少女はフランスに恋をする

紅葉

第1話 少女はフランスに恋をする


気持ちの良い朝。海の向こうに小さな黒い影を見つけて千代は急いで家を出た。

今日はオランダから貿易船が来る日である。じゃりじゃりと地面を鳴らし、息を弾ませて走る千代の足取りは軽やかであり、ワクワクが隠しきれないといった具合であった。

「今日は何が来るんだろう」

 貿易船はゆっくりと、時折ボーっと低い音を出しながら日本に近づいてくる。煙突からは黒い煙がもくもくと上がっている。

 太陽の光を受けて黒く光る異国の船は、何度見ても千代の心をくすぐる。日本もこういう大きくてかっこいい船を作ればいいのに。と、思いながらも今の日本には不要だとすぐに思い出した。

 だって、いま日本は絶賛鎖国中なのだから。

「どうして鎖国なんか」

千代はずっと疑問だった。唯一国交があるのは清とオランダだけである。海の向こうにはとてもたくさんの国があるんだと、貿易商人のクラースが言っていた。四方を海に囲まれてる日本と違い、オランダは別の国と繋がっており、頻繁に貿易をしているらしい。

日本だってもっといろんな国と貿易してほしいと千代は日頃考えていたが、それを口に出す勇気はなかった。

鎖国なんてさっさと辞めて、いろんな国の、いろんな人と交流して、いろんな物を見てみたいのに。

「クラースさん、おはようございます」

「オー、千代ちゃんおはようごぜえまス。今日も元気ネ」

 少し片言ではあるが、クラースの日本語は十分に伝わるものである。日本語の他にも多くの言語を巧みに操ることが出来るという。この仕事をしていたら自然と覚えるんだとクラースは謙遜してみせたが、違う国の言葉を覚えるのが、しかもそれが数種類に及ぶとしたらどれほどの労力を要するかというのを千代は理解していた。ただでさえ寺子屋時代の勉強でも大変だったのだから。

 軽く談笑していると、ガタゴトと音を鳴らしながら荷物が次々と下ろされている。大きな木箱の中にはきっといつものように素敵なものが詰まっているんだろうな。千代は逸る気持ちを抑えて、木箱が全て下ろされるのを待った。

「そうだ。千代ちゃん」

「はい?」

「千代ちゃん、文通興味ある?」

「文通?」

「お手紙、交換するコト」

「あぁ! はい、文字を書くのは好きですよ。最近はさっぱり書かないけれど。でもどうして?」

 千代がちょこんと首をかしげると、クラースはにっこりと微笑み、胸元から白い紙を取り出した。

「オランダと同じ、ヨーロッパにフランスという国があってね。そこに、千代ちゃんと同じ年の女の子がいるですヨ」

「えっ?」

「僕が、色々お話ししてたら、日本に興味を持ったみたイ」

 千代がごくりと唾をのんだ。今クラースが持っているのは、その女の子が書いた手紙だという。

「千代ちゃんのことを話したら、文通したいっていうんダ」

 ただし、文章はフランス語だけどね。と、クラースは付け加えた。もちろん、千代はフランス語なんて読めない。翻訳は僕がするからどう? という誘いに、断る理由はなかった。むしろ嬉しい知らせだ。

「文通したいです! 私、フランス語勉強します!」

「わー! 声抑えて、鎖国中、鎖国中!」

 クラースの言葉に慌てて口をつぐむ。そうだ、二カ国としか貿易が許されていないのに、フランスの子と文通していると知られたらどうなることか。罪人として打ち首にされてしまうかもしれない。

 千代はクラースとの間にいくつかの決まりごとをつくり、それを守ると約束し、晴れてフランス人の女の子との文通を始めたのであった。


「ぼ、ぼんじゅ?」

「Bon Jour。あちらの挨拶ね。こんにちはという意味」

「ふむふむ」

 荷下ろしが終わり、一息ついたところでオランダ商館に招き入れられた。しょっちゅう船を見に来る女の子として、オランダ商館ではちょっとした有名人になっている

輸入された商品を見せてもらってから、手紙を読むことを始めた。アルファベットというものが何となく見たことはあったが、読み方や書き方は知らない。寺子屋では異国の言葉まで教えてはくれない。

「最初だし、僕がまず翻訳して読んでみせるね」

「お願いします」

コホン、と一つ咳払いをしてクラースは手紙の内容をまずはフランス語とで読み上げ、そのあと日本語に訳して読んでくれた。

『こんにちは、日本の友人

 私はコゼットと言います。十三歳です。

 私は、あなたと同じく、貿易船を見たり、外国のものをするのが好きです。その中でも特に、日本の陶器が好きです。とても綺麗だと思います。

 もっと日本のことを知りたくて手紙を書きました。

 よろしければ私と文通してくれませんでしょうか。

 よろしくおねがいします。  

コゼット』

手紙の内容を聞いた千代は、気持ちが高まるのを感じていた。流れるような言語に、日本の陶器がきれいだというお褒め付き。今すぐにでも返事が書きたい。しかも、十四歳という事は、同じ年だ。

「クラースさん、私、早速お返事書きます!」

「OK.日本語でいいよ」

手紙と、クラースが持ってきたという便箋を受け取り、千代は早速家に帰って返事を書くことにした。

普段は親戚の農作業を手伝いばかりで、文字を書く機会はほとんどない。両親は千代が物心つく時には既に亡くなっており、今は親戚の家で暮らしている。しかし、この親戚というのが曲者であった。置いてやっているんだからと言って、千代ばかりに仕事をさせるのだ。もちろん、賃金なんてものもない。

綺麗に書けるかは自信がなかったが、丁寧に書くようには心がける。

結局、文章に悩み、何度も書き直してして完成したのは夜になってからだった。


 *

「お願いします。今度はいつ来ますか?」

「はい確かに。いつもと同じ、一か月後だよ」

「待ちきれない!」

 次の日、千代はクラースに手紙を託した。借りていたコゼットの手紙も一緒に渡す。本当なら手共に置いておきたいのだが、もしも見つかったらただじゃ済まないだろう。千代は何度も読み返して、手紙の内容を頭に叩き込んでおいた。

『コゼットさん

お手紙、読みました。私でよければ、喜んで文通します。

私は千代と申します。コゼットさんと同じ年です。日本の、港町に住んでいます。

フランスのことはまだあまり知らないので、いろいろと教えていただけるとうれしいです。

よろしくおねがいします。』

 こうして、千代とコゼット――日本とフランス――、距離しておよそ9000キロ以上離れた文通が始まった。

「クラースさん、今月もお願いします」

「はいはい。しかし完全に逆転しちゃったネ」

「だってこの方が勉強になりますから」

月に一度の文通も、気付けば二年続いていた。千代もコゼットも、もう十五歳である。

最初はクラースの翻訳を通じてしていた文通は、いつしか千代のほうがフランス語を、コゼットのほうが日本語で書くまでに進歩していた。お互いに相手の言葉を理解したいと願い、猛勉強した成果である。

千代に関して言えば、手元にもらった手紙を残すことは出来ないので、返事を書くときに何度も読み返し、仕事が終わってからはオランダ商館へ何度も何度も通い詰めはクラースにフランス語を教えてもらって習得した。

フランス語の習得のためなら努力は惜しまない。相変わらず畑仕事は大変だったが、コゼットとの手紙が励みになっていた。

 二年の間に、千代はコゼットのことはもちろん、フランスについてもたくさん知ることが出来た。

 この村で、自分以上にフランスのことをたくさん知っている人はいないと思うと、千代は誇らしいとさえ思った。

 たとえフランスのことを話す相手が国内にいなくても。


「ねぇ、フランス革命っていつまで続くんでしょうか」

「さあ? 今はパリの方は危なくてあまり近づけないからネ」

「コゼットは無事なのかな」

「あの子はパリから少し離れた港町の子だから大丈夫。先月も、元気そうだったヨ」

「良かった」


 千代はほっと胸をなでおろす。

 コゼットと千代には共通点がいくつもあった。

 同じ年齢で貿易船を見るのが好きなこと、外国に興味があることはもちろん、港町に住んでいることや、両親を亡くていることまで一緒だった。

 だからこそ、手紙のみのやり取りであるものの、二人が親しくなるのに時間はかからなかった。


『フランスは今、大混乱です。お姫様が処刑されたり、宮殿が荒らされたりとめちゃくちゃです。日本は大丈夫ですか?』

――前回の手紙は衝撃的な内容から始まったので、千代は気が気でなかった。コゼットが元気そうだと聞いて心底ほっとする。

「じゃあ、明日またお返事書いて持ってきますね」

「うん、待ってるヨ」

 オランダ商館を出ると、すっかり日が暮れていた。日本は大丈夫である。問題があるとすれば鎖国のせいで他国に遅れをとっていそうなことと、それから……。

「よお、千代」

「……実(さね)吉(きち)さん」

 目の前に立ちはだかる男を見て、千代はどきりとした。偉そうにふんぞり返っているこの男こそ、今の千代にとって一番の問題のタネだった。

 藤田実吉――村一番の地主の長男である。

「三日後の式、楽しみだなぁ」

「実吉さん、やっぱり私……」

「嫌とは言わせないぞ。こっちはお前の親代わりである親戚にたんまりと結納金を渡してあるんだからな」

 ニヤニヤといけ好かない笑みを浮かべてこちらを見る実吉に、千代は眩暈がしそうだった。何で私は、この人と結婚しなきゃいけないんだろう。結婚って、好きな人とするものじゃないのかしら。

「俺と結婚すれば、今みたいに親戚にこき使われることもなくなるし、贅沢だってできるんだ」

「それは、否定しませんけど……」

「んじゃ、何が嫌だってんだ?」

 本気で分からないという顔で、実吉は千代の顔を覗き込んだ。言いたいことはあるのだが、うまく言葉に出来ずに黙っていると、実吉は何を勘違いしたかまた先ほどの笑顔に戻した。

「まぁ、人生の大きな節目だからな。不安になっているだけだろ」

「そんなこと……」

「いーや、そうだ」

 うんうん、と実吉は大きく頷く。

「んじゃ、楽しみにしてるぜ」

「……はい」

真横を通り過ぎていく実吉の背中に向かって、千代は静かに舌を出した。実吉は家柄がいいのはもちろんのこと、見てくれもいい。学もある。そんな実吉から好意を寄せられて、結婚まで取り付けた千代のことを周囲は心底うらやむ。親戚なんて結納金でしばらく贅沢が出来ると大喜びだ。千代自身だって結婚後はもう働かなくていいとまで言われている。赤ん坊が生まれたら乳母を雇うからとも言われているし、欲しいものなら何でもやると言われている。

「ただいま戻りました」

「おそい! 早く夕飯作っておくれよ!」

「ご、ごめんなさい」

「全く……嫁入り前だって言うのにねえ」

「実吉さんも、こんな子のどこがいいんだか。千代、実吉さんに感謝するんだよ!」

「……」

 家に帰るなり、親戚は怖い顔をして千代を怒鳴りつけてきた。急いで家に上がり、台所へ向かう間も、親戚たちはぶつぶつと千代に文句を言う。実吉に感謝しろ、あんないい人はめったにいない。ご近所さんからも羨ましがられているんだからね。結婚が決まってからはそんな声が毎日のように耳に届いてきて、千代は気付かれないように小さくため息を吐いた。

親戚からだけではなく、村中から千代は、実吉との結婚を羨ましがられ、理想だと言われている。両親を亡くし、親戚からもこき使われる少女が、裕福な地主の息子に見初められて嫁いでいくなんてのは、おとぎ話に出てくる姫君のようだともいう。

でも千代は実吉が苦手だった。お金で人をどうこうしようとする考えにどうしても賛成できない。苦手なだけで心底嫌いだというわけでもない。根っこからの悪人ではないとは十分に分かっているし、自分のことを好きだという気持ちは本当だろう。

 それでも千代は何度想像しても実吉との結婚生活が、周囲が言うほどに幸せなものになるとは思えなかった。

 かといって、他に恋焦がれるような相手もいないのだが。

「本当の幸せなんて、自分で決めるものよ。誰にも決められたくないわ」

 野菜を切りながら、言い聞かせるようにそっと呟く。

「ねえ、まだなのかい!?」

「はーい、もう少しお待ちください!」

鍋に具材を入れて火を起こし終えた後、千代は袂からコゼットからの手紙を取り出し、強く胸に押し当てた。そして次は目を閉じて大きく深呼吸をした。

「よしっ」

パチッと目を見開き、前から考えていたことをついに実行する決意を固めた。


   *

 結婚式当日、村は大騒ぎだった。

「いたか!?」

「こっちはおらんぞ!」

「……くそ、どこに行った!」

 苛立ちを隠そうとしない袴姿の実吉と、慌てふためく親戚一同。そこに花嫁であるはずの千代の姿はなかった。もうすぐ式が始まろうとしているのに、花嫁がいないことには何も始まらない。

「絶対に見つけてきますから!」

「もし見つからなかったら、結納金は返金してもらうかな!」

「そんな……絶対、絶対に見つけてきますから!」

 結納金など、とっくに使い果たしてしまった千代の親戚たちは、実吉の言葉に顔面蒼白となる。返せないと言ったら自分たちはどうなってしまうのだろうか。罪人として吊るしあげられるか、そこまでいかなくとも村八分を受けてしまうかもしれない。

 親戚たちは一斉に立ち上がり、千代を探すために四方八方へと走り出した。

「おい、そこの商人! 年頃の娘を見てないか? 千代というのだが」

「さぁ? 今日は来てないネ!」

「そうか。見かけたら教えてくれ」

「OK」

 急いでまた別の方へ探しに走る親戚の様子を見て、千代は少し面白くなった。もちろん、自分の心配をして探しに来てくれているわけでは無いことは理解している。親戚は基本的に千代のことを稼ぐ道具として見てない。仕事以外での千代の行動には興味がないのだ。  

だからこそ、クラースに対してあんな尋ね方をしたのだろう。

 ――まさか、すぐ近くに私がいるなんて思わなかったでしょうね。

「僕、嘘は言ってないヨ」

「ありがとうクラースさん。そうよね、嘘じゃないわ。だって私は……」

 昨日の夜、ここへ来たんだもの。千代がそう言うと、クラースはくくっとのどを鳴らして笑った。それを見て、千代もくすくす笑う。

「んじゃ、そろそろ出港するよ」

「ええ! 楽しみだわ!」

「でも、本当にいいノ?」

「いいの。後悔なんてしません」

 クラースの最終確認に、千代はきっぱりとそう答えた。

 ブオー……と、船は来た時と同じように低い音を立て、ゆっくりと港を離れていく。

「さようなら、日本。もし生きているうちに鎖国が終わる日が来たら、きっと戻ってくるわ。コゼットと一緒にね」


  *

「本当に、千代ちゃんから聞いたときはびっくりしたヨ」

「驚かせてしまってごめんなさい。でも、どうしても会いたかったのよ。コゼットに」

「あっちに着いたらどうするノ?」

「さあ? でも、どうにかするわ。今までだってどうにか生きてきたんですもの」

「強いね千代ちゃン。ニッポンの女の子はみんなそうなノ?」

「どうかしら」

千代を乗せた貿易船は、航海の真っただ中にいる。日本はとっくに見えなくなっており、辺り一面海が広がるばかりだ。

さすがにここまで来たらもう見つかる心配はなかった。千代は船の先端に立ち、風を受けながらずっと海を眺めていた。

強い風を一身に受ける千代を、船員たちは温かい目で見守る。

今回の千代の計画に協力してくれたのはクラースだけではない。オランダの貿易商人が一丸となって千代を連れ出してくれたのだ。

「こんなわがままを聞いてくださってありがとう」

「いいのいいノ。鎖国なんて勿体ないからネ。千代ちゃんみたいな子にハ」

「私、不思議と寂しいとか怖いって気持ちはないんです。楽しみでたまらないわ」

「もう二度と戻れないとしてモ?」

「……ええ」

 にっこりと笑う千代を見て、クラースは感心したとでも言いたげに深いため息をついた。

「私、あのまま結婚していた方がずっと後悔していたと思います」

「どうしテ? いい条件だったんでショ?」

「そうだけど……お金や地位だけが全てじゃないと思うから」

 ずっと、海の向こうに行ってみたいと千代は思い焦がれていた。このまま日本で生まれて、日本しか知らずに死んでいくのは嫌だった。

 その思いは、コゼットとの文通を始めてから一層強くなった。コゼットの手紙から伝わってくるフランスは、革命で混乱していると言っても十分魅力的だった。

「コゼット、いきなり私が現れたらびっくりするかしら」

 驚くコゼットを想像して、千代は笑う。手紙でしか知らない、顔も見たこともないが、千代の想像の中でのコゼットは美しかった。

 もちろん、手紙にフランスの情勢について事細かに書かれていたり、時折フランス外の国についてのことを書かれていたりすることから、コゼットが非常に物知りだという事は十分わかっている。

 そんなコゼットと直接話が出来たら、どんなにか素晴らしい事だろう。それは、二度と日本に戻れないかもしれないというリスクを負ってでも成し遂げる価値があることだと千代は確信していた。

 鎖国は、いずれ終わりを迎えるだろう。けれどもそれが、生きているうちに叶わなかったらと思うと、千代はますます今の状況に感謝せずにはいられなかった。

「クラースさんは、私の恩人です。クラースさんが文通をすすめてくれなかったら、私はきっと憧れを、憧れのままにしていました」

「そりゃ光栄だネ。同じこと、コゼットにも言ってあげてヨ。きっと喜ぶヨ」

「もちろんです!」

 貿易船はゆっくりと海上を進む。あと何回寝ればフランスにたどり着くのだろうか。

 千代は、まだ見ぬ異国の地に思いを馳せながら、いつまでも海を眺めていた。


  *

 昭和二十二年。終戦を迎え、日本が目覚ましい発展を遂げようと動き始めた頃、フランスの片田舎で奇妙な絵が発見された。

「世界の七不思議と言ってもいいんじゃないか?」

「いや、ただの画家の妄想でしょう」

 幾人もの学者がその絵を見て、一度は首をひねった。絵の具や紙の状態からしてこの絵が描かれたのはフランス革命の真っ最中だ。

 絵にはご丁寧に完成したと思われる日付まで記されている。その日付からしてもやはりフランス革命の時期に描かれたものとされる。

「妄想にしてはずいぶんとはっきり描かれていないか?」

「芸術家なんてそんなもんだろ。彼らはそれで飯を食っているんだから」

 絵を持っていた学者がそっと絵を机の上に置いた。

 少しだけ埃をかぶっていたその絵には、フランス人だと思われる少女と黒髪の少女が港で仲睦まじく貿易船を眺めている様子が描かれていた。

 お世辞にも上手いものではない。それでも奇妙なことには変わりがないので、念のためにと持ち主が鑑定を依頼したのだった。

「だってこのころ、日本は鎖国中だろう?」

「そうだな。だからこそ意味が分からないんだ」

「別のアジア圏の子なのでは?」

「いや、この女の子が手に持っているのは明らかに日本の陶器なんだ」

「あ、本当だ」

「で、この絵は誰が?」

「それが分からないんだ。フランス人じゃなさそうとしか……」

「どうしてわかる?」

「ここを見てください」

依頼主が指をさした箇所――絵を描いた人物の名前だろうか。走り書きのような文字で『Klaas』と記されていた

「ふむ……ああ、確かに。これはフランス人ではないな。綴りからしてオランダ人あたりか?」

「じゃ、オランダ人が連れ去って来たのか?」

「ありうる」

「いや、この女の子がこっそり船に乗り込んだ可能性は?」

「それもある」

「でもどっちにしろ、フランスに来た理由は謎のまま残ってしまう。絵に描かれている港は間違いなく我がフランスの港町だ」

「うーん……」

 学者たちはまた首をひねる。鎖国中であるはずの日本から、しかもこんな幼い少女が、フランスに渡ってきたということがありえるのだろうか。しかも、絵の様子からしてフランス人の少女と話しているようにも見える。

 フランス語を操ることが出来ていたとでもいのだろうか。謎が深まるばかりである。

この絵画は今、『フランスに渡った日本人少女』というタイトルで世界のどこかでひっそりと保管されている。

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