落とし穴 4

お手伝いさんが来る前に、食卓へお皿を戻す。

学校へ行く準備を整え、お手伝いさんが来たと同時に家を出る。


別にお手伝いさんの事が嫌いな訳じゃない。

ただ、いつも完璧を求められている僕は、お手伝いさんとの些細な会話でボロを出し、

それを両親に告げ口され、指摘されるのが怖かったんだ。



下校する時は運転手が迎えに来るけど、登校する時は徒歩。

まだ登校するには時間的に早いため、誰も歩いている生徒は居ない。

貸切状態の通学路。

そこを悠々と歩く。



学校へ付き、外靴から上履きに履き替えようと、手を伸ばす。

どろどろになった上履き。


・・・・またか・・・・。


上靴を取り、外靴をしまうと、何も履かず校舎の中を歩く。

来客用のスリッパでも借りよう。

上靴は、通り道にあるゴミ箱に捨てた。




教室のドアを開けて、一番最初に確認するのは自分の机と椅子があるか?どうか。


・・・・今日はあるみたいだ・・・・。


自分の机と椅子が、当たり前にそこにあるとは思っていない。

普通なら、無くなる事がありえないんだろうけど、僕はその普通の枠には居ないから。

「自分の机が無い」と嘆くより、ある方がラッキーくらいに考えてる。


現状が変わらないのなら、自分の考え方や捉え方を変えるしかない。




椅子に座る前に、机の中を確認する。


・・・・やっぱりな・・・・・。


中には、ゴミや虫の死骸が埋め込まれていた。

ゴミ箱を持ってくると、中のゴミを始末する。

全てのゴミを捨て終えると、一枚の紙が中から落ちてきた。



「もう学校に来るな」


たった、1行の手紙。

こんな手紙を貰った所で、「はい、じゃあ明日から行きません」とはならないよ。

何者かの幼稚な行動に、思わず苦笑いを浮かべる。


こんな事が起こり始めたのは、半年前の事。

その日、僕は体調を崩し、学校を休んでいた。


両親は仕事で出かけ、お手伝いさんは2人揃って買い物へ。

窓から外を眺めると、とても天気が良くて暖かい。



「・・・少しだけなら・・・・」



少し眠った事で、体調が良くなっていた僕は、ベッドから起き上がると部屋を出た。

階段を降り、1階に辿り着くと、廊下の更に奥、薄暗い通路へと歩いていく。


ロックのかかった扉の前に立つと、慣れた手付きで解除する。

扉を開くと、愉快な声が聞こえてきた。


・・・歌を歌っている・・・・?


言葉すらまともに喋れない兄が、何かの歌を歌っている。

歌いながら、お絵描きをしている。

グチャグチャで、何の絵を描いたのか?のかわからない。

何の歌を歌っているのだろうか?

何もわからないけど、その姿はとても楽しそうで、しばらくその姿に見入ってしまう。



・・・いけない!そんな時間は無かったんだった・・・。



「・・・兄さん・・・・」


声をかけると、兄はこちらを向いた。


「あーーーーー!うーーーー」


そういいながら、僕の手を掴む。



「違うよ。ご飯は持ってないんだ。そんな物より、もっと素敵な物を見せてあげる」


兄にとって、僕が来る=ご飯をくれる人 そんな認識なのだろう。

きっと僕が弟であるという事すらわかってはいない。


そして、今からする事も、きっと兄は覚えてはくれないだろう。

すぐに忘れてしまうに決まってる。


それでもいい。


1度でもいいから、兄に空を見せてあげたかったんだ。

窓の無いあの部屋では、空を見せることは出来ないから。

実際にその目で、死ぬ前に一度見せたかった。


綺麗な青空を。

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