凍える天使

小村ユキチ

天使の作り方

 はい、そうです。こちらが現在、私の製作している天使であります。近寄ると危険ですので、このあたりからご覧になるのがよろしいかと。

 ええ、そこならば、大丈夫です。

 この少女の身元ですか? それはわたくしも存じません。私は加工が専門ですから、お客様がどのような手段で素材を仕入れてきたかは詮索せぬことにしております。何ぶん人目を忍ぶ仕事でありますから、余計な気苦労は避けたいもので……。ただ、斯様かように美しいお嬢様でありますから、行方不明の事件をいくつか調べれば、存外あっさりと名前は知れるのかもしれません。私、新聞の類は見ないものでして、生憎あいにくですが。いずれにせよ、今は目隠しと口枷くちかせのおかげで、目鼻立ちはほとんど隠されていますから、美しいと言われても、おわかりにならないこととは思います。あの口枷は防音の作用のあるものでして、ああしていないと、叫び声や夜泣きがうるさくてかなわないのです。目隠しは、依頼主様が、できあがるまで本人に何も見せるなとおっしゃったので、取り急ぎ……。

 さて、私がここでどのような仕事をしているのか、ご覧になりたいとのお話でしたね?

 ではまずは、現在のところあのゴーレムどもが行っている作業について説明いたしましょうか。奴らが行っているのは、平たく言えば、骨格の再形成であります。普通、天使のデザインは、お客様の注文を受けて、私がそれなりに苦心して考えるものでありますが、この作品の場合ですと、依頼主様が完全な設計図を用意されていたので、私はただ、それに忠実に沿うように仕事をしている次第でございます。

 あ……ほら、ご覧になったでしょう? たった今、腕が背中に向けてたたむように折られましたのは、その腕を翼の位置にまで移すためでございます。普通人で言えば、肩甲骨の出っ張りのところまで、と言えばわかりやすいでしょうか。そこから腕が生えているように、体を作り変えたいのでございます。いい音だったでしょう? なにせかなり強引にへし折っておりますから、あのように小気味の良い音が鳴るのでございます。

 このゴーレムどもですか? これはただの建築用のデクでございます。力のいる単純作業は、丁寧にやっても無駄でございますから、安上がりなゴーレムたちに体を折らせてから、あとで私が微調整を施すと、そういう手順で仕事をさせていただいているわけであります。不精なもので、申し訳ない。

 はい、おっしゃる通りで。人の骨というものは、破壊しては少しずつズラしていくだけで、位置を調節できるのでございます。ですからああやって、何度も何度もへし折っては、ちょっとずつ背中のあたりへ移動させ、固定をし、再生が十分に成ったところでもう一度へし折り、また少しズラして……そうやって、肩を背中にまで持っていくという、そういう作業を繰り返しているのでございます。

 もちろん時間はかかります。単純に位置を変えたいだけならば、一度だけ折れば十分なのですが、ごく自然に、あたかもその姿で生まれたかのような滑らかさを得るためには、こうして何度も何度も折ってやらなければなりません。

 しかし、これが悪いことばかりでもないのです。

 あのように強引な折りを続けていますと、途中何度となく、骨より先に肉が裂け広がります。ここからでも見えますでしょうか? ほら、剥き出しの肋骨に、肉片がこびりついているのがわかりませんか? はみ出ているのは、心臓の一部であります。今はただ痛々しいばかりで、品のない傷跡ですが、それがもう少しすると、徐々に肉が張り直されていきます。すると、再生された肌の上に、手で彫り込むのでは決して作れない素晴らしい肉の渦模様が、自然が産みだす造形美のような見事さで立ち現れるのです。それは体の本来あるべき形から離れたことで、むしろ、肉体自体の持つ強さを鮮烈に描き表しているかのような、生命力にあふれた……失礼、少々ポエムが過ぎましたな。ともかく、作業過程で生まれては消えていくその模様があまりに美しいものですから、私はその一つ一つをスケッチして、本に残しているくらいでございます。まことに、張り合いのある仕事で……。

 はい、そうです。この作業が、不死魔法と再生魔法を応用した、天使製造術の骨幹であるわけです。もちろんご存知のこととは思いますが、いちおう説明させて頂きますれば……再生魔法とは、「再生魔法が掛かった時点」の体の状態を記憶しておく正教会の治癒術であります。再生魔法は、ある程度以上の大きな破壊が体に起きた場合に、魔力を元手にして体を復元する効用があるわけですが、大きすぎる損傷……つまり、四肢の断絶などが起こってしまうと、うまく機能が働きません。焦らずに傷口を合わせて、しっかりとくっつけてやれば元通りにはなるのですが、それでも多少の骨格のズレは覚悟せねばならないでしょう。また、不純物が体内に残ってしまった場合にも、それを取り込んでしまい、手足の麻痺などの深刻な弊害を伴う場合もございます。何より、不純物の隙間分だけ再生が成らないぶん、いつまでも痛みが引かなくなってしまいます。再生魔法は、一度修復を成すと記憶が上書きされてしまいますから、こうなってしまうとなかなか厄介なものなのですが……。

 ここでは、そういった特性を逆に利用させてもらっているわけです。

 ところで、再生魔法の当たり前の注意点として、再生は脳のある側から起こる、というのも知っておかなくてはなりません。つまりは、腕がちぎれた場合、再生魔法が働くのは脳に繋がっている側からで、取れた腕から治ることはないということです。また再生と言っても、実際に行われることは修復であり、欠けた部分は生えてくるということもありえません。

 ……失礼。言うまでもない、当たり前の道理でしたな。ただ、私の仕事に関する中で大切な点は、欠けてさえいなければ、そしてズレを許容するならば、いくらでも治してしまえるということでしょうか。

 再生魔法は脳か心臓を損傷してしまうと、働かなくなることはよく知られています。つまり、死者を生き返らせることはできないのです。他の臓器なら元通りにできるのですが、命の根幹にあたる部分だけは復元できない、正確には、復元しても元の通りには動かない、ということになりましょうか。当然、他臓器の損傷が原因で脳や心臓が壊れることもございますし、心臓は痛みが過ぎても止まってしまいますから、再生魔法だけではこの天使は作れないのです。そこで不死魔法も同時に用いることになるわけですが……不死魔法は、心臓が破損しようとも取り敢えずは生きられますが、脳のある一部分を破壊すると、効力が消えてしまうものです。これは究極の不老不死を願う人々には致命的な問題として、未だ議論が盛んなところありまして……。

 え? あぁ、管理局の禁忌事項など、私共にとっては、あって無きが如しです。一度黒魔術師の汚名を被ってしまえば、どうせ後戻りはできませんから。

 と、斯様に大きな問題を抱えている不死魔法ですが、こと私の仕事の場合ですと、そんなものは全く関係ありません。なにせ体を加工するだけですから、いわゆる無敵の不死性など必要ないわけです。

 この道理さえわかってしまえば、天使作りは簡単なものです。あとは体を動かすけんの部分を切り取って、そこにくさびを打ち込めば、決して動かぬ天使人形の素体そたいのできあがりです。

 そしてここからが、職人たる私の腕の見せどころでもあるのです。

 では、説明しましょう。私の場合、まずは素体の体の型を取ってから、肉体のほとんど全体……壊してはいけない脳の一部分と、それに髪の毛だけを残すようにして、ミキサーにかけてしまいます。はい、果物なんかを混ぜる、あれです。ご覧になりますか? こちらです。大きいでしょう? 一見すると巨大な摩尼車まにぐるまのようにしか見えませんな。このミキサー、なにせ人体をミックスするわけですから、刃も特別製でして、東方の「ヒヒイロカネ」を使用した高級品です。こちらにお金をかけすぎたせいで、作業ゴーレムは安物しか買えなかった次第でございまして……いやはや、お恥ずかしい。しかしいくらヒヒイロカネとはいえ、人の体、特に骨なんていうのは意外なほどに硬いものですから、回し始めはなかなか刃が回りません。体に食い込んだまま、ギチギチと嫌な音を立てますのが、聞いていてとても不安を煽ります。いえ、少女は不死魔法がかかってますから死ぬことはないのですが、このミキサーは壊れてしまうと少々大変なものでして……。ですが、やがて少しずつ骨が削れていきますと、ゆっくりと肉が混ざり始めます。そうですね……丸一日は、回しっぱなしにするでしょうか。おかげで一回使うごとに、刃が欠けてボロボロになってしまうものですから、なかなかどうして厄介なものです。

 で、このミキサーなのですが、特別に魔法を込めてありまして、砕いたものをネバネバの粘液状にして繋ぎ止める効果がございます。副作用として、痛覚神経が体の末端まで繋がりっぱなしになってしまいますから、それはそれは痛いことと思います。痛い、という表現では可愛すぎるかもしれません。何度か、事後に素体たちに話を伺ってみたことありますが、皆さん私の言葉が耳に入らず、同じ言葉ばかり繰り返すものですから、ホントのところどれくらい痛いのかはわかりません。

 ええ、だいたい、そんな感じです。「うちに帰して」とか、「お母さん」とか……脳が壊れることはないはずですが、再生魔法も不死魔法も痛みに対してはなんの効力もありませんから、精神はおかしくなってしまうのかもしれません。むしろ、普通人では死んでしまうような痛みでも、決して死に得ないのですから、かえって苦しいくらいでしょうか。ミキサーにかけられても死ねないというのは、どんな気分でしょうな。まぁ、そういった彼女らの精神の考察は呪術師の領分でございます。私、霊魔術は専門外でして……。

 さて、説明が一足早くなってしまったかもしれませんが……素体には再生魔法がかかっていますから、ミックスされた体はもとに戻ろうとします。ですが、肉体は跡形もなく破壊されていますから、そのまま戻すとグチャグチャでひどい事になります。ちょうど、人とスライムのあいの子のような形になるといいましょうか。一番初めに素体の型を取っておくのは、そういったわけですね。あらかじめ取っておいた型に、粘液状になった体を流し込みますと、少なくとも見た目は完璧に元通りになるのでございます。体があるべきところに戻ろうとする、再生魔法の力の偉大さには驚嘆させられるばかりです。それどころか、無駄な発疹ですとか、ホクロですとか、肌の僅かな凹凸、産毛に至るまでが綺麗さっぱり消え去って、それはそれはつややかで美しい体になるのです。ほら、ご覧いただけますか、あの天使になりつつある少女の肌の、抜けるような白さを……愛らしさを……なんのコーティングもせずに、ああなのです。初めてお目に触れた時には、あれが人の肌であるとは信じられなかったでしょう?

 あぁ、内臓ですか? それはそれはヒドイものですよ。形は元通りになるのですが、機能がどれも著しく低下していますし、また大変脆くもなっていますから、事あるごとに破裂します。ええ、痛いでしょうな。男で言えば、睾丸が何度も破れるようなものですからな、ハッハッハ……。そんなわけですから、内臓は後々、邪魔になりしだい取り除くことにしております。あの少女も、残っている臓器を数えたほうが早いくらいで。不死魔法はかけるまでが大変ですが、かかってしまえば死にませんから、麻酔術がいらないのがお手軽でいいですな。乱雑に内臓を取り除いても、肌だけ治ってくれれば、私としては問題ありません。臓器を肉ごとスコップで掘り出す作業は、それだけでなかなかに面白いですから、ストレス発散用に売り出せないかと考えているくらいです。いやはや、下世話で申し訳ない。

 ミキサーを使う利点は、肌の美化ばかりではありません。この作業の素晴らしい点は、血液を完璧に取り除けることにあります。ええ、血です。驚いたでしょう? ここが私の作る天使の、一番の特徴と言えるのではないでしょうか。通常、いくら不死魔法とはいえ、血がなくては体が動かず、死んでしまいます。脳は、血によって運ばれる栄養を使って動いていますから、血がなくては腐っていくばかりなのです。ですが私は、ある錬金術の媒体を用いることで、その問題を克服したのです。血がなくとも生きていられ、意識は保たれ、しっかりと全身が神経で繋がるように、工夫を凝らしたのです。方法は、残念ながらお教えできませんな。そこが私の作品の売りであるわけですから、商売機密ということで、どうかご容赦願いたい……。

 ただ、あえて一つ申し上げるならば……この方法は、一切の動きを取らない天使人形であるからこそ使える術式であって、無敵の不死者などというものには到底活かせるものではない、とだけ言わせていただきます。もしそんなことができたら、私は世界一の錬金術師として、記録に残されることになりましょう。

 はい、斯様なわけで、私の天使たちには血がありません。実はそれによって、不老さえも簡潔な形で実現されているのでございます。はい、私の天使たちは、取り替えの必要がありません。一度作れば、脳が破壊されるまで、ずっと天使のままでいてくれるのです。

 また、もう一つ大切なこととして……私の天使たちの体には、一切の血が通わないわけですから、皆、とても凍えているのでございます。それはそれは、はかなげに、芯のシンまで冷え切っているのです。ほら、目を凝らせば、あの天使もまた震えているのがわかるでしょう? え、痛くて震えていると思った? はは、これは失敬。確かにそれも間違いありませんな。

 はい、その通り。これが私がこっそりとあげさせていただいている看板、「凍える天使コールド・エンジェル」の由来でもあります。

 私の天使たちは、決して癒えない、地獄の氷の中に閉じ込められているからこそ、他のどんな人形よりも美しいのだと自負しております。これは語るより、見てもらったほうが早いでしょう。

 さて、ゴーレムの作業も一段落したので、もう近づいても大丈夫です。足元にだけ、ご注意ください。

 ほら……どうですか。

 美しいでしょう?

 ええ、わかります。誰でも間近で、こうして天使の肌を見つめると、そのような不思議な感覚に襲われるのです。

 古代王朝の青銅器よりもつややかで、生まれたての赤ん坊のように柔らかく張りのある……季節の変わり目を告げる初雪よりもキリリと冷たく、それでいて絹のような温かみを帯びたこの肌が、天使のものでなくてなんだというのでしょうか。

 私は他の人形師どもの作る、ただ肌の白い人形は好みません。あれでは粘土で作ったものに色を塗ったほうが早いでしょう。私の天使の肌は、アウロラ山脈の雪のような白さをベースとしながらも、その上には、命のみがにじみ出せる、黄色と桃色の理想的なブレンドがしっかりと映えているのです。命ある人形は、こうでなくてはなりません。

 わかるでしょう……この天使が、いかに凍えているのかが。それは、全身の血を全て抜かれて、なおも生きている身でしか感じることのできぬ……人の身では決して味わえない、魂の寒さです。天使は今、「嘆きの川コキュートス」の氷の中に、無垢の罪により閉じ込められているのです。

 だからこそ、天使はいつも、温もりに飢えている。

 人に触れられることに、恋い焦がれている。

 凍える体とは正反対の、熱い情念に身を焼いて、あなたを求めるのです。

 ……ね?

 欲しくなったでしょう?

 誰かに触れていてほしいという深刻・悽愴を極めた想いが、天使の肌や、瞳から泉のようにあふれ出す……この情感は、泥人形には生み出せません。また、ただ単に暴力的に他人を殺すのでも、手に入るものではありません。

 だから私は、天使を作るのです。

 痛み、苦しみ、凍え、震え、あなたを求める。

 どれだけ痛くとも、暖かさを感じずにはいられない、純粋無垢の美しきマゾヒズム。

 放っておけば天使はどこまでも震え続け、触れてあげれば、それだけで天使は安らぎに満ちあふれる……まさしく、愛の伝道者、神の遣わした天使であるのです。

 失礼……また、感傷的に過ぎましたな。

 ええ、そうですね。血の出ない人体というただそれだけでも、見ていてなかなか面白いものでございましょう? これだけ乱雑に体が切り裂かれているのに、その体からは血の一滴も漏れ出さない。なのに、確かに天使は震えていて、その痛みにもだえているのです。これだけ人の形を離れているのに、たしかに命が宿っているとは、信じられないでしょう? ですが、紛れもない事実です。

 天使は自らの身体に、魂を閉じ込められているのです。

 はい……はい……なるほど、わかりました。では、この天使がいかにして、少女からこの姿へと変わっていったのかを説明してまいりましょう。

 では、差し当たり……足からですかな。見ての通り、この足の膝から下は、骨と一体化させておりまして、取り外しができる工夫が施されています。ちょうど、太ももの中の骨ごと引っこ抜くような形ですな。ほら……こんな感じで。

 はい? ああ、叫び声ですか。いくら防音効果があると言っても、この距離なら流石に聞こえますな。はい、もちろん、引き抜くのは痛いですよ。取り外し可能ということは、肉の内側に食い込みを作っているわけですから……体の内部では、そんな僅かな抵抗も身を震わす激痛となるのです。爪の間に針なんかを通してみると、よくわかりますよ。

 ちなみに、なぜ素体が暴れないのかですが……それは、体の要所要所にある人体の連結部分に、特製の杭が打ち込まれているからです。そのおかげで、彼女は指先一つでさえも、全く動かせなくなっています。最終的には声も表情も奪い、震えることさえできないようにするわけですが、それはいつも最後に取っておくことにしています。感情表現を完全に奪うことで、少女は天使……人形になると私は思っておりますから、全ての作業が終わった総仕上げに、とっておきたいと思っている次第でございます。

 さて、これが足です。ほら、硬いでしょう? これは骨の成長を利用しておりまして、赤熱した鉄を叩くように骨を伸ばして作りました。それも、膝の形と寸分違わぬように、丸く、滑らかにです。時間がかかり、大変な作業でしたが、それだけに気に入っております。皮膚と骨の境目の見分けがつかないでしょう? ちゃんと膝の曲がる機能は損なわないで残しているのですよ。ちなみに内側は木で補強してありまして、あとは肉が詰まっております。

 骨はもともと、再生能力の高い部位です。そこに再生魔法がかかってしまうと、時としてとんでもない変化が起こってしまうのはよく知られた事実ですが、しかし、そのおかげで、叩いて伸ばせばかなり自由な造形が可能なのです。変わりどころでは、足を鳥の鉤爪のようにしてくれなんて注文がありましたが、私は模造品をつけるのではなく、しっかりと骨の造形でそれに応えました。

 次は……まあ、腕ですかな。ご覧の通り、すでに肩がかなりのところまで背中にズレ込んでいて、人ならざるものの雰囲気がにじみ出てきています。この部分の作り方は先程お伝えした通りですので、割愛しますが……ここでご説明したいのは、この腕の造形そのものであります。

 依頼主様の設計図では、腕がそのまま翼になっている形でしたから、私もそれに応えて、腕をズラす作業と同時並行で、腕の改造を行ってきました。

 はい、この腕には、いかなる人造物も加える予定はありません。今は、留め具として幾つかの器具に支えられていますが、ゆくゆくは全てをこの少女の骨と皮膚から作るつもりです。

 作り方は、簡単です。指を使うのです。ほら、ちょうど彼女の肘のあたりから、伸ばしかけの骨が飛び出ているのがわかりますでしょうか? これは素体の小指です。手のひらのところからここまで、千切れ落ちてしまわないように慎重に、裂いて伸ばしてきたのです。同じように、親指以外の指を全て引き伸ばしていって、尺骨に沿うように手のひらを延伸させたのが、今ご覧になっている天使の羽根の正体です。これぞ、再生魔法と不死魔法を使った天使製造の真骨頂でしょうな。うまく術式を行い、遮蔽物を挟むことで、これが手のひらだとは思えないくらいに大きく薄く造形することができるのです。

 いやいや、これはまだまだ作りかけですから……完成品のクオリティには程遠いです。ほら、中指なんかは、先のほうがまだ指らしく……。

 おや、随分と叫んでますな。きっと彼女は、翼の工作が一番痛いのでしょう。なにぶん千切れてしまわないように、丁寧な作業が必要ですからな。それに骨の加工は、簡単に言えば神経を直接削るようなものですから、怖いのもわかる気がします。

 それにしても、この段階で彼女の叫び声を聴けるというのは運がよいかもしれません。普段であれば、骨をたたんだ折に肺が裂けてしまいがちですから、一呼吸さえもできないのが普通なのですが……運良く、右肺の復元が間に合ったのですね。

 はい? ああ、そうですかそうですか。

 天使の呼吸についての説明をしてませんでしたね。これは失敬。

 無論、天使の素体はもとは人ですから、呼吸を行います。ですがそれは、不死魔法を施し、動きを奪った時点で、生命維持の観点からは不要なものとなっています。いくら呼吸をしなくとも、決して動かぬのなら、ちっとも問題がないのでございます。ですから最終的には、呼吸も完全に止めてしまいます。ええ、苦しいですよ。呼吸がいらぬからといって、苦しさがなくなるということはありませんから。当然、意識がなくなるようなこともありません。そういう魔法なのです。

 おぉ……これは驚いた。わかりませんでしたか? 今、かすかではありますが、この素体は首を振ったのです。この痛みの中で首を動かせるとは、意志の強い子だったのでしょう。

 そうですかそうですか……永遠に呼吸できなくなるというのは、まだこの子には伝えていませんでしたか。

 ちなみに、涙腺は残すことも可能ですが、今回の注文では、「完全に人形のように」とのことでしたので、すでに取り除いてあります。

 さて次の解説は、女性器ですかな。この部分の調整は、お客様によって要望の別れるところでございます。人によっては、ここをいかに使に顔以上にこだわることもあるくらいなのですが、逆に、天使なのだからと、完全に取り除くように注文なさる方も多いです。いずれにせよ、皆様、真剣なこだわりを持つ部分ということですな。中には腹のところにまで膣口を持ってこいなどという変わった趣味の方もございます。男性器をつけよという注文は、珍しいには珍しいのですが、度々受けますね。

 はい……はい……ええ、もちろん。少年を天使にすることもございます。少年を少女の天使に変えたこともあったでしょうか。

 それで、この天使の場合はといいますと……実は、今からそれをお見せしようかと思っていたところです。

 依頼主様は、この天使の女性器は残すようにおっしゃられていました。そしてまた、特別な加工の注文があったわけですが……その方法は私に一任してくださったので、気合も入ろうものです。

 そうですね……あ、なんでしたら、体験されてみますか? ええ、作業自体はとても簡単ですから、失敗もないと思います。万が一失敗しても、いくらでもやり直せますから……。

 使うのは、こちらになります。これは近頃家具屋などで流行っているという、電動ドリルなるものから着想を得て作らせていただいたものでして、一見すると、大きなネジに見えるかもしれません。

 これを……はい、そのように構えて、先の方をゆっくりと差し入れるのでございます。ええ、これくらいのサイズが必要です。そこは赤子の通る道だけあって伸縮性がありますから、肉にネジの刃を食い込ませるには、このくらいの直径でなくてはなりません。

 はい……それを、まさしくネジのように時計回りに回しながら、奥までグリグリと突き刺していただけますか? はい、はい、そんな感じで、ゆっくりで結構です。取っ手の赤い印が見えなくなるところまで入れていただければ……。ええ、お腹のことは心配しなくても大丈夫です。そのあたりの臓器は外していますから、スペースは十分です。

 いかがですか? 豚肉を裂いているみたいにいい気持ちになるでしょう。ええ……血が出ないので、手を汚さずに済むのもありがたいですね。また、ミキサーにかけられた肉体は、血液以外にも様々なものを取り去ってくれますから、痛みで胃の内部を吐き散らすようなこともないので安心です。また、体に打ち込んだ杭によって、この天使がいかに動けないのかもよくわかることと思います。これだけのことをされれば、普通は麻酔術の強いものでも嗅がせなければ、暴れて手がつけられないものですが……ただ、内側の筋肉が緊張しているのは伝わってきますでしょう? そこの動きだけは、天使として完成した後も、あえて残しておこうと思っているですよ。

 そうですね……はい、血がなくとも、震えですとかうめきですとか、簡単な反射行動ならば取ることができます。血ではないものから活力が供給されているわけですから……ただし、一度ミキサーを経た体が、自由に動けるはずはないのですが。

 え? あ、はい、そのあたりまでで結構です。それでは、柄の裏にあるスイッチを……そうそう、それです、そこを押していただけますでしょうか? そうすると……。

 はい、大丈夫です、どうやらうまくいったようです。そのまま真っすぐに棒を引き抜いてください。

 ……驚きましたか?

 それは、鉄棒にヒヒイロカネを薄く伸ばした刃を巻きつけてあったものでありまして、そこのスイッチを押すと刃が外れ、内側に螺旋状に取り残される仕組みになっています。

 あとは素体に食い込んだ刃を、お腹の筋肉と同調させましてですね……あぁ、ただ、不随意運動とはいえ、天使の肉体的反射を利用するのは美学に反しますので、温度感知にしようかと思っております。一定以上の熱量が、膣の内側を温めることで、筋肉に微弱な電気が送られて、グサリというわけですな。

 ええ、そうです、ご明察。これはヴァギナ・デンタータです。天使に欲情する不届き者は、男根を喰いちぎられてしまえということなのでしょう。

 以上が……今のところ説明できる、天使の製造過程でしょうか。今後の予定といたしましては、とりあえずは翼を完成させるのは当然として、お腹のあたりを大改造したいと思っております。ヴァギナ・デンタータの機構を埋め込むには、それなりにスペースが必要ですから。……実は、見立てでは彼女のお腹だけではやや足りない予定なのですが、その辺りは色々と試行錯誤してみようと思います。もしかしたら、刃もつけ直すことになるかもしれませんな。この手の作業は、肉や骨との絡みが大事でありまして、いちいち再生が済んでからでないと検討できないのが、なんとも時間を食うところでございます。できればあと三つきほどで仕上げにかかりたいのですが……その日がちょうど、ミキサーにかけてから丸一年になるのです。

 あとは、頭以外の体の全体を、もう少し小さくするでしょうか。はい、ピーラーで肌をめくりまして、中身をヤスリなどで減らしましたら、また貼り直してを繰り返すのです。

 ええ……仰る通りで、そのままだと皮膚がやや余ってしまいます。ですから当然、いくらか皮はカットすることになるのですが、その継ぎ目の隠し方もまた職人の技の見せ所と言いましょうか。慣れぬうちは腐心しましたが、今ではすっかり、手練れの仕立て屋にも劣らぬ腕であると自負しております。

 はい、残念ながら、頭部は小さくできません。いえ、殺さずに形を変えるのはわけもないのですが、繊細な顔の造形を残すのが大変に難しいのでございます。それに、せっかく美しいお嬢様をご用意していただいているのですから、あまりそこには手を加えたくないというのも人情でしょう。万が一、造形が崩れたら一大事ですからね。天使も人形も、顔が命です。

 小型化が済んだら、今度は呼吸を止める作業に入ります。通常は肺を潰してしまうのですが、この天使の場合は、外れない首輪を締めるようにとのご注文でしたから、ネジ式の万力首輪で喉を潰そうかと考えています。金具が食い込んでしまえば、再生魔法によって肉が複雑に絡みつき、決して取れない首輪となるでしょう。

 それが済んでようやく、私の天使は仕上げに入ります。体を薬湯に浸し、成分を染み込ませて、固めるのです。そうすることで、このように魔法陣の上に置かなくとも、細菌に侵されない体になるのでございます。同時に、その状態で体が固まりますので、それ以上の加工ができなくなります。脳以外の部分において、再生魔法の効きが著しく低下してしまうことが理由であります。皮膚の損傷、例えばヒビ程度の傷であれば、時間をかければ元通りにはなりますが……なんにせよ、手のかかる作品ですので、どうか大切に扱っていただきたいと願うばかりですな。

 ところで、天使の肌の硬さですが、それはある程度調整可能でありまして……半日ほどで薬湯から上げれば、体の芯は固くなりますが、表面は人肌並の柔らかさを保てます。完全に人形のごとくということでしたら、まぁ、まる三日はひたしておいたほうがよいでしょうな。この天使は、柔らかく済ませる予定です。

 さて、いかがでしたでしょうか。満足していただけましたか?

 なんですと……?

 ほう……あの少女を知っているのですか。

 あぁ、なるほど……そういうことでしたか……。

 それではあなたは……。

 お客様ですね?

 なるほどなるほど……かしこまりました。ええ、大丈夫です。なるほど、霊術師の方でしたか。それはそれは、天使の作り方に興味を示すはずでございます。

 呪術の器としては、天使に勝る媒体はないでしょうからな……。

 ほうほう、孤児院を経営なさっていて……ええ、わかりました。

 はい、問題ありません……アトリエは、ここだけではありませんから、十人ほどなら同時に作成できます。

 いえいえ、私は喜んでおります。美しき子どもたちを、天使に昇華させるのはこの上のない喜びです。

 ありがとうございます……ご理解いただけて何よりです。

 今後とも、「凍える天使コールド・エンジェル」をよろしくお願いいたします……。

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