第111話人とモンスター10

兄の部屋の前にたどり着いた。

俺が家に居る頃は、いつもリビングのソファで母と楽しく会話してたのに、

仕事を辞め、ニートになった今は、部屋に閉じ篭る生活になったのか。

まるで、あの頃の俺だ。



家に居る頃、兄の部屋の前を通過する事はあっても、立ち寄る事なんてなかった。

あの頃と、立場は逆転したはずなのに、何故か凄く緊張している。

どうしたんだろ・・・・?



コンコン・・・。


いきなりドアを開ける事に、抵抗を感じた俺は、とりあえずノックをしてみる事にした。



・・・・・。



応答はない。

無視か。

無職でニート、家に引篭もりで無視。

まるで廃人だ。



ドアに耳を当ててみるが、室内から物音は聞こえなかった。

音がしないなんておかしい。

何をしているんだろ?

不安があったものの、



ガチャ・・・


覚悟を決め、ドアノブを回す。

室内は電気や照明といった物を使用して居ない為、真っ暗で、

でも、兄の周辺だけは明るく光っていた。



ドアを開けたというのに、兄に動きはない。

俺が居る事に気づいていないのだろうか?



「・・・・兄ちゃん・・・・」


廊下から声をかける。



「・・・・・・」


しかし返事はない。


恐る恐る兄へ近づくと、耳元にヘットフォンをしている事に気づいた。

これのせいで聞こえなかったのか。



「・・・おいっ!呼んでるだろ!・・・聞こえないのか!」


大きな声で怒鳴るけど、


「・・・・・・」


相変らず、兄は無反応。

ここまで来ると、兄が生きているのか?疑問に思う。



「さっきから呼んでるだろうが・・・・!」


叫びながら、ヘッドフォンを奪い取ると、一瞬兄はピクっと動いたのち、椅子から立ち上がると、ゆっくりとこちらを振り返る。

その動きの不気味さに、力を持ち強くなったはずなのに、俺は怖くて仕方がなかった。




兄と目が合った。

光が無く、ただ 物 と化したようなその目線を見た途端、


ゾクッ。


全身に鳥肌がたつ。


・・・・・死んでる。

表情が無い。

未来に希望を持てず、己の人生に絶望し、ただ目的も無く生きるだけの空っぽの抜け殻。

ニートになったとはいえ、ここまで堕ちたというのか。


この目、どこかで見た事がある。

あぁ、わかった。

マリアと同じだ。

無表情で、感情が読み取れないあの視線、死んだ魚の目。




「・・・・・・」


目が合っているというのに、兄は言葉を発しようとはしない。

昔の、明るくて社交的な兄とはまるで正反対の存在。

ここまで、人格が変わるなんて・・・・。

余計に、恐怖心を掻き立てる。



「・・・あの、・・・・その・・・・」


言葉が出てこない。

さっきまで、押え切れない程の怒りが込上げていたというのに。


俺の方が強いのに、どうして怖いんだ!

こんな廃人になんて、恐れる必要はないのに・・・!

フゥっと、大きく息を吐くと、



「おいっ!金返せよ!・・・お、俺の財布から、盗んだだろうが!」


怒鳴ったというのに、兄の表情は変わる事なく、


「・・・・・・」


相変らず、無言で俺を見つめている。



「なっ・・・、なんとか言えよ!金盗むとかなぁ・・・・・、ダメなんだぞ!

犯罪だ!・・・死刑になるんだ!

今日、お、俺は・・・・・、たくさんモンスターを討伐してきたんだぞ!

お、お前等なんてな!簡単に殺す事が出来るんだ!

怖いだろ?・・・・なら、早く金を出せ!」」



怒鳴り続けても、



「・・・・・・」


やはり兄は顔色は変わらず、無言のまま。


死刑って言ってるのに、何故ビビらない?

死ぬのが怖くないのか?


昔の俺は、死にたくなくて、自殺するのが怖かった。

それが、兄はどうだ?

ビビる事もなく、表情を変えないまま、無言で俺を見つめている。



死を恐れないその姿が、


怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!


両足がガクガク震えてくる。

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