この世界に平凡を希望する!
岬 拓
第1話 至高の世界を希望する!
それはそれは、一瞬の出来事だった。
――ひたすら地味で、学校でもこれと言って目立つことはない。そんな俺はある日の放課後、日直の仕事としてクラスメートのプリントを集め、職員室に運んだ。数学教師にそれらを渡すと
「おお、ありがとな。そこ置いておいてくれ」
と言うので、はいはいと言う通りにした。そして、自分の教室に戻ってきた。
教室には、既に誰もいなかった。部活動やらバイトやらカラオケやらで、皆帰ってしまったのだろう。
まあ、そんなことはどうでもよかった。
俺が注目したのは、寂しく並ぶ机の一つ、美しが丘さんの机の上に、セーターが置かれていたということ。
美しが丘さんといえば、学校一の美少女として名が高い。透き通るような肌、綺麗な黒髪、エッチな太もも。全てが素晴らしく、誰しもが憧れていた。そんな彼女のセーターとおぼしきものが置いてあったのだ。
さあ、ここでクエスチョンだ。俺は16歳。思春期真っ只中の高校生である。周囲には誰もいないし、くる気配も無い。この状況ですることといえば?
……答えはその通り、匂いをかぐこと!俺はそのセーターに一目散に手を伸ばし、鼻にこすりつけていた。
「ぶわぁっ……はあぁ!ほおお!」
我ながら気持ちが悪いと思った。というか、もう普通に一線超えちゃってるけれど。
「はああいいにほひひひいいい!」
俺は、正直狂っていた。普段あまりにもモテないからだろうか、体の中のいろんなものが爆発している気がした。いくら二次元の女の子ばかり好きな俺だって、実は三次元が嫌いなわけではない。
調子に乗った俺はそのセーターを着ようとさえした。着て何がしたいというわけでもないが、とにかく興奮していた。セーターの右腕を通し、左腕も通し、少しきつめではあったがなんとか胴周りにも合わせ、最後に顔を出した。
ここで、俺は目を疑った。
目に映ったのはさっきまでの、いや、3秒前までの教室ではなかった。雲のように白い床がどこまでも続いている。辺りは見渡す限り黒い風景だが、床の輝きによって照らされているようだった。
「んんなんじゃこりゃ!?」
思わず叫んでしまった。夢でも見ているのかと思い頬をつねるも、ただ痛いだけ、そんなことはない。セーターを着た結果こんなことになっていたので、もしかしてと思い、今度はセーターを脱いでみたが、何も変わらない。
ひとまずもう一度セーターをかぶる。そして改めて
「やっべえ!どうしよ!」
と慌てふためく。すると、コツ、コツ、と背後から誰かが歩いてくる音が聞こえる。
後ろを振り向くと、こっちに向かってくるのは金髪で眼鏡をかけた男だった。
その男は俺の数メートル手前まで歩いてくると、さわやかな笑顔をこちらに見せた。
……と思ったら、次の瞬間。この男は突然土下座をして、地に頭をつけて
「すんませんでしたあああああああああああああ!!」
と叫びだした。
「お……おいおい。どうしたんだよ突然?何がなんだかわからないけどとりあえず頭をあげてくれ」
俺がそういうと、すみませんと謝りながらその男は立ち上がった。
「お前は誰なんだ?この世界を知っているのか?」
「はい。ここは死と生の境目です。あなたは死んだのです」
なるほど。このさわやかイケメンは何を言っているんだ?
「俺、死んだの?全く死んだ覚えないんだけど」
「ええ、死んだのです。あなたは現世で、女の子の私物を盗みました。そしてそれを着用しましたね。その際にあなたは興奮しすぎて死んでしまったのです。」
はい?興奮??ていうか何で盗んだこと知ってるんだよ。恥ずかしいわ。
「そんなことがあるの?興奮しただけで人は死んでしまうほどもろいのか?」
「普通ならありませんね。ですが、今回の場合は私の手違いであなた、カズトさんを殺してしまったのです。興奮度を上げすぎて、心臓が爆発してしまいました。」
「手違い……?なんだそれ、どういうことなんだ」
「私はこの境界世界で神様……の下っ端をしております。下端(したはし)と申します。」
神様……?
死と生の境界……?
手違い……?
――ほう、そういうことか。勘だけは鋭い俺はすぐに気付く。
こいつのミスで、俺は現世で死んだと。
さっき土下座までして謝っていたのはそれだからか。
へ、全てがつながったぜ。
「きっさまふざけんなあああああああ!?」
俺は走り寄ってその下っ端のなんとかの胸倉をつかんだ。
「てめの失敗でなんで俺が死ななきゃならんのだあああ!?眼鏡壊すぞああ!??」
「まあまあ、落ち着いてください。カズトさん、あなた生きている間に異世界に行きたいと思っていましたよね?ぜ、ぜひ行かせて差し上げますよ!」
「異世界?ああ異世界行きたいさ。けど手違いってなんだよ。お前みたいな、ミスで人を死なせるレベルの奴が導く異世界なんてたかが知れてるだろ!俺は女の子とワーワーキャーキャーするような異世界に行きたいんだ!そんな世界に本当に行けるのかよ!ていうかなんだ。こういうところでは普通は可愛い女の子が迎え入れてくれるんじゃないのか!?なんで男が出てくるんだよ!しかもちょっとイケメンだからむかつくな!」
マシンガンのように言いたいことを言っていると、その下っ端も負けじと言い返してくる。
「うう……私だってそう思いますよ。本来は僕みたいな下っ端は裏方で、ちゃんとした可愛い女神様もいるんですよ。なのになのに、かの女神さまは接客がめんどくさいとか言って仕事をしてくれません!だから私が仕方なくやっているのです。それなのに賃金は安い、労働時間は長い、女神さまにこき使われ、死んできた奴には文句を言われ……。やってられませんよ!」
下っ端は言っているうちに涙ぐんできたので、ひとまずお互いに落ち着くことにした。死んだのも、人の物を盗んだゆえの天罰だと思うことにして、無理やり自分を納得させた。
「なんか悪かったな。で、美少女だらけの異世界には行かせてくれるのか?行かせてくれるならお前の事は許してやらんでもない」
「もちろんです。あなたは新米冒険者として旅に出ることになります」
おお!これだよこれ!こういう展開を待ってたんだよ。さっきまで死んだことを悲しんでたけど、そうと決まれば話は別。全く、やっと俺の天下が始まるぜ。
「それで、俺だけの特別な能力とかって何があるんだ?」
「え……。特別な能力……?そんなものないですよ」
「ないのおお!?はあ?異世界転生するときにはチート能力をもらって転生するのが当たり前だろう!」
「確かに本来はそうです。女神さまが能力を授けてくれるでしょう。……が、しかし、今の状況を考えてみると……どうでしょう?」
どうでしょう?じゃねえよ。女神何やってんだ!ちゃんと働け!やることやれ!
……て、あれ。俺も生前はだらだらと糞ニート生活してたっけ。まあいいや。
「おいおい、それじゃあ俺は何も持っていない、ゼロの状態から冒険を始めるっていうのか?俺のアイデンティティ崩壊なんだけど」
「アイデンティティ……。それならあなたが今着ているセーターがあるではないですか。十分にあなたの特徴になりますよ」
おい、セーターだと。なんてこった。俺は異世界に転生して冒険するってのに、何の能力ももらえないのか。
「あ、やばいもうこんな時間だ!すみません早く行ってもらっていいですか。早くしないとどんどん仕事が溜まって今日もまた残業に……いやああ!」
頭を抱えて叫ぶ下っ端くん。なんてブラックなんだ転生業界。将来絶対ここには就職したくない。
「もう説明も終わりましたし転生させちゃいますよ!いいですか?そのまま動かないでくださいね!」
突然、俺の周りに光が漂い始める。その光はどんどん増えていき、俺を覆い隠すほどになった。
急展開にびっくりしてしまったが、ようやく、待ちに待った異世界だ。最後に一応一つ聞いておくか。
「おーーい。俺はいったい異世界のどこに転生するんだ――?」
今にも転生されそうなところで下っ端くんに聞いてみる。帰ってきた答えは
「わかりませーーーん」
だった。
あいつ、いつかグーで殴ってやる。
この世界に平凡を希望する! 岬 拓 @Ignacio
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