さばくちほー

 さばくちほーには建設途中で投げ出されたままになっている娯楽施設があります。

 一顧いっこだにされない空間だったそこは、非常に珍しいフレンズのおあつらえ向きの棲家すみかだったのです。


 その中にはツチノコが住んでいるのです。

 

 過去多くの目撃証言がありながら存在が実証されておらず、ゆーま、でしたっけ、ヒトからはそう呼ばれていたそうですね。



 え、ツチノコなんて実在しない生物だろう、って? 

 


 甘いですね、甘口のカレーくらいナンセンスです。

 いると信じたら存在するのですよ。

 

 または、この世界にはそういう力があるとも……

 妄想を具現化、ですか。

 ヒトはつくづく面白いことを言いますね。


 いいですか、妄想などではないのですよ。

 

 この世界は確かにある。

 フレンズ化したわれわれにも、元となるものはかならず存在していた。仮に絶滅していたとしても。ツチノコとて、そうではないのでしょうか、なのです。


 そうでなくては、面白くないのです。


 ……本題からは逸れましたね。

 いいでしょう、まだ気分の高揚が抜けないので、そのままよどみなくつらつらと。

 話してやるのですよ。あなた方ヒトがいないと思い込んでいる、ツチノコと、近くを縄張りとしているフレンズのことを――



「この放棄された遺跡……このまま崩れたままにしておくには惜しいよなァ」


 ツチノコは塞がれた出口の壁に手を付けて物思いにふけっていました。


「ヒトの文明化において通貨――貨幣かへいの発達は大きな要素だった。ヒトはこのジャパリコイン――貨幣を稼ぐためにこの遺跡を造成したと考えるのが適当だろうな。いやそもそもこのジャパリパーク全体が……まあ、今となっては確かめようもないがな」


 ツチノコはサーバルたちとの出会いで発見したという物珍しいコインに視線を落とし、独りごちておりました。


 このツチノコ、長い間ひそかにヒトの生態を見守っていたそうで、われわれやかばんくらいにかしこいフレンズなのです。

 

 あ、もちろんコノハ博士ちゃんのほうがかしこいので。

 そうですよね、助手。よろしい。


 『ふれあいアトラクション』と語られている、この砂漠のオアシスに建造された娯楽施設。その奥底に潜む地下迷宮は長い間ツチノコのみが知る、いわば秘密基地だったのです。


 ですが、それはサーバルと、そしてかばん。

 このふたりの出会いによって変化しました。

 そしてそのふたりは、また新たなフレンズを、その地へと導いたのです。



「うわー、やっぱりこの地下すごいですねー。ボクんちのすぐそこにこんなおもしろばしょがあったなんて、驚きですよ」


 そのフレンズは、スナネコ。

 薄暗いですが、何やら壁を興味津々に眺めていました。


「あ、おいむやみに遺跡に触れるんじゃねー! まったくネコ科はすぐにひっかきたがる……!」

「この壁、なんなんですか?」

「くそっ……これは遺跡――ヒトが昔建てたものをマネて造られたものだよ」

「ふーん、そうかー」

「って、オイ! なンだよフレンズに聞いといてその言い草は! シャー!」


 このスナネコ、熱しやすく冷めやすいところは相変わらず、なのです。


「にしてもアイツら、余計なヤツを招きやがって……。かばんの行く先々でいろんなフレンズが集まったのだと聞いたが――俺は独りが性に合ってるンだ。だからさっさと……」


「かばん! あの子のことですか!?」

「お、おいおい近いっつうの……!」

「……ツチノコって、珍しいフレンズなんだっけ?」

「……ああ、そうだよ! 珍しいからって、そうジロジロ見るンじゃあない!」


「よく見ると、かわいいですねぇ……」


「なッ!? お、おいだから近いって……! 俺はヒトの好きな恋愛ごっこなんかに興味は……」

「でもまあ、騒ぐほどでもないか……」

「おいテメェ! 俺をからかってンのかよ! シャー!」


「ははは、ごめんなさい。ボクいつもこんなんなんで。今日はこんな珍しいものを見つけたから、ツチノコが好きそうかと思ってね」


「そっ、それは! 酒! その酒ってのはなァ、有史以来ヒトがおめでたいときによく飲んでいたという、不思議な気持ちになる飲み物なンだよォ! まさか現物が見られるなんてなァヒャハハー!」


「……ツチノコって、自分の興味のあることには饒舌になりますよね。興味深いのです」


「ハッ!? お、俺はまた……! ナンダコノヤロー!」 


「サーバルも噂通りかわいかったけど――やっぱりツチノコも、かわいいね」

「な、なンだお前! スナ×ツチとかやめろォ! ……ハッ!? その匂い……お前、それを飲ンだな!?」


「なんのことでしゅか~~~? 興味あったからチョチョイと、なんてしてませんよ~?」


「やっぱり! お前、酔っ払ってるンだよ! 絡み酒かよあ~めんどくさい!」


「……なんだか身体中がぽかぽかしてきません?」



 ――その時、彼女の砂のようになめらかな肌の色があらわになるのです。

 ……来ましたよあなたたちヒトが楽しみにしている叡智の時間なのです。


 酒は古来よりヒトと共にあるそうですね。これも、ヒトの叡智がもたらした展開、ということができましょう、なのです。


 え? だんだん表現がこなれてきたな、って? 


 当たり前でしょう。飲み込みは早いのですよ。われわれはかしこいので。



「確かフレンズは脱ぐことを意識したら脱げるようになるンだよな……マズい。俺の第六感がこの状況はヤバいと告げている……!」

「夜の散策って、楽しいこといっぱいですよね~……ツチノコも、楽しみましょうよ~」


「シャー! 俺はごめンだあああああああ! 寄るな寄るなアアア!」

「ツチノコ、顔が赤いですよ~? かわいいですね~」

「それはお前もだろうが! いいからお前は服を着ろーーーー! ああもう、お前は熱しやすく冷めやすいンじゃなかったのかよ、チクショーこンな時だけェェ!」


「砂漠の夜は冷え込むはずなのに、なんででしょうかね。でもこうして、皮を外せば……涼しくなりますよー……」

「ハッ!? 意識するンじゃねェ……意識しなけりゃ……こンなものは脱げるわけが、ないンだ……!」

「よくわかりませんけど、そう言えば言うほど、気にしちゃってるんじゃないですか~?」


「ふぁ!? や、やめろ……!」


 ツチノコのつるつるの上半身が覗きます。

 カラン、カラン……ツチノコが動揺して足をもたつかせるたび特有の音が鳴る。


「その音なんですか?」

「下駄だよ、下駄! ヒトは足にこれを履くンだよ!」

「ふーん。ボクには必要なさそうだ。ツチノコも脱いじゃいなよ」


 そう言ってスナネコはしゃがみ込み、ツチノコの足の指に触れる。


「お、おいやめろって! ンっ……この、いい加減に……しろォォッ!」


 一転攻勢、というやつでしょうか。

 ツチノコはつるつるの身体になったスナネコの脚をつかみ、そのまま体重をかけて押し倒したのです。きゃー。


「きゅうう……」


 その拍子に頭を打ったスナネコは遺跡の通路上で、大の字になってのびてしまったのでした。


「……ふぅー、まったく、セルリアンが出るかもしれないってのに騒ぎやがって。地下を出れば付き合ってやらンこともなかったのに。まったく、仕方ねェなあ……コイツの棲家まで運んでやるか……の、前に。服を……チクショー、なンなンだ、つるつるの肌を目の当たりにした、この気持ちは……なンだってンだ……」



 ――などということがあったそうですよ。ツチノコから聞いたのです。


 あの時は参ったぜ――というのは本人の弁なのですが、まんざらでもなさそうだったのです。


 そうです――今助手が言ったように、照れ屋さんなのです。



 いかがでしたか? 今回も満足したのかなのです。え、コノハ博士ちゃんたちもお酒飲まないか、って? 


 手荷物検査で持ち込みは禁止されているはずですが……まあいいでしょう。


 そんな顔をせずとも、われわれはパークガイドでもなければハンターでもありません。取り上げたりはしませんよ。


 その代わり、ここではお酒飲むの禁止しやがれ、なのです。


 拒否権は与えません、なのです。

 

 どうしても飲みたくば温泉にでも行って飲むがいいでしょう。

 またあとで案内してやるなのです。感謝しやがれなのです。

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