ツアー」から帰ってきたばかりだった。

 そしてそれはただの言い訳に思いついたヘアスタイルでした。

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