四つ葉のクローバーを贈られました
綾織 茅
プロローグ
1
幼稚園の時、まるで姉妹同然のように仲が良い女の子がいた。
まつ毛の長い二重目蓋の大きく
女の子なら誰もが
その子はいつも私にべったりとくっついていた。離れているのはトイレの時だけ。それほどまでに懐かれて、悪い気はしないどころか子供心にも嬉しかった。
だから、自分の妹のようにせっせと世話を焼いた。一人っ子で兄弟姉妹に憧れがあったのもある。
そんなある日。
「
私が絵本を読んでいると、その子が泣きながら走り寄ってきた。
「どうしたの?」
「……っ……あのね」
大事な妹分が泣いているならば、
いつの間にか、私の物事の優先順位はその子が一番に来るようになっていた。自分でも気付かないうちに。
「健太君達が、圭ちゃんと遊ぶの、おかしいって言うの」
まさしく童話の中のお姫様のように可愛かったその子はいつも男の子達にいじめられており、泣いて走り寄ってくるのも大半はそれが理由だった。
ポケットに入れていたハンカチを出すと、最早慣れたものでギュッと目を閉じられた
そして私がもういいよと言うと、閉じられていた目が再び開き、途端に脇下から腕を差し入れられ、ぎゅうぎゅうと子供ながらに強い力で抱きしめられた。
「大丈夫よ。だってお友達同士遊ぶの、おかしくないよ?」
「……じゃあ、これからも毎日遊んでくれる? ずうっと一緒にいてくれる?」
「うん! いいよ!」
「約束?」
「うん、約束!」
その言葉に嘘なんか全くない。
だから迷いなく指切りも、子供らしい他愛もない約束も簡単にできた。
しかし、ある日突然、私は父親の仕事の都合で引っ越しを余儀なくされることになるのだ。
まだ引っ越しをした後も同じ幼稚園に通えれば良かったのだろうけど、いかんせん引っ越し先が悪かった。通園可能範囲内どころか、同じ市、同じ県、もっと言ってしまえば国内ですらなかった。
父親の単身赴任という案も一時は出ていたみたいだけれど、家族を溺愛している父親がその案に首を縦に振るわけがない。
母親も生活能力が皆無な父親のことを放っておけるはずがなく、あれよあれよという間に家族全員での引っ越しが決まったというわけだ。
もし過去に戻れて言い訳をさせてもらえるなら、決してわざと言わなかったわけでも、隠していたわけでもなく、言えなかったのだ。
幼くとも、約束がどれだけ大事なものであるかは両親との約束事を通して知っている。それを仕方がないとは言え、一方的に反故にすることは良心が
幼かった私は、秘密にして黙っていられる相手側の辛さをまだ知らなかった。
結果、その話を引っ越す間際に先生からの話で聞いたその子は泣いた。それはもう激しく。持病の喘息発作が出るくらい。
正直、この時間近で見たその子の辛そうに丸まった背中が今の私の仕事に繋がっていると言っても過言ではない。
どんなに私達が嫌がろうとも、それこそ持病が出てくるほど嫌がっても、引っ越しは大人の事情。簡単に無くなるものではないことは幼い私達でもさすがにもう分かっている。
その日から幼稚園最後の日まで、元々べったりくっついていたその子はそれに拍車がかかり、どこに行くにもついて回るようになった。
「圭ちゃん! 圭ちゃん! ……どこ!?」
「ここだよ」
私がその子の側を離れてトイレに行ったりした時には園内中を泣き叫びながら探し回る姿が先生達に目撃され、私が探されるという何とも不思議な光景が。
私を見つけるや否や何も言わずただギュッと抱きしめられ、その日一日は絶対に離されなかった。
そしてとうとう迎えた幼稚園最後の日。
「圭ちゃん、これあげる」
泣き腫らした目のその子から手渡されたのは、四つ葉のクローバーがラミネートされた栞だった。
「いいの?」
「うん。……私だと思って大事にしてね?」
「うん! 私、クローバーの花言葉知ってるよ? 幸運だよね?」
「……うん。そうだよ」
「ありがとう!」
クローバーの花言葉は「幸運」「約束」「私のものになって」。
――それから、「復讐」。
クローバーの良い意味しか知らなかった私は本当になんの迷いもなく受け取った。
結局、その引っ越し先の外国には小学校を卒業するまでいて、中学校からは日本に戻ってきたけれど、地元とは離れた県に引っ越したせいか、今だにその子に会えていない。
薄情にも大人になった今では名前も思い出せないほどだけど、この四つ葉のクローバーの栞だけは今でも手元に残っていた。
なんとなくだけれど、この栞を持っていればその子と再会できそうな気がしているからこのクローバーは本当の意味で幸運の象徴となるのかもしれない。
もう少しで着陸するという機長のアナウンスに、私は途中まで読み進めていた医学書にその栞を挟めた。
丸々二年ぶりの日本に、なんだか色々と考えさせられるものがあり、近づく陸を窓からぼーっと眺める。
じきに
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