2-7. 若気の至りでいろいろ発言する回
👉いままでのあらすじ
・「研究室」に現れた川内に対しヒロミが放った言葉とは?
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「シゲシゲ、つまらないからなんか話そう!」
「いや、俺はつまらなくないし」
「そういうこというんだ?その小説のオチ、いっちゃおうかな」
そう言いながらヒロミは電気ケトルのふたをパタパタさせた。
誤解しないでいただきたいのだが、ヒロミにミステリを読む趣味なんてない。これこそが彼女の能力なのである。我々はこれを便宜的に暗号解読と呼んでいるが、人が仕掛けた謎ならなんでも解けてしまうというなんでもござれの能力である。
「えへへ、何だかんだシゲシゲあたしのこと考えてくれるよね。Спасибо, спасибо!」
堪忍して文庫本を閉じた私に対し、ヒロミは締まりのない笑顔を見せている。ここまで喜ばれるとなんか申し訳なく思えてくる。勘違いしないでいただきたい、最初に拒絶したのはほんの戯れのつもりである。
「昨日ウチのシンジがね、畳をやたらひっかいているから何かと思ったら、畳の隙間に金箔が入り込んでたんだ」
シンジというのはヒロミの家で飼っている猫である。
「昔から変わらないな、その光る物好き。」
「そうそう、
確かにこの前ヒロミの家に行ったとき、いきなり飛びついてきた。
だが、シンジは元来そういう、猫にしては珍しい、人懐っこい性格だったように思う。
「いや、だれかれ構わずああなんじゃないか。むしろ、覚えられてない方がかえって気楽でいいものだし」
「また、そういうこと言う……」
『ア”メ”ンホテプ4世!』
脈絡のない単語をハイテンションで発したのは、部屋に取り付けられた人物接近警報器である。能力関連の話をしているときに他人が接近しても困らないようにと白岡が取り付けたものだ。もちろん役に立つ設備だとは思うが、不要不急という感じもするし、白岡のプライオリティはよく分からん。尤も当初は
「あ、アヤメンだ」
「こんにちは」
白岡はそう言いながら、レッツノートの前に向かう。彼女はインターネットを通じて能力者を探す作業を怠らない。
「アヤメンってペットとか飼ってる?」
ヒロミはそういいながら立ち上がり、白岡の横に回り込む。
「昔、ハムスターを飼ってた」
ヒロミが髪に触れてくるのを特に気にするそぶりもなく、白岡は答えた。
「ハムスターとは、白岡らしいな」
私が言い終わるか言い終わらないかのうちに白岡がこちらに向き直る。
「どういう意味?」
「かわいらしい白岡にはぴったりだ、ということだよ」
「か、かわいい? ほ、本気で言っているの?」
本気も何も皮肉に決まっているじゃないか、何言ってんだこいつ。
まあ客観的にみて可愛いのは事実だから、そういう意味では本気と言えるかもしれないが、そのことに自覚がないわけでもあるまいし。
「確かに、この動物占いによると、アヤメンはハムスターだね」
ヒロミが動物占いの本に手を置きながら口を挟む。気が付けば、電気ケトルで湯が沸いていた。能力の無駄遣いにもほどがある。
「ねえねえ、シゲシゲは何だと思う? 気になるよね?」
「別に、占いなんて所詮遊びだろ」
私の答えを無視して白岡は叫ぶ。
「シゲシゲはね、何と山嵐 !」
「ふふ、分かるね」
白岡は笑っているが、冗談じゃない。学校を追い出されそうな、何とも不吉な占いである。
「この話はもう終わり」
そう言って私はヒロミの手の下から動物占いの本をスルリと引き抜いた。
「え~」
ヒロミが抗議するが、諾うつもりは全くない。別に子供じみた理由でヒロミを邪魔しているわけではない。私は「研究室」の後方を見やる。
「ふあ~よう寝た」
奥の小部屋から山北が出てきた。間一髪、隠蔽には成功したようだ。状況を理解したのだろうヒロミがこちらに目配せをしてきた。ただの目配せならよかったのだがウインクで、俄かにドキリとする。私の反応を見たヒロミはしたり顔だった。
山北はここで昼寝をしていたようだ。変な機械をつけるより前に、山北が寝ているのに誰も気づかないセキュリティ体制こそ疑問視されるべきであろうが、誰も気にしていなかった。
「おはよう、ワカ」
「おっはー、アヤメ」
寝起きが故か、白岡に相対する山北の顔はひときわだらしない。
ヒロミの場合と同様お構いなしのようで、白岡は話題を転換する。
「そういえば、川内君、進路希望が愛大医学部ってどういうこと?」
教室で私の席の4つ後ろである白岡は、今日私が記入していた進路希望調査票を目ざとくも見ていたらしい。
「いいじゃないか、医者だぞ。金持ちだぞ」
「あなた文系でしょ?」
「理科は生物と地学にすれば行けるね。物理化学でいく理系の人が多いけれど、医者たるもの生物をやらないわけにはいかないでしょう。地学はほら、ドラゴン桜でもおすすめされていたし。どうせ地学はうちの学校じゃ開講されていないし文系で医学部を目指してもおかしくはないだろう」
「いやに具体的なのが腹が立つね」
「ウチは愛大の文系かなあ。最後は家を継ぐしあんま地元を離れたないんよね」
「ワカチャンの実家って商店街なんだっけ?」
山北はヒロミから珍しくまともな綽名を拝受している。
「そそ、大街道のね。まあ実際に継いでやっていけるかどうかはビミョーなんやけどね。売り上げも減ってるようじゃし」
山北の家は老舗のおもちゃ屋だ。この「研究会」が、一応それっぽい雰囲気を出せているのも、このおもちゃエキスパートの存在によるところが大きい。
さて、長机の方で話題が盛り上がってきたが、PC席の住人は自分で振っておいて、素知らぬ顔でキーボードをたたいている。
「そういうあんたの志望はどこなんだよ」
「私?私は同志社ね。キャンパスライフは京都で過ごしたい」
全く、ミーハーな奴だ。そんな奴は京田辺(*1)に行ってしまうがいい。
「あ、京都いいかも! でもみんなちゃんと考えていてすごいね。あたしも進学しようとは思うんだけど。まだはっきりしていなくて。」
「川内君のは考えているうちに入らないでしょ」
いやだから、適当なイメージで京都とかほざいているキラキラ菖蒲さんに言われたくはないんだけどなあ。
「まあそれはさておき、いずれ訪れる進路選択のためにもいまは青春を謳歌しておくべきね。そうね、クラスでももっといろんな人と関わっていくべきよ」
「いやいや、青春とか言ったって。青春時代が素晴らしいだなんて後から思うもの であって、まっただなかにいて楽しいだなんていう青春はやはり間違っている よ」
「川内君、ゴールデンウィークは何をしていたの?」
私の深淵なる青春観に反論する糸口を見いだせないのか、白岡は露骨に話題を転換してくるが、ここは寛大な心で対処してやろう。
「世界平和とか日本の伝統について考えていた」
「え、何それ」
「またシゲシゲの屁理屈だよ」
読者の皆様はこのような私の評価を適切なものだと思うかもしれない。しかしながら、私がくだらない屁理屈(*2)をこねているのは、地の文、いわばバナナマンの副音声みたいなものであり、周囲における私の評価とは無関係である。このことを理解したうえで、もう一度鍵括弧の仲だけ読み返していただきたい。理想的な好青年の姿に気づくはずである。ゆえに、この評価は不当なものだと思うのだが、いかがだろうか。
山北が目を丸くしヒロミがため息をつく傍らで、白岡はレッツノートを閉じると、長机の方に向き直ると、我が意を得たりとばかりにこう告げた。
「要するに何もしていない、と。というわけで、今度の週末、動物園に行きましょ」
はあ、志望校の話はここに至る大遠投だったわけか。ペットの話から持っていけばよかったんじゃ?
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その夜の当番は
「いやあ、こないな夜遅くにすまへんね。まあ規則だから許してくれや。わいも合コンに行きたかったんやけど、泣く泣くお断りしたんや。せやからお互い様ってことで」
このように太田は、高い見識を持ち紳士的な人間だ。
「あの、能力を使う前に一ついいですか」
「お、珍しいね。何の話?」
「夏休みなんだけれど、日帰りで旅行してもいいでしょうか」
「もちろんええよ。しっかし、君も好きやねえ。一人旅なんて何がおもろいんだか分からへんよ」
「気楽でいいもんですよ」
もっとも、このように考え方はいつも正反対で水と油であったが、混ざらなくても気にしない寛容性がこの人にはあった
「何にせよ、楽しいんなら結構、結構、大いに結構。それでどこへ行くんだい」
「広島です」
「ほう!広島か。広島言うたら……おっと、東雲君が不満げにしとるから、この辺にしとこうか」
「別に不満じゃないですよ、ただ時間がないんですよ」
とにもかくにも旅行の許可が得られた。この後の賽の河原作業の苦痛もこの日は半減した。
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〈註〉
*1 京田辺: (自然豊かで良いところだと思います)
*2 屁理屈: 「お前の言っていることは屁理屈だ」という言説は非常に危険なものだ。これは「ネトウヨ」「パヨク」等と同様に悪質なレッテル張りだからである。このような発言をする輩(
〈註の註〉
**1 このような……: 被害者として知られているのは『スターウォーズ』シリーズに登場するチューバッカである。英語の文献を調べれば、やわらかいバズからかたい学術論文まで、チューバッカを屁理屈の典型例として挙げているのがすぐに見つかる。私の友人の若宮宮若(実家が寺だそうです)君の説くところによれば、これはチューバッカがウーキー(身長2mを超える巨体、毛むくじゃら)であるがゆえに生じている差別だという。これは見かけ上屁理屈についての論争の様相を呈しているが、実際には種族による差別の問題なのである。断固として立ち向かわなければならない。
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