12: Take a key and lock them up,
フロイラインに飲み込まれたフラウは、すべてを見ていた。
ぼたんが戦っているその時、フラウの戦いも続いていた。
元よりフラウの目的は『花』との再同調、そして内側からの破壊だ。
フロイライン。『花』を核とし葉風つばきを宿主とした最後の徒花。それはフラウと同調して初めて完成する。
フロイライン自体はつばきから生じたものゆえに、間接原因である『花』には現状アクセスできない。が、しかし。あと少しで手が届くというのもまた事実。
だからこれは賭けだった。
フラウが『花』を壊すのが先か、フロイラインに完全に飲まれるのが先か。
アシェに先手を取られたとはいえ、すべきことが変わるわけではない。
フラウは、己の死を持って『花』を殺す。
それが最短の最適解だ。
──でも、ぼたんは最善の結末を望んだ。
フラウは彼女の願いを踏み躙ることに躊躇し、その躊躇を肯定してしまった。
だから今この瞬間フラウの戦いとはただつばきを助け出すことのみを指し、それはもう少しで叶うはずだった。
内側からのフラウの働きかけ。外側からのぼたんの呼びかけ。どちらかが少しでも欠ければ果たされない救出。
そしてつばきは意識を取り戻し──しかし、致命の一手を防ぐことは叶わなかった。
宿主たるつばきを切除されフロイラインは破綻。
フロイラインにぼたんは貫かれ死亡。
既に意識は実体から切り取られぼたんとの繋がりを失ったフラウは、フロイラインの消失に伴いあの庭園へと、彼女の存在が刻まれた場所へと還るのみ。
「──嫌だ。認められない。こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかったんだ。こんな終わりを望んだんじゃない!」
一心同体としてあったぼたんとフラウ。
フラウの中に残ったぼたんの残滓までもが、消えていく。
どこで間違えた。何が間違いだった。
間違いが、あったとすれば。
それはフラウ自身の甘さだ。
甘さと、愚かしさだ。
夢を見た。甘い夢を。しあわせになれる夢を。最後の最後に見てしまったのだ。
それが間違いだった。あってはならなかった。迷わず揺るがず、
「──ボクが、死んでしまえばよかったんだ!」
悲鳴を上げるフラウに、去りゆくぼたんの残滓が手を差し伸べる。
幾度の変身と同調を経て、フラウの中に混ざったぼたんの心の欠片だ。
【悲しまないで】
既にそれはぼたんではない。残滓はあくまで残滓に過ぎず、不完全な片鱗だ。そのはずなのに。
【あなたの悲しみは あなたを呪ってしまうから】
残滓は言う。
それは『死』を持っていた。もっとも大きな落下を経て尚ぼたんとしての在り方を留めてしまっていた。死して尚願いを届けるということが、叶ってしまった。
【あなたの悲しみはもう一度 あなた自身を殺してしまうから】
残滓はそうしてフラウを
フラウの伸ばした手はまた、届かない。
目覚めたフラウはぼたんの死を忘れ、しかし意識があちらの世界と断絶してしまった異常を認め、死力を尽くした。
大事なことは何も覚えていない。けれど何かが、決定的な何かが起こってしまっていることだけはわかっていた。
一度断ち切れたあちらの世界のとの繋がりを結び直すのに二年。
世界間を超える旅路としては驚異的に短く、しかし少年少女にとっては手遅れな二年だった。
*
すべてが終わったあの夜の先にも、当たり前のように朝は来る。どれほど朝が来て欲しくないと願っても。時計の針は進むのだと、それを思い知るのはいつだって手遅れになってからのことだ。
なつめは病室のドアを叩く。
見舞いの花は持たない。
花など安らぎには程遠いものでしかない。
「…………」
病室のベッドに座るつばきが顔を上げる。
目は落ち窪み、頬はやつれ、肌の青白さは幽霊と見紛うほどで、けれど確かに生きていた。
挨拶をしようと思って、けれど何を言えばいいのかわからなくなる。「おはよう」も「やあ」も「久しぶり」もすべて間違いにしか思えなかった。
どの口で言うのか。どの面を下げて彼女に会いにきたのか。
頭が真っ白になる。漏れそうになる自嘲をぐっと飲み下す。
かろうじて望めるのは「ごめんなさい」だけで、けれど謝罪すらも許されない。
なつめは黙ったまま、白い部屋の中で立ち尽くしていた。
あの後つばきは意識を失い、長く眠り続けた。やっと目覚めた時には義姉の葬儀も終わっていた。
つばきの身体に傷はひとつもなかった。摩耗したのはその精神。
本来徒花は宿主自身を中へと引き込みはしない。植え付けられた絶望すらも他者のもの。その負担は計り知れない。
目覚めたつばきは、あの夜の記憶を全て失っていた。
「──話が、ある」
たとえ記憶を失っても、彼女の義姉が亡くなった事実までは消せない。
もう、全てを知る人間はなつめしかいなかった。
詳らかにその口で、語らねばならなかった。懺悔でも告解でもない。どの口がそれを語ることを赦される。
語るならばただ、責務として。
「……やめて。聞きたくない」
つばきはゆるゆると首を振る。
揺れる瞳はどこも見てはいなかった。見たくはない、と。
「こわい。こわいの。何も知りたくない。知ってしまえば、耐えられない、気がするから。生きていけない、予感がする。全部全部……終わってしまう……」
幼い子供のように。迷い子のように。
嗚咽とともに震えた声を吐き出した。涙は一筋も流れない。
つばきはわかってしまっていた。
記憶を忘れたことまでは忘れられなかった。
何か致命的な間違いがその記憶の欠落の中にあり、それをなつめが知っていることまで、理解してしまった。
けれどその理解に、心が悲鳴を上げた。
「もう、何も、終わって欲しくないの……!」
なつめはつばきの言葉を噛み砕き、噛み締める。
彼女の望みを受け入れる。
「──わかった。ぼくは、終わらせない」
それは欺瞞だ。
もう何もかもが終わってしまっている。
だがそれを、彼女に突きつけるのは違うことくらいは、どんなに物分かりの悪いなつめだろうとわかってしまった。
その正しさは間違いだ。
そしてなつめは病室から去った。
「さよなら」は言わなかった。それは終わりを意味する言葉だから。
終わらせることは許されていない。
終わらないまま、けれどもう、二度と会う資格もないのだと知っていたから。
扉の外。ひやりと冷たい廊下の真ん中に、見覚えのある人影がひとつ。それははっきりとこちらを睨んでいた。
「……茜屋さん」
「嗄木、おまえ……」
信じられないものを見るような、それでいて恨みがましい視線がなつめを刺す。彼女は聞いていたのかもしれない。聞いていなかったのかもしれない。どちらにしろ、同じことだ。
なつめは頭を下げた。それは会釈であり、謝罪だった。
「つばきを、頼みます」
「意味わかんねぇ……それは、おまえの役目だろ……なんでッ」
彼女の表情が苦々しく歪む。
茜屋りこは何も知らない。けれど、何も知らないなりに分かってしまっていた。
つばきの姉が死んだこと。その場につばきとなつめがいたこと、そしてつばきが壊れてしまったこと。
無関係でないはずがない。
どうしようもなく聡くて、友達思いの彼女は、気付いてしまった。
「……ごめん」
「頼まれてはやるよ。でも、納得なんてしないからな。いつかお前が、自分で片付けろ。つばきから逃げたら、許さない」
そしてりこは消えていく。彼女はこの日ここまで来て、病室に入ることはなかった。
なつめは頷くことができないまま、廊下を逃げるように行く彼女の背中を眺めていた。
暗く細い道を通り抜け、今は誰もいなくなった空っぽの建物へと帰り着く。
肺いっぱいに暗闇を吸い込んで、なつめは壁伝いに階段を降りる。
このまま踏み外して落ちてしまえたら罰になるのだろうかと考えながら。
けれどあっけなく最後の一段は訪れる。
いつもの地下室。
粗末な木箱と赤い敷き布で作られた、祭壇の上。
「ファム・ファタール……」
フロイラインが消えた後、残されていた『花』は、なつめによって仕舞いなおされていた。
あの夜を迎える前と何も変わらないように、ガラス瓶の中に戻されて、甘く嫋やかに、微笑むように咲いていた。
アシェはなつめに『未来を残す』と約束した。それは嘘ではなかった。
アシェは魔法少女に『世界を滅ぼす』と言った。それは半分、嘘だった。
たとえ魔法少女の落下を加えたとしても、『花』が蓄えた熱量では精々この広い世界の半分すらも滅ぼすことができないだろう。
彼が望まなかったが故に。フラウを救うことだけが本望だと思い出したが故に。
彼女へと残す『外の世界』を失うわけにはいかなかった。
フラウを『花』から切り離し、人として生き長らえさせるためにその熱量の大部分は使われるはずだった。
魔法少女の前に絶対悪の絶望として立ち塞がり、落下の熱量を得るために、アシェはフラウすらも欺いた。
彼は本当に何も知らなかったのだ。
魔法少女とその妹と、息子との関係も何も。
ただの偶然と運命のいたずらが一同をここに引き合わせた。
今更己の無知を悔いても遅い。
無意味なのだ。
フラウは救われることはなかった。
ぼたんはその死をもって落下し、『花』にその熱量を喰われた。
何ひとつ願いは叶わなかった。
何ひとつ失いたくないと望んで、全てを壊してしまった。
残されたのは、呪いだけ。
滅びに向かう熱量を手に入れてしまった『花』だけだ。
『花』を抑える手もまた残されていた。今すぐに事が始まるということはない。
だが、一年、二年……三年は持つまい。
なつめは唇を噛む。
なつめにアシェは憎めない。
ただ、彼の所業を半端に知りながら肯定した過去の自分が恨めしい。
たとえ世界が滅びないとしても、望んだ未来はもうどこにもない。
滅びないとしても、幾つもの悲劇惨劇が生み出されることは決まっている。
それがどれだけ小さくとも、彼女の未来を踏みにじる可能性としては十分だった。
許容したほんの少しの犠牲が、決して許容してはならないものだったのだと身をもって思い知った。
止めるにはどうしたらいいのか。
その答えを探す。
アシェの残した膨大な記録を読み解き、考える。
「……誰も彼もが幸せになれる結末を」
口から漏れたのは、魔法少女の言葉。
もう二度と叶わぬ夢物語。けれど、それを笑うことはできない。
アシェもつばきもフラウも世界も全部、取りこぼさないために。
すべきことは何か。
なつめの視線がひとつの方向へと向かう。
「ファム・ファタール……」
フロイラインが消えた後、残されていた『花』は、なつめによって仕舞いなおされていた。
あの夜を迎える前と何も変わらないように、ガラス瓶の中に戻されて、甘く嫋やかに、微笑むように咲いていた。
『花』は囁かなかった。
呪われた愛を振りまき、愛を呪う
何故なら、少年はもう。
ひとつきりしかない愛を
「わかっているんだ。間違っているんだって」
だが、それでも。
「終わらせるわけにはいかない。それすらももう、ぼくには許されていない」
後戻りは出来ない。
とうに全てを壊してしまった。
何を為そうとも、手遅れなのはもう変わらないのだ。
変わらないからこそ、止まるわけにはいかない。
『花』によりもたらされる悲劇を止める。
アシェの願いを継ぎ、フラウを救う。
そのためには仇である『花』が必要だ。
なつめは手を伸ばす。
そうしてなつめは、アシェの後を継ぐことを選んだ。
二年は彼がアシェの代わりとして『花』に適合するために費やされた。
その二年を。つばきは目を背け耳を閉ざし、何も知らずに費やした。
うっすらとまとわりつく予感すらもを振り払い、空っぽの日々に溺れた。
けれど終わりは呆気なく、つばきがフラウに出会い、魔法少女としてのフラウとの同調を皮切りに、つばきは何もかもを余すことなく思い出し──
──そしてつばきはぼたんの後を、継いだ。
*
そして、
【──ああ 紛れもない】
フラウは嘆息する。
【これは罪だ】
あの日置き去りにした二年前の感情が、衝動が、戻ってくる。
驚きはなかった。
本来知っていたはずの真実だ。
ただすとんと。あるべき場所に収まって、ただそれだけ。
涙は一滴も溢れない。
『悲しまないで』と。
あの悲しみ、苦しみすらももう帰ってこない。
すべて、知っていた。
すべてが終わっていた。
すべてが手遅れだった。
すべて、すべて──水泡に帰してしまった。
愛した人は灰になって消えてしまった。
唯一の友はその命を枯らしてしまった。
すべての願いは、潰えた。
【──だから何だッ】
フラウは吠える。
【すべて手遅れだというのなら だからこそ!】
輝かしき友のように。
【今度こそ この手で終わらせなくちゃいけない!】
愛しき伴侶のように。
【為すべきことは変わらない!】
嘆くものか。
それは許されない。
悲哀など、
この罪は、フラウひとりが背負うべきものだ。
「──やっぱり。あなたは、そう言うんですね。……わかりきっていることだった」
なつめが顔を上げる。歩を進める。
線路伝いに、夢遊病者のような足取りで。
大きな繭の徒花。繭は弾け、中より七つの核を納めた花を現したそれはブーケを模しているように、先までは見えていた。
けれど今ならフラウにもわかる。
あれは、七つの首を持つ竜だった。
「変われないんだ。アシェも、あなたも──ぼくも」
徒花の前で立ち止まる。
【何を する気だ──】
なつめが徒花に、手を触れた。
頭部、赤い核が光り輝き──徒花がその身体を赤く染め上げた。
進む結晶化。七つの首はひとつに束ねられ、形を変える。
その姿は二年前、アシェが作り上げた徒花の竜──フロイラインに酷似していた。
「為すべきことは変わらないと、あなたは言った。ぼくも同じ考えだ。──でも、ぼくはアシェと同じやり方はしない。できない。ぼくはぼくのやり方で、為すべきことをするまで」
くすみきったグレーの上着、前はいつの間にか開かれて裾は風に揺れる。
その中に着たシャツの上、なつめの胸元。
そこには『花』が咲いていた。
「あなたに『花』は殺させない。『花』にこの世界を壊させない。『花』はぼくが、連れて逝く」
冷淡な声で。感情の抜け落ちた表情で。静かに彼は宣言する。
「なつめ……」
か細くつばきが、名を呟く。
摂理を超えた再生に、強引な記憶の同期。
つばきが立っているのはすでにそれ自体が異常だった。
なつめは彼女を止めるために、彼女を傷つけることを厭わなかった。
つばきがもう、それほどまでに人を踏み外しているとなつめは気付いてしまっていたから。
そうしてつばき自身に、そしてフラウに気付かせる必要があった。
彼女はもう、言葉では止まらないと知ってしまったから。
彼女は変わってしまった。
屈託なく笑う彼女はもう帰ってこない。
自分のせいで。
「つばき、きみはこちら側に来てはいけない。今ならまだ戻れる。都合のいいこととはわかっている。どうか、ぼくのことは恨んでくれ。そしていつか、忘れてほしい」
そして赤い竜は大きくその
なつめが選んだのはアシェとは決して相入れない手段だ。
彼は、フラウを『人間』にすることを放棄した。
その犠牲を選ぶことができなかったのは理由のひとつに過ぎない。
だが、それを為したとしてフラウが人として生きていく未来を想像する事ができなかった。
フラウの望みは、自死なのだから。
人になってしまえば、それはあまりにも容易だった。
フラウが『花』の端末であるという呪縛から逃がすことはできない。
ただ、『花』を、フラウの追えない遙か遠くまで連れ去り、そしてフラウの代わりに『花』に死を導くこと。
アシェの願いを再解釈した結果としてのフラウの解放、フラウの願いである『花』への報復、その両方をなつめは為そうとしている。
なつめはもう知っている。
喪うということ。壊れたものはもう二度と直せないということ。死者は帰ることはなく、罪は消えないということを。
なつめには、
大切なものだけ守れればいいなんてことが、どれだけ難しいかを知ってしまった。
何が大切なのかすらもわかってはいないのに、この先何が大切になるのかもわからないのに。選べるつもりで知ったつもりで、壊してしまった。
これ以上つばきを取り巻く一切を傷つけるわけにはいかない。
脅かすならば、つばきと一切の縁を持たない世界を。
それが誰かの、多くの、大切な何かを傷つけることになっても。
魔法少女の甘い理想は悪い竜の前に朽ち果てた。
悪い竜はいつだって、無垢な少女を奪うもの。
だが悪竜の前にはいつだって、それを討つ英雄が現れる。
語られ続けたそんな物語が、今も続く世界が。
どこかにあるはずなのだから。
『花』と同化し『花』を討てる世界を探しに行く。
それがなつめの、選んだ答えだった。
◇
【──なんで なんでそんなことするんだ もう終わってるのに 誰もしあわせにはなれないのに ボクが死ねばすべてが丸く収まるのに】
飛び立つ竜を見つめ、フラウは拳を握り締める。
実体化するには必要なエネルギーが足りていない。
フラウの霊体に戦闘力などと呼べるものはない。
だが、あの竜は『花』だ。なつめを飲み込もうともそれは変わらない。
【追わなくちゃ】
まだ支配権を奪うことは不可能ではない。
『花』との結びつきにおいて、その娘たるフラウに勝てるものなど存在しない。
フラウが『花』とひとつになり、
なつめを『花』から引き剝がす。
既に『花』と癒着し蝕まれている彼を救う術はない。
ああなってしまえばもう、切り離したとしてもなつめの生存は絶望的だ。
──それが躊躇の理由にはならない。
アシェを失った。
ぼたんを失った。
その死を弔うことも悼むこともできない人でなしのフラウが、今更、たったひとりを手にかけることを躊躇っていいはずがない。
変われない。変わらない。
はじめからフラウは、何かを救う気などなかったのだから。
それは、そんなことは、自分に成し得ることでもなく望めることでもない。
喉の奥で渦巻く悲鳴を握りつぶす。
せめてあの少年が安らかに眠れることを、祈るだけ。
「──本当に。なんで“こう”なんだろうね。わたしたち」
カン、と鋭く、踵が線路を鳴らした。
【ツバキ──?】
彼女はいつのまにか作り出していた身の丈よりも大きな槍をその手に、静かにフラウの前へと立ち塞がる。
透き通る声が静寂を割る。
「願いがあるんだ」
夢は語らず、希望は掲げず、彼女はそう口にする。
アシェの願いはフラウの幸福。
それは何を犠牲にしても為すべきことだった。
願いは潰えた。結末を前にして、アシェは死んだ。
フラウの願いはファム・ファタールの死。
手遅れだらけの中、すべてを終わらせるという意思だけが今はその願いを支えている。
葉風ぼたんの願いは完璧な結末。
フラウが切り捨て、それでもひとりの少女として心のどこかで願っていた甘い夢を肯定した。
すべてを拾い上げようとしたことは決して間違いではなくて、けれどその手はあまりにも小さすぎ、輝く願いは届かぬ祈りになって墜落した。
嗄木なつめの願いは──願いは、ない。
抱くのは遺された者の、終わらせてしまった者としての責務。
アシェの後を継ぎ、フラウの自死を止め、代わりに「花」を殺すという彼女の望みを果たし、そしてつばきが生きるこの世界が在り続けること。
ならば。
──葉風つばきは、何を願うというのだろう。
「誰も彼もが幸せになれる結末を」
高らかに。
叶わぬ願いを口にする。
【それはもう 不可能だ】
つばきは肯定する。
贖罪と断罪は、葉風ぼたんの結末を幸福なものにすり替えることは、できない。
二年前にすべては終わってしまっているから。
過去は変えられない。
死者は救えやしないのだと、わかっているのだ。
「でも。死者の願いを、継ぐことはできる」
何かを変えられるのは、未だ死んでいないものだけ。
ならば答えなど決まっている。
つばきはその手を胸に当てる。
誰に救われ無様に生きているのか。
この心臓は誰が為に、動いているのか。
思い出してしまったその時から、決まっていた。
「わたしの願いは、ぼたんの願い」
──だからもう、誰も死なせはしない。
赤い瞳を見開いて。赤い唇を震わせて。
夢も希望もとうに潰えたその先で、もはや魔法少女ですらない少女は
甘い毒を、吐ききった。
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