第73話帰る場所 1

真鍋さんがくれた薬を投与し続けた俺は、1週間で無事に退院し、施設に戻る事が出来た。

むしろ、入院した翌日くらいから、歩けるようになっていたのだけれど、

データを採取したい!という、真鍋さんの要望で、とりあえず入院していたのだ。


その期間、筋力が衰える事を恐れた俺は、病室で地味に筋力トレーニングに励んでいたものの、

施設に戻った後、真鍋さんから言われた事は、



「涼は、今日1日筋トレをやって頂戴。

くれぐれも、漆黒の翼を起動させないように。


万が一、筋力が衰えていたら、腕、吹っ飛んじゃうから」



ここまでバッサリと、笑顔で言われたら、筋トレをやらない訳にはいかない。

それに、あんな事があった後で、ミカと顔を合わせにくくもなっていたし。



って事で、一人で俺はトレーニング施設に居た。

ココに戻ってきてから、ミカやハヤト、マリアとは1度も顔を合わせていない。

いや、むしろ、会わないよう、時間をズラし避けていた。


だって、ミカと顔合わせたら、あいつうるさそうだから・・・・。



トレーニングは、モンスター討伐とは違う。

1時間トレーニングしたら、30分の食事休憩を挟む。


それを繰り返していた時、



「あら涼君、戻ってきたのね。おかえり」


洗濯物を抱えて歩く、寮母さんと遭遇した。



「あぁ、ただいま・・です・・・」


おかえり なんて、言って貰った事が無い俺は、 

おかえり ただいま の何気ないやり取りが、照れてしまう。


しかし、そんな俺の事を冷やかす事もなく、



「怪我はもう大丈夫なの?もう少し休ませてあげたっていいのにね。

真鍋さんったら、そういう事に気が回らないから」


寮母さんは、ブツブツ真鍋さんについて、小言を貰す。

そういえば、前にマリアが言っていたっけ?

寮母さんが真鍋さんを叱ったっていう話。


いつもそうだ。

この方は、漆黒の翼や研究よりも、俺達の身体の事を心配してくれる。

俺達を、人間扱い してくれる、数少ない人間の一人。


「いえ、俺がココに戻りたいって言ったんです。

早く、モンスター討伐に参加したかったから・・・・」


照れ笑いを浮かべる俺。

こんな姿をミカに見えたら、ボロクソに貶されているだろうな。



「どうして?毎日、朝から晩まで頑張っているのだから、

怪我した時くらい、ゆっくり休めばいいのに。

本当に、貴方達は皆、真面目なんだから」


ケラケラ笑う、寮母さん。

飾らない笑顔を、真っ直ぐ俺に向けてくれる。

もし、この人が、俺のお母さんだったらー・・・、そんな事を考えてしまう。



「そうそう。涼君が入院している間にも、お母さんから電話があってね。

怪我して入院した って言ったら、凄く心配していたわよ」



「え?」


俺は寮母さんが言った、何気ない言葉が理解出来ずにいた。


お母さん? 心配?

生まれてから、俺には居場所という物がない。

可愛がられた事も、優しくしてもらった事もない。

そんな俺が、母に心配して貰っているだと・・・・?



「親っていう者は、子供が何歳になっても可愛い物なのよ。

ましてや、今涼君は危険な任務に就いているしね」



違う!そんなんじゃない!

うちの家族は、そういうのじゃないんだ!

寮母さんは知らない。

いや、寮母さんだけじゃない。

皆知らない。

俺と家族しか知らない、忌々しい記憶。



「あの・・・、これからは親から電話がかかってきたら、

二度と会話したくない って、伝えていいですから」


泣きそうだった。

涙なんて、零れる事はもうないのに。

涙が出なくても、泣きそうな顔にはなってしまう。

だから、必死で俺は、笑顔を浮かべた。

寮母さんの前で、悲しい顔を見せたくはなかったから。

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