第114話人とモンスター13



「違う!兄ちゃんが悪いんだ・・・・」


兄は声を発する事もなく、自分の左腕を抱えたまま、顔を歪めてた。



「大丈夫?痛いでしょ!警察!きゅ、救急車!」


母は、酷く動揺しており、俺の事なんて気にする事もなくアタフタしている。

そんな母の背後から、俺は必死に弁解をしていた。

このままじゃ、俺が悪者になってしまいそうだったから。



「先に殴ろうとしたのは、兄ちゃんだから!だから・・・・俺は・・・・・」


「先に殴ろうとしたから何?どうせ、少し手がぶつかったとか位でしょ!

それ位で、お兄ちゃんを斬りつける事ないじゃない!」



マズイ・・・・。

完全に俺が悪者になっている。


俺は何もやってないんだ。

風呂に入っている間に盗まれた金を、取り返しに来ただけなのに。

それなのに・・・・・。

何故、兄は何も言わない?

まさか・・・・、また俺の事をハメようとしてる?

俺を悪者にして、母のご機嫌を取ろうとしてい・・・・る?

嫌な予感が頭を掠めた。




「違うんだ!兄ちゃんが!兄ちゃんが俺の悪口をたくさん言ったから!!!」


このままじゃ、母の中での俺が、英雄の俺 から、以前の負け犬の俺 に下がってしまう!

そんなの嫌だ!必死だった。

以前の俺には、もう戻りたくなかったから。



「悪口言われたから何?どうせアンタがまた、ロクな事やらなかったんでしょ!」


ようやくこちらを見た母の目は、あの時と同じで、ゴミを見るような冷たい目をしていた。

まただ・・・・、完全に騙されている。

信じてよ!口車に乗せられているだけなのに!



「俺はただ・・・・、ただ、盗まれた金を取り返しに来ただけで!」


何故それを先に言わなかったのだろう。

これを言えば、すぐに理解してくれただろうに。


しかし母は、



「取り返す?なんで?アンタなんて、金いっぱい持ってるんだから、少し位お兄ちゃんにあげたっていいじゃない!

どうせ、金の使い道なんてないんだから!」


完全に俺の言葉を、信じようとはしなかった。


「あげるって・・・・、これは俺が頑張って稼いだ金だから!

だから、あげるのは・・・・・。

それに勝手に財布から抜き取るのは、はっ・・・犯罪じゃないか・・・・」



「・・・・」



先ほどから、当事者である兄は言葉を発しようとしない。

ただ、苦痛に顔を歪ませているだけだった。



「家族なんだから、少しくらい財布からお金を取ったっていいじゃないの!

お兄ちゃんは今、仕事してないのよ!

それに犯罪って何?家族を犯罪者呼ばわりする訳?!」


兄の背中を優しく擦る反面、更に母は、激怒していた。

正論を述べたはずが、火に油を注いでしまったみたいだ。

なんとか、雰囲気を変えないと・・・・。




「お、俺だって家族だって思ってる!

大切に思っているよ!

でも、兄ちゃんは俺の事を負け犬や捨て駒って言うんだ。

おかしいだろ?たった二人の兄弟なのに。

それなのに・・・・、俺の事を・・・・」


仕方がないから、俺も非を認めよう。

兄を傷つけた事は、悪いと反省する。

なら、兄が俺に対して放った言葉、傷つけた事も悪いとなるんじゃないか?

二人が悪いのなら、お互いが傷つけた事を謝ればいい。

そうしたかった。

家族だから。

1度くらいは、大切に、愛して貰いたかったから・・・・。



しかし、母の耳にはもう届かなかった。

完全に目はあの頃と同じ。

先ほど、一緒にケーキを食べていた時の顔ではない。

まるで別人と、化していてー・・・・。



「ならどうして、お兄ちゃんを刺したの?!

アンタって子は、いつもそう!

グズでノロマで暗くて、良い所なんて何も無くて!

いつまでたっても、家の中をかき回して、家族の足を引っ張る!


負け犬って言われたから何?

捨て駒って言われたから何?

おかしくないわ!だって、事実なんだから!

本当の事を言われて、それがムカついてお兄ちゃんを刺したの?

もう、最悪!アンタはどうしてそう短気なの!!

アンタみたいな子、産まなきゃよかったわ!!」





完全なモンスター。

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