深縹話譚  

月森さくや

第1話流星の子供達へ

 私の話を聞いてください。

 私の生涯唯一の恋の話を。

 私は明日、殺されます。『老朽化』という名のもとに。

 私は、もう一度あなたに逢いたい。

 あなたのことを見ていました。

 あなたはたくさんの流星の子供たちの中でも、一番輝いて私の目を奪っていきました。

 私はあなたを愛しています。

 私は、できることならずっと私の中のあの場所にあなたが過ごしてくれたらいいと思いました。あの場所とは、人々から忘れ去られた所。あなたが見つけてくれ、あなたの光をしばしば見かけたところです。



「えーこっちからはいれないのー! もう」

 遠くグランドから聞こえてくる流星の子供たちの声に耳を澄ましていると、賑やかな足音が私の中で起こりびっくりしました。

 久しく使われていない三階の図書室へ向かう階段に突然現れ、ガッチリと板と釘で固定された扉を軽くつま先で蹴っ飛ばすと大きく深呼吸をして息を整えると、長い黒髪を高く一つにまとめた襟足や額を伝う汗を学校指定の黒い革製の鞄を背から下ろすとタオルを取り出し拭いた。

 その時、あなたの細い襟足を伝う汗に濡れ、しっとりと肌に張り付いた後れ毛に胸が高鳴りました。

 少しの間扉の前で休むと、二階に降りて反対側の階段へと今度はゆっくり歩いて行きました。

「あら、里見さん今日はいつもより遅かったのね。どうしたんだろうって話してた所だったのよ」

「お母さんがお昼ご飯作るの遅いんだもん。今日当番日だから早めに作ってねって一週間も前から言ってたのに、何してたのかと思って聞いたら下で近所のおばさんとお喋りしてたんだって信じられないよ」

「ふふふ里見さとみさんだって授業始まる直前までお喋りしてることあるでしょう。お母さんもそれと同じよ」

「そうかなぁ? そうだ山岡先生どうしてこっちの木の扉使わないの? 近道しようと思ったら入れないんだもん。かえって遠回りしちゃった」

「さっきドア蹴ったの里だったの」

「ありゃ聞こえた? 軽くしか蹴ってないんだけどなぁ」

「夏休み中で人が少ないから結構大きな音したわよ今度から蹴らないようにね。そのドアもう古くってね、危ないから固定されたのよ」

「階段に面しててこっち使う方が楽なのにね~」

「ねぇ~きりちゃんもそう思うでしょ。私あっちのアルミのドアよりこっちの木の扉の方が好きだなぁ図書室ってイメージとぴったりマッチしてて前からこっちの扉使って図書室出入りしてみたかったのに、がっかりだよ」

 階段に面した木の扉は十三年前に封鎖され、反対側の教室のある方の扉だけアルミサッシのドアに取り替えられたのです。

『木の扉の方が好きだなぁ』

 今まで私の中を駆けて行った流星の子供達の中で、そんなことを言ってくれたのは初めてでした。今年の春に建てられた新校舎と呼ばれる校舎を私の中の流星の子供達は羨みました。

『トイレが綺麗』

『窓やドアの開け閉めが楽』

 当時私は四十一歳。所々ガタがきていると言われていました。

 事実、白くピカピカだった窓枠はすっかり赤茶けてしまっていたし、各教室の木の扉は大きな穴が開いたり、サッシ部分はかすかに歪みスムーズに開閉できなくて外れたりすることも間々ありましたので仕方なかったのかもしれません。


 私が『南校舎』と名付けられたのは今から五十六年前の寒い日だった。

 その時の私はまだ浅野山中学校や校舎という意味を知りませんでした。薄紅色の花が満開になった頃、今まで私の中にいた人間達と違う小さな人間がたくさん来ました。

 彼らは中学生と呼ばれ私を作った人間よりも小さかったけれど、とてもキラキラ光っていた。そして私の中で教師と呼ばれる人間から様々なことを学んでいきました。私もそれを聞き、人間とは学校とはどういうものか学びました。

 『流星』生物の授業で私はその言葉を覚えました。突然現れ、速い速度で夜空を駆け抜ける星。光を放ち駆け抜けていく子供達にぴったりだと思い私は『流星の子供達』とあなたたちを呼びました。

 その流星の子供達の中で一人を気にかけることは四十一年間一度もありませんでした。様々な光で駆けて行く子供達は誰一人として同じ色は無かったが、彼女にだけは何故か強く心惹かれました。


 図書室のカウンターに同じ図書委員の子と並んで座り、人の訪れの少ない夏休みの図書室で本を読んだり、ノートに絵を描いたりしてお喋りを楽しんでいましたね。

「だいたい新校舎って好きじゃ無いんだよね。何もかも新しくって機械的で、こっちの南校舎みたいなのにず~~っと憧れてたのに」

「里、浅野山小出身だっけ。牛田小と違ってまだ新しいもんね」

「そうなんだよねぇ去年文化祭でお母さんとお姉ちゃんのクラスとクラブの出し物見に来たときから私、この校舎の古びた感じにすっごく憧れたんだ。それなのに・・・・・・入ってみたらまた新しい校舎だよ、イヤになっちゃう」

「古い校舎がそんなに良いかなぁ。古くなった木の扉なんて開けにくいよ。私、中学に上がって新品の校舎だったらすごく嬉しかったけどなぁ」

「イメージが違うのよ」

「里って時々妙な事にこだわるよね」


 その日の夕方、図書室で友人と別れたあなたは再び閉ざされた扉側の階段を上がり四階にある音楽室の扉の前に来ましたね。

 なんだろう?

 そう思って見ていると、同じく封じられた扉の前であたりを見回すと何か宝物でも発見したかの用に笑って帰って行きました。

 数日後、再び音楽室の扉の前に現れたあなたは箒と雑巾を持っていました。

 何をするのだろう。

 そう思っていると、扉の前の踊り場を丹念に掃除始めたときは驚きました。

 扉が封鎖されて十三年。ここに訪れるどころか掃除をしてくれる流星の子供達はこの数年数えるほどになっていたのです。当番の子達は教師の確認する三階までしか毎日掃除をしてくれなくなっていたのです。

 あなたは汗と埃にまみれ数年ぶりに忘れ去られた私の一部をピカピカにしてくれました。どうしてかな? という疑問は長い休みを終え私の中に流星の子供達が帰ってきたときに解りました。

 放課後、あなたは年上の流星の子供達に見つからぬように一気に四階まで駆け上がって来ましたね。

「やったね! やっぱり誰もいない」

 嬉しそうにそう言うとその場に座り持っていた鞄から本とノートを取り出すと嬉々として本を読み始めましたね。

 何故だ? 何故図書室を使わないんだ?

 私はずっとあなたを見つめるようになりました。二、三日おきに図書室に通い本を借りる。水曜日と金曜日の放課後には美術部員として美術室で部員仲間とお喋りに興じながら絵を描く。時折雑巾を持ってきては踊り場をピカピカにし、そこで本を読んだり絵を描いたりしていました。

 ここに来るのに決まった日はありませんでしたね。一週間来ない日もあれば数日続けて来る。図書室や美術室には他の子供達と来ていましたが、ここには絶対に一人でしか来ませんでしたね。

 不思議でした。

 そこで私はあなたの居る新校舎にあなたの事を尋ねました。おや? 私たちが話し合う事が不思議ですか。私たちにも命があり心があります。あなた達のように話すことも出来るんですよ。

 あなた達には聞こえない声ですがね。

「新しいの、おまえの中にいる髪の長い女の子の事を知っているか?」

「おっちゃん長い髪の子っていっても沢山居るよ」

「絵を描く。髪は背中の真ん中あたりまでの長さだ」

「う~ん悪いけど解んないや。僕中にいる奴ら嫌いだもん。いつもすぐにどこか壊すんだもん。こないだなんか部屋の中に消化器をまき散らしたんだから! 三カ所もだよ!」

「あら、それならまだマシだよ。私なんかあいつらに二回も火を出されたよ。あれは熱かったねぇ死んじまうと思ったよ」

 北校舎が話に割り込んで来ました。

 北校舎は私より十年若い校舎です。一度目は石油ストーブから二度目は他の流星の子供達からはぐれた子のタバコが原因でその身を焼かれてからすっかり子供達を嫌うようになってしまいました。

 この二人から話を聞くのは無理だと思っていたら体育館が声をかけてきました。

「オッサンの聞きたい子、俺知ってるぜ」

「本当か!」

「あぁ結構おっちょこちょいな子だろ。先日もバレーのポールに頭ぶつけて流血して保健室に運ばれた」

「そうだ! その子だよ」

 部活中にもカッターや彫刻刀で指をよく切って周りのみんなを騒がせていましたね。額から血を流して保健室に運び込まれて来たときには驚きました。

「普通の子だな。俺の影でタバコを吸う奴らとは違うね」

「それは知っている。私が知りたいのはおまえの中でその子はどんな様子なんだい」

「そうだなぁ。運動神経は悪く無いが、とにかく怪我が多い。特別目立つ子じゃ無い。ただ」

「ただ何だ?」

「外見に似合わず気が強い。前にあった球技大会であの子のサーブが連続して決まるのが気に入らなかった子がいちゃもんをつけると他の子が止めるのも聞かず真っ向から正論で論破して受けて立っていたぜ。一見大人しそうな子だから反撃されるとは思ってなかったんだろうなぁ相手の子だけじゃ無く教師や味方の子達までびっくりしていたのはちょっとした見物だった」

 その時の事を思い出したのか、体育館が屋根を震わせ笑いました。

「後は少々変わってるな。俺の横にある山の斜面に咲いてる花を取るためにフェンスをよじ登ってた。スカートのままでだ。女の子らしいのかどうか理解できん」

 花か・・・・・・そういえばピンク色の花を大事に持って絵を描いていたな。

 あなたの絵は優しかった。淡い色の優しい絵。あなたより上手い絵を描く子は大勢居たけれど、私は優しいあなたの絵が好きだった。

「里ちゃんアクリルガッシュ嫌いだよね」

「嫌いって訳じゃ無いけど・・・・・・そういう瀬良せらだってガッシュあんまり使わないじゃない。大体ねぇ美術の授業って変だよ。好きな本の表紙を自分で自由にデザインして描きなさいって言ったくせに他の子と違う画材使っちゃあだめ何ておかしいよ! 変だよ!」

「まぁそれは言えてるね」

「私、水性色鉛筆とパステルで色づけしようと思って下絵描いたのに・・・・・・住田先生ガッシュで色付けろって言うんだよ。他の子と同じ物で描きなさいって。なにが美術教師よ! 個性無視してさ、だったら最初に情緒教育だの個性を伸ばすための授業を目指してるだの言わなきゃよいのに。教師って奴らは嘘つきなんだから」

 自分を曲げることの無いあなた。毎日様々な表情を見せてくれる。

 あなたを知って良かった。

 あなたのような人が居ると言うことが解って良かった。

 ともすれば見失いがちな毎日の、至る所にある明日への扉を開ける楽しみを私に思い出させてくれました。

 

 でも、人の月日は早いものでした。大きかった制服があなたの体にぴったりになった頃、あなたは私の中の教室に移って来ました。

 気が強い。体育館の言っていた意味を知ったのはそのすぐ後でした。


 時折、流星の子供達の中で酷く残酷な子とをする子達がいました。一人の子に対して集団で意地悪をするのです。私はそれがとても嫌いでした。

「しかし花乃かのをイジメのターゲットにする馬鹿がいるとはねぇ」

「里ちゃん見た目だけは優等生タイプの大人しそうな子だもんね。ダチしてる私らから見て適切に里ちゃんを表す言葉があるとすればウサギの皮を被った肉食獣だってのに。あやみたいに見た目から怖いと絶対に対象とされないんだろうけど」

「瀬良、誰が肉食獣だ。まったく好き勝手なこと言ってくれるよね。大体ねぇこれでも二ヶ月我慢してあげたんだよ、無視してたらそのうち止めると思って」

「それがどうして今日キレたの?」

「アハハ、そうだなぁ礼と喋ってんの邪魔されたのも原因の一つだけど、いい加減鬱陶しかったしそろそろ潮時かなぁって思ってた頃だったしねぇ。玉ちゃん達が気づいててね、管達のグループに止めるように言うって言ってきたんだわ」

「やってもらえば良かったじゃない。玉原さん里の小学校からの友達でしょう」

「いや、玉ちゃんグループのメンツはみんなクラスの中心人物たちっしょ。それに睨まれたら少々この後可哀想かなぁって思って」

「で、その結果が闘争本能全開で机蹴り倒して罵倒しまくって泣かせたと。あんたの本性知らなかった連中みんな驚いたんじゃないの」

「里ちゃん本気で怒るとすっごく口悪くなるもんねぇ。知らない人はびっくりするよ普通に。一年の時の球技大会の後に千代山さんに里見さんって見た目と中身にギャップありすぎっしょって言われたことあるよ私」

「・・・・・・桐ちゃん人をヤクザみたいに言わないでよ。自分でもちょとやり過ぎたかなぁって今反省してるんだから。それでなくてもあの後、玉ちゃんやその千代山さんに爆笑されたんだから」


 あなたに意地悪をしていた子達のグループの一人があなたと自分が好きな男の子が仲が良いことを羨んでイジメを始めたことをあなたは同じクラスの友人から知らされていたから黙っていましたね。そんな風に自分に意地悪をした子にも気を遣う優しいあなたをもっと好きになりました。

 あなたに対するイジメが始まった時、一人で大丈夫だろうか。イジメを受け学校に来なくなってしまった他の子達のようにならないだろうか。

 そんな私の心配はあなたの親友が二時間目の授業が終わった休憩時間にあなたに借りた教科書を返しに来たときに解消されました。

 親友と和やかに本の話題で盛り上がっているあなた達をチラチラ見ながらクスクス笑う彼女達に冷たい視線を向け黙ると、突然すさまじい勢いで机が前方に飛ばされた時は私もですが、クラスのみんなも驚き一瞬にして賑わっていた教室が静かになりましたね。

「ったく。こそこそこそこそ人の話盗み聞きしやがって泥棒根性激しい馬鹿の集団だな! 人が大人しく黙ってやりゃぁ調子乗りやがって管香織かんかおりぃ一対一じゃ自分の言いたいことも言えないのかよ。おまえらみたいに徒党組んでなきゃ人を攻撃出来ない人間の屑にこんなことされてこれ以上我慢してやるど私はお人好しじゃないだよ! 言いたいことがあるならさっさと言いやがれ聞いてやるからよぉ」

「なっ、何を根拠にそんなこと私たちが言われないといけないのよ!」

「身に覚えが無いとかふざけたこと言わせねぇからな。それから外野が口出すんじゃねぇよ! 菅香織こそこそ人の影に隠れてんじゃねぇ、話聞いてやるって言ってんだから早く言え。それともぼっちじゃぁ何も出来ないって言うのか? そんな馬鹿が私にけんか売るなんて百万年早いんだよ!!」

 普段のあなたからは信じられないような言葉が次々と飛び出しました。クラス中の目が驚きに染まって増したよ。

「ったく泣くぐらいなら最初からけんか売るんじゃねぇよ。今度こんなふざけた真似しやがったらこっちもそれなりの報復してやるからな、忘れんなよ」

 理不尽なこと気に入らないことに対し決して屈服しないあなた。他の流星の子供達もあなたの啖呵に驚きながらも笑みを浮かべていましたよ。


 その後、彼女達はあなたをイジメることをすぐに止めてしまいましたね。

 そしていつも通り図書委員の仕事をこなし、絵を描き、踊り場で一人の時間を過ごす。そんなあなたにの異変を感じたのは翌年。桜が散り、新緑の季節になった頃の事でした。

 今まで登校時間のバラバラだったあなたが必ず八時十五分に昇降口に到着するように登校するようになりました。

 その理由を私は間もなく知りました。

 同じクラスの流星の子。

 あなたは彼のクラブの朝練が終わる時間に合わせ昇降口で会い挨拶を交わしながら教室まで一緒に行く。今までに見たことがない綺麗な嬉しそうな顔をして。

 好きな本を読んでいる時よりも、絵を描いている時よりも嬉しそうな顔で笑う。何倍も綺麗になったあなたの顔に少し胸が痛みました。


「あなたが好き。まっすぐな瞳も優しい笑顔も高い背も声も・・・・・・なーんて面と向かって言えないんだよね」

 スケッチブックに挟まれた彼の写真。風景画の多かったそれには、真剣な眼差しでラケットを構えボールを追う彼の絵でいっぱいになっていきましたね。

 でもそんな風に笑うあなたは夏休み前に居なくなりました。

「里見のこと好きなんだ。よかったら付き合って欲しい」

 そう告げてきたのは彼の親友。昨年、あなたがイジメられる原因になっていた彼。学校でも人気のある彼の告白はその日のうちに瞬く間に学年中に広がってしまいました。

 あなたの心を知らないクラスメイト達ははやし立てて、あなたは下を向いたまま顔を上げようとしなかった。

 止めてあげて、彼女にはちゃんと好きな人が居るんだ。そっとしておいてあげてくれ。

 届かない声を一生懸命私は上げました。

「花乃、大丈夫か?」

「うん平気だよ。それにしても礼のクラスまで話し行ってるんだ。受験生なのにみんな暇なんだね」

 隣のクラスに居るあなたの親友。彼女にだけあなたは人気の無くなった教室で彼の事を頬を染め嬉しそうに話していましたね。

 彼女に心配かけたくなかったのですね、いつもと違う作った笑顔。

「私にそんな作った笑いで誤魔化すようなことするなっていつも言ってる。花乃はなんか困った事があると何時も一人で抱え込むのが悪い癖だ」

「本当に大丈夫だって。礼が心配性過ぎるんだよ」

 そう言ってまた作り笑い。

 そんな風に頑張るあなたに涙を流させたのは、あなたが一人で一生懸命に告白の練習をしていた彼だった。

「こんな騒ぎになったの髙山のせいじゃぁ無いんだよ。あいつ他のやつに聞かれてるなんて思って無かったんだ」

「・・・・・・うん」

「あのさ、あいつすげぇ良い奴だから。本当だぜ親友の俺が保証するよ」

「・・・・・・うん知ってる。ありがとうね心配してくれて」

 授業開始を告げるチャイムの中、交わされた会話。

 隣の席になって話をしているうちに恋をして、修学旅行で撮った写真を大事に持っていたあなた。親友を気遣う彼に笑顔で返事を返した。

 あなたの笑顔を沢山見てきました。でもあれほど悲しい笑顔を見たのは最初で最後でした。




「あいつ良い奴だよ、だって」

 放課後、スケッチブックを抱きしめて声を殺して泣くあなた。

「告白する前に失恋しちゃった。バッカみたい・・・・・・」

 彼に告白するときに一緒に渡すはずだったスケッチブック。それに顔を埋めて下校放送が流れる夕暮れまで、ずっと一人踊り場で膝を抱えて泣いていましたね。


 翌日、今は誰とも付き合う気が無いことと、自分のことを好きだと言ってくれたのは嬉しかった事を人目を避けて告白してきた彼に告げたあなたは親友に笑いながら失恋してしまったことを報告していましたね。

 決して涙は見せずに。

 優しいあなたが好きでした。

 でも、その優しさであなた自身が傷つくことが起こるなんて思ってもいませんでした。



「花乃と瀬良は明星女学院希望かぁ」

「うん、あそこ美術コースあるからね。こないだ瀬良と二人で学校見物行ってきたんだけど美術の授業のやり方がすっごく気に入ったんだ。礼と桐ちゃんは?」

「私は北栄。礼もだよね」

「うぉぉ超進学校じゃん。そういえば桐ちゃん東京で公務員になるのが夢だもんね」

「礼はバスケが強いからでしょ」

「おぅ、でも合格ラインすれすれだから今塾の先生から特訓されてるんだけど脳みそパンクしそうだよ。花乃や瀬良は大丈夫なのかって聞くだけ無駄か、あんたら成績良いもんな」

「普通レベルだよ」

「右に同じく。それに明星って北栄ほど進学校じゃ無いしね。合格ラインは維持してるから大丈夫だろうって倉っちも言ってくれたし。それにしても、文化祭終わったら本格的に受験勉強か。なんか中学生活もあっという間だったような気がするね」

「そうだね」

 風が冷たくなり木々が赤く色づき始めると、あなた達の会話は次の学校の話題と勉強が中心となってしまいました。

 それに伴い、あなたが踊り場に来る回数も徐々に少なくなっていきました。



 粉雪の舞い散る寒い日、あなたは私の中から旅立つ日を迎えました。寂しさが胸を締め付けました。

 卒業式を終え、クラスでの別れの会の時にあなたは彼を人気の無い渡り廊下に呼び出すとスケッチブックと自分が好きだったのは彼だったことを告げましたね。

 びっくりした顔の彼に、

「私が勝手に好きになったんだ。森井君が私のこと恋愛感情でみてないのは髙山君に告白された時に解ったんだけど・・・・・・でも伝えておきたかったんだ。高校に行ったら別々になるから、もう会うこと無くなるから」

 そう言って笑いましたね。その笑顔は今までに見てきた笑顔の中で一番輝いて居ました。


 あぁ・・・・・・。あなたはもう私の中を駆け抜けて行ってしまうのか。


 私の前の庭で後輩達や友人達と写真を撮るあなた。そんなあなたの姿を見たくなくて目を背けていると、いつの間にかあなたは私の中に居ました。

 踊り場に後輩から貰ったあなたの好きなピンク色のスイートピーの花束を持って。

「ありがとうね。三年間ずっと私一人の場所であってくれて。私一人の勝手な重いだけど、一人になってゆっくり出来る場所が欲しかったの。家だとお姉ちゃんと一緒なんだもん。でも、今日が最後だね。私の宝物だったんだよこの場所。これ、次に此所を見つけた子と、此所を私に三年間くれた南校舎くんへ私からの贈り物」

 笑いながら貰った花束から数本の花を踊り場に置いてあなたは去って行った。

 その時、その言葉を聞いた瞬間、私の胸が燃えました。

 激しく。

 狂おしいほどに。


 私の事を好きだと言ってくれたあなた。

 私はもう一度あなたに会えますか?

 私は今、あまりにも孤独です。半年前、私の上から窓とともに落ちて動かなくなり光が消えてしまった流星の子。

 その後、私の中から流星の子供達は一人も居なくなりました。

 あなたの好きだった本も机も椅子も、すべて無くなってしまった。

 私の周りには白いビニールのシートで覆われ外の景色は何一つ見えません。


 私の今、あなたのあの時。私の明日とあなたの未来。

 私たちの間はあまりにも遠く変化を続けて行く。何もしなくとも時が過ぎていくそれだけで。

 あぁ夜が明ける。私を殺すために人々が集まって来ました。

 次に生まれて来るモノへ私からの願いです。

 人を、流星の子供達を好きになりなさい。心の底から愛しなさい。

 そうすればきっと幸せになれます。私がそうであったように。


 さようなら流星の子供達。

 愛していましたよ。

 あなた達のためになら殺されても良いと信じさせてください。

 あなた達はそういうモノであってください。




蒼海あおみねぇ、何やってんの?」

 取り壊し終わった校舎の跡地に小さなピンク色の花束を置いている従姉妹を見つけ声を掛けた。 人目を惹く強烈な個性を持った人間でありながら人からその存在感を消すことに長けた二つ年上の従姉妹に自分が気づけたのは無意識にその姿を何時も探しているからだろう。

「献花」

「それって春先に死んだ奴の為?」

「いいや違う。私らを愛してくれたモノに感謝の気持ちと素敵な恋バナを聞かせてくれたお礼にだよ。本当はピンクのスイートピーが良かったけど時期じゃ無いから」

「・・・・・・ふ~ん」

「此所に次の校舎が建つ時にはもう私は卒業してるけど、前のモノと同じように人を愛してくれると良いね」

 俺には見聞き出来ない世界を知る蒼海ねぇの話を完全に理解することは出来ない。けれども俺もその横で両手を軽く合わせた。不可思議な行動を取るが蒼海ねぇのやることに意味の無いことは無いって事だけは知っているから。

「沢山の愛情をありがとう」

 山から吹き抜ける一陣の風が蒼海と翔吾の髪を揺らす。まるで壊された校舎が礼を言っているように翔吾が感じたのは気のせいでは無いと思う。

「じゃぁ俺行くわ」

「今日はまっすぐ家に帰りなよ」

「えっこれからダチと遊ぶ約束してんだけど」

「まっすぐに帰れ」

 有無を言うことを許さない強い視線と口調に今日の約束は駄目になったことをダチにLINEで知らせることにした。

「・・・・・・おぅ」

 






 ・・・・・・あなた達はそういう者であってください。


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