第116話人とモンスター15



「ほら!どうだ!これで俺が本気って事がわかったか!あははっ!」


静かな室内に、俺の高らかな笑い声が響く。

額を軽く切ったとはいえ、額には血管が多い。

兄の頬に血が流れ落ちる。



「・・・・・・・」


無言。

言葉を発する事もなければ、斬られた部分を押える事もなく、ただこちらを見ていた。

まるで死人。

抜け殻。

光の無い目。

もうこいつは、会話すら出来ないのか。



「なんだよ・・・・。つまんねぇ・・・・・。

もっとビビってくれなくちゃ、面白くないだろ・・・・・。

折角強くなったのに・・・・・、他人を見返せる時が来たっていうのにさ・・・・」


再び剣を振り上げる。

リアクションがない 物 と遊んだ所で、面白くないから。

いっきにトドメを刺す事に決めたんだ。



「じゃあな、役立たず」


そう言い、剣を振り下ろした瞬間。




「お前がそこまで思いつめていたなんて、知らなかった。今までごめん」


額を切られても、悲鳴の1つもあげなかった兄の口から、ポロリと言葉が転げ落ちる。




え?

今・・・・何て言った・・・・?



聞き返そうにも、もう手遅れで、

剣は振り下ろされ、血を噴出しながら、兄の首と身体は真っ二つに別れる。



「・・・・ごめんって・・・・もしかして言った・・・・?」



首は後ろの方へと転げ落ち、身体はその場にクニャリと崩れ落ちる。



「教えてよ!兄ちゃん・・・・・、今何て言ったの・・・・?」



クニャリと崩れ落ちた身体に手を伸ばす。

・・・・温かい。

人の体温って、温かい。

初めて、兄の手を握り締める。

しかし、兄は俺の手を握り替えそうとはしてくれない。


「兄ちゃん!もう1回、今言った言葉を教えて!何って言った?ねぇ!」


後ろの方へ転がった頭を両手で掴み、それに向かって話しかける。

しかし、それは、ポタポタと血を垂れ流すだけで、何も答えてくれない。



「ねぇ!イジワルしないでよ!今、俺に謝ってくれたんだよね?

なら、俺も謝るよ!ごめん!兄ちゃん!傷つけちゃってさ!

これでお互い様・・・・だよね・・・・・」


それでも、俺は話しかけた。

嬉しかったから。

誰かに謝られた事なんて、1度も無い。

いつも俺は、誰かに見下され、邪険に扱われ、一人ぼっちだった。


そこから必死で這い上がり、

力を手に入れ、権限を手に入れたというのに、誰も俺の事を認めてはくれなかった。

自分の命を守る為だけに、必死に命乞いをする醜い姿しか見れなかった。

だから、素直に謝ってくれた事が嬉しかったんだ。


過去の忌々しい記憶から、やっと救われる時がきた。

そう思ったのに、兄は何も答えてくれない。



「やっと・・・・・、幸せが掴めると思ったのに・・・・・。

またかよ・・・・・」


何も言葉を発しない、兄の首を壁へと投げつける。



ゴンっ

と、音を立てて、壁にぶつかると、それはゴロゴロと床に転がり落ちた。



ハァッ・・・・と、ため息をつくと、俺もその場に力なく座り込み、乾いた笑い声を発する。



「また、兄ちゃんのイジワルなんだね。

もうバレバレ、兄ちゃんが素直に謝るはずなんてないもんね。

どうせ、謝った振りをして、また俺の事を落としいれようとしたんだろ?


俺の事を喜ばせ有頂天にした後、自分は死ぬ。

何のフォローも出来ず、後々俺がその事に気づき落ち込みこうなる・・・という事も、計算してたんだろ。

酷いよな・・・・、死んだ後も俺の事を傷つけるなんて・・・・・」



やはり兄は最後の最後まで、モンスターだった。

俺の事をここまで落とし、傷つけるなんて、重罪。

1度殺したくらいじゃ、満足出来ないよ。


でもモンスターは生き返らない。

1度殺してしまえば、何度剣を突き刺した所で、もがく事もうめき声をあげる事もないんだ。

・・・・・つまらないよ。



あの二人にまんまと騙されるなんて、俺も・・・・・バカだよな・・・・。

悲しい気持ちになっても、涙が流れる事なんてない。



ゆっくり立ち上がると、誰も生きていない実家を後にした。




ただ、幸せになりたかっただけなんだ。

二人が俺の事を嫌っていた事は知っている。

邪魔だと思っていた事も、知っている。

それでも、俺は愛されたかった・・・・・ただ、それだけだったんだ。



すっかり日も落ち、暗くなった夜道を、トボトボ歩く。

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