2-6. ヲタク(ある種の)にとっては最も楽しめるかもしれない回

👉前回は荒れてしまったことをお詫び申し上げます。


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「かわいい!」


 ヒロミを白岡に引き合わせたとき、彼女が最初に放った言葉である。


 白岡は確かに見目麗しいから、そういう意味ではこの反応は尤もなものであるが、遠くから崇め奉るのが白岡信者のしきたりだから、この観点からするとヒロミの行動は異端である。山北も白岡に付き従ってはいるが、スキンシップをとるという感じではない。


 ヒロミの家に行った翌々日の月曜日の放課後、私はヒロミを連れて「研究室」を訪れていた。その日部活は休みだったから嬉野や山北はいない。能力者の三人が揃っていた。


「あり得ない美少女! いやあ四国は×××の島ですなあ、まるで外国」


 もっとも、読者のかなりの部分を占めるであろう本州九州北海道沖縄本島淡路島天草下島奄美大島その他諸々の人々(*1)からすればここは海外であるから、あながち間違いではないのかもしれない。


 久々に会った幼馴染がオッサンになっていた件。魔女裁判をも恐れぬヒロミの攻勢に、白岡のお嬢様仮面はやすやすと敗れ、顔を茹蛸のように赤くしている。


「えっと、ヒロミさん、でいいかしら、よろしくね」

「こっちこそ、アヤメンみたいなこと知り合えて嬉しいよ……ああ髪もきれい、触らせてもらってもいい?」


 久々に会った幼馴染の愛称センスが……いや、これは前からだな(*2)。


「う、うん」


 ヒロミは楽し気に白岡の髪を撫でている。白岡の顔の赤色が一段と強くなる。


 なるほど、白岡とはこうやって戦えばいいのか、と思ったがさすがに私にはあれを真似するのはハードルが高い。


「ヒロミ、白岡が困ってるだろ」


 昔取った杵柄で、ヒロミとの戦い方は熟知しているつもりであるので、助け舟を出す。


 三者三様の我々の関係はさながらじゃんけんのようである。


 石のように固い意志を持つ私がグー、大風呂敷を広げる白岡がパー、チョキチョキと切り込んでいくヒロミがチョキ、といったところか。野球拳(*3)でも始めようかと考えていると、ところが。


「シゲシゲは関係ないでしょう? ちゃんと本人の許可をとってるんだから」

「わ、悪い気持ちはしていないから……」


 どういうわけか共同戦線をはられ、二人合わせてダイナマイト(*4)に変身してしまった。


 こうなるともう打つ手はない。


 まるで白岡の取り組みに乗り気であるみたいで癪なのだが、進行役を担うことにする。


「白岡、話すことがあるんだろ」

「う、うん……ヒロミさん、いきなりで悪いんだけど、ちょっといいかな」


 寄り道をしたものの、白岡の意図は明白である。ツィンゾルの活動について丁寧に説明した。先ほどとは一転して、始終真剣な面持ちで聞いていたヒロミは問うた。


「自由を手に入れたら、その時外務省の人とかどうなるのかな」

「外務省の人?」


 白岡はヒロミの意外な返しにたじろいたようであった。


「そそ、あの人たちがいるから、今救助とかできているんでしょ」


 ヒロミは能力者が直面する問題についてよく理解していた。それがゆえに我々は離反してしまったともいえる。


「……まだ分からない。でも共存できる道が必ずあると思う」


 それに対して、白岡はお題目を繰り返すばかりである。


「はは、そりゃそうだよね」


 ヒロミも苦笑いだ。だが、その後で真顔に戻ってこう付け加えた。


「これから一緒に考えてかないとね」

「ということは、じゃあヒロミさん、活動に加わってくれるってこと?」

「シゲシゲはどう思う?」


 私に決定をゆだねるというのは、まだ負い目があるんだろうか。ヒロミにはそう言った束縛にとらわれず、自由に生きてほしい。そう思って私は次の言葉を発した。


「好きにすれば」


 だが、私がコミュ障なのがいけないのか、ヒロミの読解力のなさが行けないのか、私の意図はヒロミには全く伝わらなかった。


「そか、じゃあ参加する。シゲシゲと毎日会えるしね」


 近所の駄菓子屋に行くような軽い調子で参加を表明するヒロミ。それに対して白岡はチョコレート工場 にでも行くような喜びようである。


「ありがとう!ヒロミさん」


 白岡はヒロミに抱きついていた。今度はヒロミがたじろぐ番であった。


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 バス通学のヒロミと分かれ、帰り道は白岡と二人で並んで歩く。近頃はこうすることが増えた。


 馴染んでいるようであまり良い気分ではないが、家が近いのだから仕方がない。


「あなたにあんな幼馴染がいたなんてびっくりだわ」

「幼い時に能力者同士、引き合わされたからな」


 普通に生きていればめったに出会うものではないが、管理する側の意図で、人為的に知り合いになるのだ。野良の白岡には想像できないかもしれない。そう考えて返答したのだが、どうやら意味するところは全く異なっていたらしい。


「ヒロミさんと一緒にいて、どうしてこんな人格が形成されるんでしょ?」

「おうおう、突き落とされたいのかな」


 ちょうど川を渡る橋を渡っていたところだったので、腕を上げてポーズをとる。


「冗談よ。でも、幼いころの川内君の恥ずかしいあれこれについて聞けるのは楽しみね」


 真顔で中々いいことを仰る。


「ともあれ、これで能力者三人よ。大きく前進したと思わない?」

「まあ、そうだな」


 確かに能力者が多いに越したことはないんだろう。しかし集まったところでどう行動するか、そろそろ具体的に考えなくてはいけないのではないだろうか。


「あと、二・三人いるとちょうどいいわね」


 白岡としては当面この方針を続けるらしい。


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『あ、シゲシゲ? いま大丈夫?』


 その夜、ある程度予想していたことだが、ヒロミから電話がかかってきた。


「おう」

『アヤメン、すごいね』


 これも予想通り、白岡の話題だ。


「ああ、容姿だけは天下一品だからな」


 白岡の能力に対するこってりとした 態度を思い浮かべながら私は言った。


『それもそうだけどさ、夢を語るアヤメンの目、かっこよかった』


 白岡に対する愚痴を共有できるのかと思ったのだが、ヒロミによる白岡の評価は意外にも高いようであった。


「そうか? 知らぬが仏の理想主義者としか思えないけど」

『ううん、思うだけじゃなくて行動できているの、すごいと思うな。だからシゲシゲも一緒に活動しているんでしょう?』

「あれはほんの成り行きで」


 やましいところは何もないのに、どうして浮気男の言い訳みたいなことを言わないといけないのか。


『ねえあのことはアヤメンは知っているの?』

「いや、まだだけど……」

『前にも言ったけど、あたし頑張るから』

「頑張るって……」


 反論を試みたときには既に受話器からの音は途切れていた。あいつ、一方的に切りやがった。


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 異能バトルを期待してここまで文章を読んでくださった読者の皆様にはまことに申し訳ないのであるが、話はここでシリアス度を増すどころか、むしろ日常系 に展開する。白岡の掲げる長期的目標は極めて崇高遠大であったのだけれど、そこに至るまでのロードマップというかPDCAというかKPIがはっきりしていないものであった。そういう場合、ごく稀有な事例にあってはなんちゃか維新 などと唱えてクーデターを起こしポシャるのであろうけれども、たいていの場合はちょうど初恋の様にダラダラと延命するものである。畢竟(*5)、能力者だのなんだのと言う前に我々は学生である。


 「古典ガジェット研究会」(略して古ガジェ)の活動は週二回、火曜日と木曜日ということになっていた。山北なんかは塾に通っているとかで結構忙しいようだ。古ガジェはつまることろ、ツィンゾルのフロント企業 として機能していた。能力者が集まるツィンゾルの世を忍ぶ仮の姿、なんだが、部活っぽい体裁を整えるために(正式な部活じゃないんだからそんなことをしなくても、と思うのだが白岡がそう主張した)なぜか一般人も参加している。まあとにかく、我々は一見すると無関係な日常会話をしているように見えて、それは複雑に絡み合った伏線であり、古典的な玩具の魅力について探求しているのである、たぶんそうだ、きっとそうだ。旧2年11組教室の「研究室」としての実効支配は日増しに強化されていた。


 冒頭に紹介したときと比較して、居住環境向上のために「研究室」にはいくつかの改変が施されていた。


 長机は、並行して二本並べられ、向かいあって座っても本やノートが広げられるようになっていた。椅子はメンバーの数に合わせて5つに増えていたが、白岡用に開店する椅子が導入されていて、お誕生日席に座りつつくるっと回ってレッツノートを操作できるという具合である。


 窓側には、白岡がレッツノートを使う机の隣にもう一つ机が並べられ、ティファールの電気ケトルと5つの湯呑が置かれている。電気ケトルはヒロミの私物だ。湯沸かしの容易さに白岡は感動していた。湯呑は白岡が持ってきたもので、歴代内閣総理大臣やら徳川十五代やらの漫画風の肖像が書かれた妙なデザインのものが多い。占い師からもらったとか言う日本茶を、最近ヒロミがよく淹れている。その胡散臭さに反して割とおいしい。


 廊下側の壁にはカラーボックス。山北が家から持ってきた古い玩具が並べられ、「古典ガジェット」研究室としての体裁を一応、崖っぷちで、皮一枚で保っている。余った棚には嬉野が持ってきたゲームソフトが入っている。「メガドライブなので古典に該当する」と嬉野は言うが、肝腎のハードはここにはないので遊べない。物置として使っているだけではないのか。


 教室の後方に小部屋。何ということはない、積み上げた机とカーテンで作った小空間である。体育に使うマットが敷かれていて、主に昼寝に活用されている。尤も活用しているのはもっぱら山北である。いかがわしいあれやこれやを想像されるかもしれないが、まことに不本意ながら未だそういう事態には至っていない。こいつのおかげであの不気味に反射するダクトを目にすることもなくなった。


 残りの一辺すら元の姿のままではなかった。「ラーフル が粉を巻き上げるので菓子が食えない」と主張する嬉野により、ホワイトボードが持ち込まれ、黒板は機能停止していた。白岡が丁寧にレタリングした「古典ガジェット研究室」の大文字が眩しい。隅っこで時々ヒロミ先生の数学講座が開講される。


「よ、シゲシゲ」


 扉を開けると、ヒロミは当然のようにそこにいた。テスト前だというのに。いやまあ私も言えた義理ではないのだが。


「よう」


 私はいつもの位置に腰かけ、特にすることもないので、鞄から文庫本を取り出し綾辻行人 の続きを読みだす。


 ヒロミはというと、何をするでもなく、頬杖をついてぼうっとこちらを見つめている。


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 さて、話の途中だが、だいぶ長くなってしまったので、今宵はここまでに致しとうござりまする 。


 ぶつ切りになったお詫び代わりにここでクイズ!


【問題】この直後ヒロミがした発言は何か。一語一句まで正確に答えよ。

(期限は次回更新まで。正解された方の中から抽選で一名様にポンジュース一年分を差し上げます。奮ってご応募ください。なお発表は商品の発送をもって代えさせていただきます)


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〈註〉

*1 本州九州北海道……: Google analytics is watching you.

(タイトルを失念しないように時折元ネタ関連が出てきます。ご了承ください)

*2 前からだな: 私がシゲシゲと呼ばれだしたのは初めて出会ったその日である。一度、何でそんな綽名で呼ぶのかと問い質したことがあるが、「シゲシゲの名前は古めかしくてカタイから中和してあげた」とのこと

*3 野球拳: あまり知られていないことだが、松山は野球拳発祥の地なのである(下ネタだと思った人は廊下に立ってなさい!)。

*4 ダイナマイト: グチョパ、ムテキ、ピストルなどでも可。

*5 畢竟: 現在ではあまり使用頻度の高い語でもないように思われるので、老婆心ながら説明を付け加えておく。エリート主義的な旧時代の遺物によると、「さまざまな経過を経ても最終的な結論としては。つまるところ。結局。」[1]である。さらに付け加えるならば、「畢」「竟」ともに「終わり」という意味の漢字であり、終末感があってカッコいいって白岡が言ってた。


〈参考〉

[1]「ひっ‐きょう〔‐キヤウ〕【×畢×竟/必×竟】 の意味」デジタル大辞泉(**1)

https://dictionary.goo.ne.jp/jn/185328/meaning/m0u/%E7%95%A2%E7%AB%9F/

(2017年5月7日閲覧)


〈参考の註〉

**1 デジタル大辞泉: 自分で引用しておいてこんなことを言うのも白々しいのだけれど、今日の読み手が明日の書き手になるのがweb小説の常であるから、あえて悪い見本を提示しておくことも意味があるだろう。正直に言えば、私もこのような無料で提供される辞書がデファクトスタンダードとなる状況を好ましいと思っているのだ。だから本当は広辞苑で偉ぶっておくか、新明解でスタイリッシュに決めたかった。しかし四日に一度更新するのすら私には大変で(毎日の人とか本当にすごいですよね)、時間がないのにかまけてgoo辞書で検索して済ませてしまった。愚かな私を反面教師にしていただきたい。

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