旭川千秋は撃ち落とせない~レトロゲームと古本屋~
みれにん
二〇一三年のミレニアムブックス 秋のシューティングまつり
【首領蜂】
終わりなき任務 1/2
【秋】
秋穂県秋穂市。
その名に秋とつくだけあって、農業の盛んなこの地方都市には秋が似合う。
実りの秋、収穫の秋。
【果実】
その中心駅から電車でわずか一駅の馬島駅。その目の前に静かに佇む一軒のさびれたアパートの一室にある古本屋。
こんなところにも、この秋実った果実がある。
まだ小さく、出来映えもよくわからぬ果実。
果たして、秋穂の短い秋の間に、成熟し、収穫することができるのか。
【ご来店】
……なんて、本人たちにとってはそんな大仰な感じでもなく、やっていることはいつもと変わらぬ日常です。
いらっしゃいませ。
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【呼び名が変わるとき】
「てんちょうー」
コードレスの掃除機片手に店の奥から女の子が出てくる。
白い無地のシャツにきれいなヒップラインのタイトなジーンズ、その上に黒いエプロンを合わせている。正しい本屋さんスタイル。
自慢のポニーテール――今日は根元に金色の蜂が輝いている――をふりふりしながら入口前のカウンターに近づく彼女は、
「なんだいー旭川くん」
カウンターに座り、買い取ったと思われる古いパソコン雑誌をぱらぱらとめくっているのは、
ちなみに大平のめくるその雑誌は『マイコンBASICマガジン』。パソコン雑誌ながら、パソコンのみならずアーケードやコンシューマーのゲーム情報が盛りだくさんで、大平が昔からよく読んでいたものなのだ。
雑誌から目を離さず答える大平に、旭川が簡潔に状況を伝える。
「今日の仕事全部終わりましたよ。暇になっちゃいました」
「あー『
「いやいや、早いってもう二一時ですよ……。てんちょうずっとそれ読んでたから、いつもよりもわたしの作業量多かったんですよー?」
旭川の刺すような視線が大平を射抜く。
「まじか、そんなに時間が経っていたとは……。すまん、旭川くん」
手を合わせて素直に謝る大平。
一方、旭川はたいして気にもしていない様子で、ふふっ、と笑って続ける。
「いいんですよてんちょう……いや、矢留さん」
「矢留さん呼びキター!? ということは……」
「そうです! 今から勝負です! 地獄を見せてやりますよー!!」
【フェチ】
勝負とは。
話の発端は二週間ほど前にさかのぼる。
一年以上、バイトと店長として一緒に過ごし、近頃いろいろあってお付き合いすることになった二人。
だがそのとき、照れからか旭川が「恋人らしいことをしてほしければ、シューティングでわたしに勝ってみなさい」的な発言をしてしまう。
シューティングは旭川の
なかなかのハードモードなこの勝負。旭川も言ってしまった手前、引っ込みがつかなくなっている。素直でマジメな娘なのだ。
ゲーム好きの集まるこの変わった古本屋らしいといえばらしいのだが。不器用なものである。
なお先週は、勝負と称し古本屋閉店後に二人でゲーセンに遊びに行った様子。見ようによってはゲーセンデートともとれるが、プリクラやプライズマシンでキャッキャウフフするわけでもなく、ストイックにシューティング。
最近では――特にゲーセン過疎地である秋穂市なんかでは――、なかなかゲーセンにシューティングは置かれていないものだが、『
(先週はあれはあれで楽しかったが散々な結果だったからな……。『
大平はカウンター内に座ったまま先週の惨敗を思い出しつつ、中古ゲームコーナーの棚からお目当てのタイトルを鼻歌交じりに探している旭川の後ろ姿をぼんやりながめる。
(旭川くんのお尻、いいよなあ。細すぎず健康的でいい形をしている。実は俺はお尻フェチだったのだ)
そんな情報はいらなかったよ大平氏。
「てんちょうー? 今なんか変なこと考えてませんでした?」
なにやら怪しげな視線を感じたのか、旭川がソフトを探しながら大平に問いかける。
「いやいや変なことなど滅相もない」
「ほんとですかー?」
(まったくもって変ではないからな! 普通だからな!)
まったくもって詭弁だった。
【首領】
「諸君、今回もよく集まってくれた……」
ソフトを持ってカウンター前に戻ってきた
「『
「ああもう! てんちょうー、この後のセリフもちゃんと続ける予定だったのにー」
即刻タイトルを言い当てられてしまい、ぷーっとふくれる旭川。首領の威厳などみじんもない。
ちなみに旭川が話そうとしていた内容は、PS版『首領蜂』のストーリーで描かれている、首領からプレイヤーである兵士たちへ語られるセリフだ。
ストーリーを要約すると、こうだ。
首領からの任務はいつも通り。異星人を騙り自軍を徹底的に襲撃すること。それにより、さらなる軍備の増強を図ろうというのだ。この任務はいつまで続くというのだろうか……。
「しかし『
「一応、勝負としてわたしもいろいろ考えているんですよ……。弾幕系じゃないほうがいいのかな、とか、先週みたいにあんまり新しいのばかりじゃないほうがいいのかな、とか」
「まあ確かに、これくらいの時代のタイトルなら多少はかじったことがあるからね。でもいいのかい?」
「なにがです?」
「レトロなほうから選ぶなんて、そんな俺に有利になりそうなことして」
「…………」
ちょっとうつむいて旭川がぼそぼそつぶやく。
「……ってほしい、から……」
「ん? 今なにか言った?」
「あっ、いえいえなんでもないです! なんでも!!」
慌てる旭川。その頬は心なしか赤らんでいる。
【たしなみ】
「やるからには徹底的にやりますからねー。わたしだってここでバイトを始めて以来、結構レトロなシューティングはやってるんですからね。このPS版『首領蜂』も、PS VitaのPSアーカイブスでプレイ済みですから」
「あれ、でもこのPS版って、普通の横画面のモードだとものすごくやりづらかったような気がするんだけど、大丈夫だったのかい?」
「そこはVitaですから。縦画面モードにしてキーコンフィグしてこう、本体を縦持ちにすればなんとでもなります」
いつの間にか私物のPS Vitaを持ち出し、構えてみせる旭川。
「なるほどね。ワンダースワンあたりからの携帯ゲーム機はそのへん柔軟でいいよね」
「ですです。縦持ちの操作のしやすさはワンダースワンが群を抜いている気はしますけどね」
「でまあ、Vitaはいいとして、今これで勝負するとなるとPSで、だよね。うち縦画面対応のディスプレイなんてないぞ」
旭川は待ってましたと言わんばかりに、大平の発言にニヤリとし、カウンターの足元に置いてある紙袋から金属のパーツを取り出す。
「ご心配にはおよびません。これを」
「おお! ディスプレイアームじゃないか!」
旭川の意図をくみ取ったのか、こちらもまたカウンターの足元からブツを取り出し、彼女に手渡す大平。
「ここに液晶ディスプレイがあるじゃろ?」
「これをこうして……こうじゃ」
旭川は手早くディスプレイのVESAマウントにアームを取り付け、ゲームコーナーの一四インチブラウン管の前に設置する。
机に固定されたアームが液晶ディスプレイの背面につながり、縦長の状態で宙に浮いているという寸法だ。
「手早いね旭川くん」
「ふふ。これくらい、シューターのたしなみですよ」
あとはPSをディスプレイに接続し、出撃準備完了。
「任務は言うまでもない。従来通り徹底的にやってもらいたい」
「いやいや、どう考えても徹底的にやってくるのは
懲りずに首領のマネを再開する旭川に、つっこまざるを得ない大平であった。
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