短編集2

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第1話

 夜空。舞い散るは雪の華。凍えそうな風。

 長い月日が経った。僕は一人部屋の中で作曲家をやっていた。

 五線譜に音符を打っていく。

 音符が鼓動する。夢の中みたいだ。

 まるで万華鏡の中みたいに音符はゆっくりと息をする。

 いつの日か大歓声に包まれ自分の作った曲を歌う僕を思い描きながら、とある映画の音楽を担当していた。

 馬鹿みたいに偉大な曲だった。ギターを覚えたら、いつかライブをしよう……


 そんなことを妄想しつつ、僕は都立白鷺高校で授業を受けていた。受験は来年の二月だ。

 それまでにどうにかこの数Ⅲをマスターしなきゃならない。だるい。めんどくさい。だけれど将来別に作曲家になれるわけじゃないし、友達は数人しかしないし、クラスには茶髪の七瀬がいる。

「七瀬。サッカーしに行こうぜ」

 僕は七瀬の方をみる。バスケ部のエースで慶応を受験するらしい。いいなーと思いつつ、僕はぼんやりと空をみる。

「相川ー。お前もいくかー?」

 僕の好きな相川詩織が七瀬率いるリア充軍団に声をかけられていた。

「んー、どうしよ?」

 いかにも嬉しそうに相川は戸惑った感じだった。

「やっぱやめとくー」

 相川はそう言って仲のいい長谷川のところへ行ってしまう。

「なんだよ」

 七瀬たちは少しくやしそうに教室から出ていった。

 僕はただ机の上に突っ伏して寝ていた。暇つぶし用の文庫本も役に立たない。このクラスには一人本当にいけてない林という物静かな黒ぶち眼鏡の生徒がいるだけだ。

 見た目は地味だがやたら勉強ができる。落ちこぼれの僕とは違う。

「おーい」

 黒ぶち眼鏡はなぜか廊下から僕を呼ぶ。

「なんだよ」

 苛立ちながら僕は林の方を向く。

「この間CD買ったんだが」

「で?」

「バンドやろうぜ!」

「は?」

「バンドだよ」

 僕はただやるせない目で林のことを見ていた。

「お前音楽好きだろ?」

「嫌だね」

「つまんねーなー」

 そう言って林は他の友達のところへ行ってしまう。いっつもそうだ。気だるげな僕は一人で過ごすことが多い。

 放課後僕は一人で廊下に突っ立っていた。成績が悪くて先生から呼び出された。これじゃあ中堅の私大も無理そうだった。

「お前受験どうすんだ?」

 担任の体育教師が俺に向かって言った。

「A大学の文学部を受けようかと」

「それでいいのか?」

「駄目だったらJ大学にします」

「ふーん」

 担任は冷たい目で僕を見る。

「もう少しやる気があるならなー。まぁいいや。一応受験するんだな」

「ですねー」

 僕は心のどこかで音楽大学に行きたいなんて思っていたが、なかなか口に出せなかった。


 帰り道僕が購買の自動販売機でコーラを買っていると相川と七瀬が二人で出てきた。

「七瀬君東大受けるの?」

「一応なー」

「すごーい。私なんか明治くらいだよ」

 やつらが仲良さそうに僕の前を通り過ぎていくのをみた。

 僕は嫉妬して鬱屈しながらそいつらをみていた。

 どうもリア充グループには好かれない。いっつも友達は地味なやつらだ。

 空を見上げると涼しい風が吹いていた。夏の匂いがする。僕はさっきの妄想にふける。苦労しながら作曲家をやり、いつかバンドでメジャーデビューする。

 数万人の歓声の前で僕は歌を歌う。観客が興奮しているのは僕の歌のせいだ。

 僕は影に隠れながら親から盗んだ煙草を吸う。割と背が高い僕でも煙草と酒を買う勇気はないから、親からビールやらたばこやらを盗んでは部屋や人気のないところで飲んだり吸ったりしていた。

 妄想の中で僕は相川と付き合っていた。なんだか可愛げのある女の子だ。

 僕の好きな相川。いつの間にか七瀬と付き合っていた。はじめは興味がなかったのにいつの間にか惹かれていた。

 僕はその日嫉妬心と激しい鬱で家に帰った後食事が喉を通らなかった。


 朝目覚めると鳥の鳴く声が聞こえた。なぜか僕はぼろい一軒家に住んでいた。

「ここは?」と僕はつぶやく。

 周りの景色がいつもと違う。まるでどこか違う世界のようななんとも言い難い心地よさの世界だ。

 家から出ると、そこには見たこともない自然が広がっていた。僕が手を前に差し出すと一羽の小鳥が僕の手の上に乗った。

「いったいなんなんだ?」僕はつぶやく。

「やぁ!」

 振り向くと白いドレスを着た相川がいた。

「どうしてここに?」

「なんのこと?」

 驚いたように彼女は言う。

 やっぱり胸を刺すようなかわいらしさみたいなものを備えた相川だった。相川の背中には白い羽がついていた。なぜかわからない。

「その羽は?」

「ただの飾り」

 相川は笑っていた。

―詩織

 僕は心の中で叫んだ。僕の好きな相川だった。

 相川はどこかの西洋の絵画のような天使のような服を着ていた。

「私これから猟に行くの」

「僕も行っていい?」とっさに言う。

「もちろん」

 音が響く。通りは芝生に覆われた。あまりにも空想的な白い空だった。

―なんなんだ。この世界は?

 相川は通りを進んでいった。僕は後ろを追っていた。レンガの家の対極にはどこまでも草原が広がる。

 草原から森に入る。リスの鳴く声が聞こえる。相川は森の中へずんずんと進んでいく。

 肩にはいつの間にか猟銃を下げていた。僕は隣で申し訳なさげに彼女についていった。

 一羽の鳥が飛び立った。彼女は肩にかけていた猟銃を下して、革のカバーを外した。

 銀色の重みがある猟銃を手に掛ける。弾薬を詰めて、静かに腰を下ろして獲物を定める。

 一羽の鳥が木に降り立った。一呼吸開けて彼女は猟銃を放つ。弾丸が鳥の首を討ちぬいた。

 鳥は瞬間に木から落下した。

 獲物のところまで歩いていく。ざくざくと落ち葉を踏みしめる音が響いた。いったい今が何月なのかもわからない。

 獲物が落ちた空間へ僕たちは歩く。馬鹿みたいに奇妙な温度と湿度だった。ゆえに体感にすら意識しないほど心地がいい。秋でもなく春でもなく、だがおおよそほんのりと暖かくて冷たい風が吹いていた。

 夢の中に見たのは理想郷か。僕が今体験しているのはいったい何だろう。

 相川は鳥が落ちた場所を見つけた。ぐったりとした鳥の死体をつかみ、また家へと帰る。

 僕たちの住む家は二階建てだ。二階で鳥を捌き近隣の畑で採れた野菜と一緒に一羽を丸ごと肉にして濃厚なスープを作った。昨日焼いたというパンと一緒にスープを飲む。格別の味だった。


 ふいに僕は夢から覚めた。いったいあれはなんだったのだろう。相川の背中を僕は教室で眺めていた。僕が見ていたのはこの高校の夢だった。相川はわりに地味な女とつるんでいた。僕は黒川という名前だった。

 クラスに誰も友達がいない。ただぼんやりと可愛い相川のことを眺めているだけだった。頭の中には妄想。そして僕はずっと一人で文庫本を読みながら時間をつぶした。たまにクラスの連中が僕の悪口を言った。七瀬はいつも一人だった。時折友達と遊んだりしているくらいだ。

 独り言すらいう気にもなれず、いったい今見た夢はなんなんだろうと思った。参考書を開いても孤独で勉強ができない。

 夢の中で華やぐ光景はなんだったのだろう。誰にも話しかけることができない僕は完全に自分を嫌っていた。

 もろに自分が嫌いだ。顔も何もかも。どうしてこんな風にしか生きれないんだろう。

 ふいに僕はバッグからウォークマンを出して、レスピーギの曲を聴いた。

 いつの日か僕は夢を見た。この世界を変える英雄になる夢を。そして僕はイケメンの東京男子だった。

 自己肯定することの大事さ。というよりはそこまでの勇気というものか。周りの人間も自分のような考え方をするといつの日か忘れたのはなぜだろうか。

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