謎の奇病シリーズ

鐘辺完

謎の奇病ヨボスケラ

 朝起きたら股間が痛い。


 正確には股間が痛くて目が覚めた。

 何事かと思ってパンツの中を覗いてみると、ちんこがなにか白い半透明のもので固まっていた。エポキシ樹脂のような感じだった。平たく言うとプラスチックぽい。色合いは木工接着剤に似ている感じで、かつもうちょっと白濁した感じである。


 白濁だし、夢精で出したやつが出すぎてかちんかちんになった――。いや、それにしては量が多すぎるし、ちんことその周囲だけが固められていた。パンツやパジャマズボン、シーツや布団には一切ついていない。不思議な現象だ。

 これはどうするか。

 泌尿器科にいくか。

 立ちあがろうとすると陰毛がつっぱって痛い。ちんこ周りを固めているそれのせいで陰毛も固定されている。これが動くとつっぱる。じっとしているわけにはいかないので無理に動くとぶちぶちとはっきり音がして毛が抜ける。痛い。

 しかしある程度毛が抜けたことで可動域が広まったらしく立ちあがることができた。あまり股関節を動かさないように気をつけながら歩く。

 目覚めたときの痛さは勃起していたせいらしく、今の異常事態に勃起を持続してられなくなって、動かなければ痛みはなかった。

 救急車を呼ぶほどではないだろう。たぶんこれで死ぬなんてことはないはずだ。

 そうだ。精液みたいなものが固まっているのならば湯をかければ溶けるだろう。


 脱衣所でパジャマのズボンとパンツを一緒に下ろす。あまりかがむと痛いので、手で持ってズボンとパンツから足を抜くことができない。しょうがないので、手が届くところまで下げてから足だけで脱いだ。最後は一方の足で服を踏みつけてもう一方を抜くのがコツだ。


 浴室でシャワーの温度を少し熱い目にして股間にかける。

 柔らかくならない。水溶性でないのか。水溶性でない何かで固められているのか。ほんとにエポキシ樹脂で固められているのか?

 俺が寝ている間に誰かが俺の股間をレジンチンコにしたというのか。俺の股間にエポキシ樹脂を塗って紫外線を当てたというのか。レジンチンコって「レンジでチン」に似てるような気がするけど、その駄洒落の犠牲に俺はなったというのか。

 もうこれ以上自力で解決することに時間を使うよりとっとと医者に頼ろう。まだ平気な顔をしてられるがあまり時間がかかるといずれ尿意がこらえられなくなる。


 そんなわけで医院に向かおうと思うが自転車にまたがれない。

 しょうがないからタクシーを呼んで、なんとか泌尿器科医院に向かった。


「どうしました」

「股間が固まってしまって困ってます」

「じゃあ脱いでみてください」

「はい」

 俺はズボンとパンツを一緒におろした。

 医者は俺の股間をみて、

「うーん」

 その声には笑いがふくまれていた。ように聞こえた。

「どうですか」

「珍しいですね。これは」

 医者はなんか金属棒みたいなもので、ちんこ固めているものをつついた。

「ちょっとじっとしててくださいね」

 医者はメスのようなものでちんこのレジンコートを少し削った。

 最終的には外科手術みたいに刃物で切り取るんだろうか?

 削ったものを顕微鏡に入れる。

 モニター画面に顕微鏡の画像が写る。

 乾燥したおたまじゃくしがあった。

 やっぱり。

「これは、越冬する場所に温かい股間を選んだヨボスケラですね」

「よぼすけら?」

「はい。非常に珍しい寄生虫です」

「まさかこの目でみる機会があるとは思いませんでした」

「それで、これは取ってもらえますか」

「そうですね。すぐに取りましょう。しかし、症例がほとんどないので……」

  医者は紙を一枚出してきた。

「これにサインをしてください」

 なんかむずかしい書き方をした書類だが、要は

『手術でひょっとしたら死ぬかもしれないけど、死んでも文句いわないでね』

 という内容だった。

「まあ、本当に死ぬことはありませんよ。ただ、生殖能力が死んでしまうことが可能性としてあります」

 しかし、このまま尿ができないとまずいし。勃起したら痛いし。

 というわけで手術を受けることにした。書類にサインした。

 ノーパンに、水色のすっぽりかぶる手術着の恰好で、手術室にはいる。

 手術室といっても、ふつうの外科の手術室とは違ってそれほどすごい照明とかあるわけでもない。

 それでベッドというかリクライニングシートに座る。

 両足を開いて固定するやつがついている。産婦人科にあるようなやつだ。

 うーん。こういうベッドに男の自分が寝ることになるとは、なかなか貴重な経験だ。

「麻酔します」

 注射器で、固まってるところに一番近いところに麻酔液を注入された。

 しばらくして股間の感覚はかなり鈍くなった。

「痛いですか?」

 内股、股間のすぐ近くを何かでつつかれている感触がする。

「感じはしますが痛くないです」

「じゃあだいじょうぶですね」

 で、手術がはじまる。

 いきなりノミとカナヅチだ。

 かつん、かつん、かつん。

「ちょっと痛いんですけど」

「がまんしてくださいね。すこし」

 まあたしかに、たまーに痛いがまあ我慢できなくなはない。

 かつかつ。ぽろ。

 大きな破片が取れた。

 なんか解放感が。

 いててててて。

「毛、ひっぱってます」

「あ、すいません」

 医者は毛を切った。

 まあ、そんなこんなで、股間の塊はきれいにとれた。

 毛もあらかたなくなったけどな。まあいくらかは動いてる間に抜けたぶんだろう。

 手術は終了した。

 俺は元の服装に着替えて、診察室に。

「これで手術は成功しましたが、これで完全にヨボスケラを除去できたとは限りません」

「ヨボスケラ自体、まだ発見されて間もない生物なので、完治させる薬はまだありません」

「じゃあ、また、股間かちかちになったりするんですか?」

「ならないとは言えません。今後の研究が待たれます。発症したときはまた今日のように手術するしかないですね。割って取り除くだけなので、ご自分でできるでしょうが、滅多にない病気ですので不測の事態も考えて、一応、自力で対処するのは避けたほうがよいと思いますよ」

「うーん」

「しかしあなたほど大量の塊で歩くのも不自由になる人も珍しいようです」

 モニター画面に映る何やらの資料を見ながら医者は言った。

「精液の量が多いんですか」

「どうでしょうか。ヨボスケラがどういう生物かまだよくわかっていませんから。

まあ、あまりため込まないようにするのがいいかもしれませんね」

 とりあえずそんなわけで支払いだなんだ済ませて、家に帰った。

 健康のため、股間のため帰って速攻でオナニーしたし、それからまめに抜くようにしていた。

 数日後、俺はまた泌尿器科を訪れた。股間がまた痛くなったせいだ。

 ヨボスケラが再発したのかもしれない。かちかちになってはいないが、謎の寄生虫だからどういう症状かわからんし。

 診察を受けると、医者は言った。

「オナニーのしすぎで炎症をおこしてます」

 やりすぎかあっ。

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