俺のものになりなさい

北館由麻

第1話 You are mine !

 これで一体何度目の合コンなんだろう?

 香夏子(かなこ)は愛想笑いを頬に貼りつかせて、つまみに手を伸ばした。アルコールはそれほど強くないので甘いカクテルには少ししか口をつけていない。飲み干してしまうと次のグラスを頼まなければいけないからだ。

 視線を自分の右側へ移すと湊(みなと)が合コン相手の中でも割と知的に見える男性と意気投合して興奮気味に語っている姿が見えた。

(っていうか、今日は男性っていうより……男の子?)

 香夏子は改めて自分の真向かいに座る男性を見て思う。何日か前に大学を卒業したと言った彼は確かに若い。

(だって、私と……九つも違うじゃない!?)

「へぇ、香夏子さんってそういう映画が好きなんだ。大人だなぁ」

「そんなことないよ」

 そっちがオコサマなんでしょ? と言いそうになるのをこらえながら、またへらへらと笑ってみせる。頬の筋肉が痛い。

 もう一度湊を見る。湊は高校時代からの親友だ。香夏子よりも大人っぽい格好が似合うオネエサマ系の知的美人で、香夏子よりもずっと社交的だ。この合コンも湊がセッティングしてくれたのだ。

 湊が香夏子の視線に気がついて小さく手を振る。

(ありゃもうかなり酔っ払ってるな……)

 ため息混じりに香夏子は手を振り返す。こういう機会を作ってくれるのは嬉しいが、もうちょっと相手を考えてほしいと思った。


 トイレに立ったところで湊につかまった。

「どう? 若い子は?」

「どうもこうも、若すぎるでしょ!」

 香夏子は湊を睨む。

「ちょっと香夏子は焦り過ぎよ。たまに若い子と遊んだっていいじゃない?」

(そんな暇はないのよ!!)

 そう叫びたいが人目もあるので唇を噛んで更に湊を睨めつけた。

 香夏子は三十一歳だ。周りの友達は三十歳を目前に駆け込むように結婚し、気がつけば独身の友達は数えるほどになってしまった。これで焦らないほうがおかしいと香夏子は思う。

「さっきアンタが話していた向かいに座ってる子、かわいい顔してるじゃない?」

 そんな香夏子を尻目に、湊は腕を組んで香夏子に軽く身をぶつけた。

「そうだけど……」

「ほら、聖夜(せいや)くんの高校時代にちょっと似てない?」

「ぜんっぜん似てないっ!」

 香夏子は思わず人目もはばからず大声で力いっぱい否定した。湊は苦笑する。

「相変わらず聖夜くんが好きなんじゃない。そのくせ彼氏募集なんてオカシイわよ」

「だって……」

 香夏子は口ごもった。その様子を見て湊は更に追い詰める。

「会いに行けばいいじゃない?」

「この前行ったばかりだもん」

「いいじゃない。客なんだから堂々と行けるじゃない?」

「だって聖夜は予約がいっぱいで、今電話しても予約取れるのは一ヶ月後なんだもの」

 湊はため息をついた。

「じゃあ普通に『飲みに行こう』でいいじゃない。アンタたちは幼馴染なんだから理由なんかいらないでしょ」

「……ダメだよ」

「何がダメなの?」

 突然背後から男性の声がして、香夏子と湊は驚いて振り返る。そこには先ほど香夏子の真正面に座っていた男性がニコニコして立っていた。

「お二人がなかなか戻ってこないから皆心配してたよ。そろそろ、ここ出ようかって話になってるけど、どうします?」

「あ、戻りまーす」

 湊がにこやかにそう答えて香夏子の背中を押した。


 トイレから戻ると既に精算が始まっていて、幹事の湊が支払いをし、全員が店の外へ出た。

 気がつくと何となく男女がペアになっている。香夏子は戸惑った。

「香夏子さん、この後どうします?」

 先ほど湊がかわいい顔だと言った男性が香夏子の耳元で囁いた。弾かれたように隣に立つその男性を見る。

「どうって……」

「もう一軒くらいどうですか? 飲み直しませんか?」

「二人で?」

「そうですよ。いいじゃないですか」

 香夏子は隣で穏やかに微笑むその男性をまじまじと見つめる。この笑顔の下には紛れもなく下心というヤツが隠されているのだろう。どうしようか、今夜はこの男の子にしか見えない人と過ごすべきか? それとも……

「良くないな。全然良くない!」

 突然低い声が二人の間に割り込み、香夏子の思考を中断させた。

 隣の男性が怪訝な顔で振り返った。香夏子は目を見開いたまま固まる。振り返らずともその声の主がわかった。

 忘れるはずもない。

「誰、アンタ?」

「お前こそ誰だ、若者。お前のようなオコサマはもう家に帰って寝る時間だぞ」

 香夏子は恐ろしいものを見るように首を後ろへ回す。首の動きはぎこちなく、ギコギコと音を立てているような気がした。

「秀司(しゅうじ)!」

 湊が香夏子の背後にいる人物に気がついて大声を出した。

「おお、湊。きれいになったな」

 秀司と呼ばれた男は湊の姿を認めると相好を崩した。香夏子はその秀司の顔を見上げる。隣のかわいい顔の男性が困惑した顔で香夏子を見た。

「お知り合い?」

「なんだ、合コンか? おい、湊。香夏子を合コンに参加させるのはやめろ。どうせロクな男にひっかからないんだから」

 秀司は男性の言葉を無視して湊に話しかける。かわいい顔の男性はムッとして今度は大きな声で秀司に話しかけた。

「アンタ、この人の知り合いなの?」

 すると秀司は男性を見下ろしてフッと笑った。中指で眼鏡をクイッと上げる。香夏子はその仕草に思わず見入ってしまった。

「知り合いも何も、香夏子は俺の女だ」

「……なっ!?」

(何を言うんじゃーーー!!)

 秀司は絶句した香夏子の頭の上に左手をのせて、右手で男性を香夏子から引き剥がした。

「じゃあな」

 そう秀司に言われたかわいい顔の男性は不機嫌な顔で去っていく。香夏子はその背中を呆然と見送った。

「よし、それじゃあ飲みに行くぞ。俺の帰国記念に」

 秀司は香夏子の肩を抱いた。有無を言わせぬ強い力は昔と何も変わっていなかった。

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