第6話 春人 深窓の令嬢と婚約する その1 令嬢とご対面
お姫様を助け、旅を続ける春人は今何をしているかというと。
「春人様あーん」
メイド服の二人に食事を食べさせてもらっていた。酒場で。
「さあさあ春人くん。あ~~~ん」
ウズメ改めオメガはとうとう春人達から離れなかった。
最低条件として喋り過ぎるな。寝込みを襲うな。アルファと仲良くしろ。という条件を春人より言い渡され、一緒にいられるならと承諾して今に至る。
「春人様。本日のお食事はおいしい?」
「ああ、この店のシェフはいい腕をしている」
春人達は旅の途中、そこそこの規模の街へ立ち寄った。
そこはエメラルドの国の貴族が治める街である。
この地方を治める貴族のご令嬢が、性格が変わったようにおとなしくなり、部屋から出なくなったとの話を聞き、エメラルドが春人に調査を頼んだのである。
「まったく、春人くんにお使いを頼むなんてねえ……」
「構わないさ。どうせ気ままな旅だ。通行証も貰ったことだし、しばらくこの国で遊ぶとしよう」
メイド服はアルファが興味を持ったので買った。
オメガが対抗意識を燃やして自分の分も購入。
かくしてパジャマの男と、白のメイドと黒のメイドという、異様な三人組が出来上がる。
「マスター。おさけおかわりを希望します」
「かしこまりました」
渋目の老紳士がアルファに酒を注ぐ。一つ一つの所作が様になっている。
「この料理はマスターが?」
「ええ、シェフと共にお作りしました」
「美味しかった。美味い料理に対して人間が言える最大の賛辞はそれだけだ。用件を聞こう」
エメラルドに渡された手紙を見せる。
「それはここの貴族に見せるものだろう? 酒場で見せてどうするのさ」
「問題ない。ここが待ち合わせ場所だ。まさかこんなにうまい料理を作るとは少々驚いたがな」
「セバスと申します。ここは知人の店でして、たまに手伝っているのですよ」
「あまり流行っていないようだね。料理はおいしいけれど、何が足りないのかな?」
料理は美味しく、店は広く雰囲気も良い。
治安がいいのかガラの悪い連中もほぼいない街だ。
「知名度だな。おそらく芸人もいないんだろう」
詩人や芸人が昇るであろう舞台には人がいない。物珍しさに来店する客がいないということは、つまり料理も食べる人間がいないため、噂にもならないわけだ。
「同じ大通りのお店にお客さんを取られてる。あっちはいっぱい詩人さんがいるよ」
「街の入口に近い店に全部取られてるってわけかい。もったいないねえ。こんなに美味しい料理を出す店に来ないなんて、人間はセンスが無いよまったく」
春人の見立てでは、両方の店を食べ比べれば確実に勝てるほどこの店の料理は素晴らしかった。
しかし街の入り口で旅人が奪われてしまう。おかげで最近赤字だとか。
「よかろう。久しぶりに極上の料理を味わった礼をしたい。アルファ、オメガ。軽く、あくまで軽く強引にならない程度に呼びこみをしろ」
「お客様にそのようなことは……」
「極上の料理に対するちょっとしたチップさ。この俺の話芸の全てをここに披露しよう」
そしてアルファとオメガによる呼び込みが始まる。絶世の美女・美少女である二人がメイド服で勧誘しているのだからとても目立つ。
集客率抜群ですぐに店は満席になった。
「さあさあこれから世界最高峰の話術を誇る男、ハルト・ユウキによる新感覚話芸、ラクゴが始まるよー!」
オメガの紹介で舞台に上がり正座し、居住まいを正す春人。
何が始まるのかとざわめく観客。
「無職童貞流 落語奥義――――童亭男志」
童亭男志。それは春人が親の金で、何度も足繁く通った寄席をルーツとする奥義である。
各地の寄せ巡りにより達人の技を見聞きした春人は感銘を受けた。そして有り余る時間を寄席と帰宅してからの模倣にあてた。来る日も来る日も自室と寄席を行ったり来たりの毎日は、やがて百五十ものレパートリーと達人の完全なる模倣。そこから発展させた、童貞の悲哀を込めた落語は見るものを瞬く間に虜にした。
「おあとがよろしいようで」
始めは慣れない落語に戸惑いを隠せなかった客も、やがておおいに笑い、泣き、惜しみない拍手を送る。
「さて、これで店の評判も上がるだろう。後はやってくる客次第だな」
「お疲れ様春人くん。素晴らしかったよ」
「面白かった。春人様はすごいです」
「ありがとうございます」
「礼を言われるほどじゃない。チップだと言ったはずさ。それじゃあ件の令嬢の元へ案内してくれ」
「かしこまりました」
そして一行はヴェラード家へとやって来た。
高そうな絨毯。高そうなシャンデリア。高そうなツボ。高そうな絵画。
入り口で出迎える大勢のメイド。
テンプレートをなぞり倒した貴族の屋敷である。
「これはまたコッテコテの貴族様のお屋敷だねえ。私はもっと風情がある建物が好きだよ」
「これはこれで味があるさ。そう悪くはない」
「アルファは春人様のいるおうちがいいです」
「またそうやって春人くんに好かれようとして。油断も隙もないな君は。いいかいアルファくん……」
「喧嘩するなら置いていくぞ」
春人が仲良くしろと言っても、一朝一夕で親友という訳にはいかない。
まだまだ二人は完全に打ち解けてはいないのだ。
春人を狙うもの同士なのだから仕方のない部分もある。
春人にできるのは仲良くなる切っ掛けを作るか見守るのみ。
余計な手出しはかえって溝を深めるからだ。
「こちらでございます」
数回のノックとエメラルドの客人を連れてきたというやり取りの後、扉が開く。
そこにいたのは茶色のロングヘアーの美女。年齢にして二十歳前後だろう。
いかにも高貴ですと言わんばかりのドレスに身を包む完璧な令嬢である。
「エメラルドの知人。ハルト・ユウキだ」
「アルファです」
「オメガだよ。ふむ、見事なものだね。ザ・お嬢様だ」
「初めまして。マリーナ・ヴェラードです」
スカートの両裾をつまんでのお辞儀、完全にお嬢様のそれだが不思議と嫌味になっていない。
なにか春人達に怯えるような値踏みするような視線である。
その理由の一つは彼女の立たされた境遇にある。
「よろしくお願いします」
部屋に来るまでに何人もの兵士が各々の武器に手をかけた姿勢で立っていた。
それほど警戒しなければならない危険が迫っているのだろうと、誰でも容易に推測できる。
「大丈夫。春人様は怖くない。春人様はすごい」
「すっ、すごい?」
怯えるマリーナに優しく微笑むアルファ。
彼女の笑顔は見ているものを和ませる慈愛の笑みだ。
「うん。春人様だからすごい。大丈夫」
「その通りさ。何が起きても問題ない。なぜなら春人くんだからね」
そこで初めてマリーナは、アルファとオメガが見たこともないメイドであることに気付く。デザインが違うのだ。この屋敷のメイドはロングスカートで使用人としてのメイドだ。しかしアルファとオメガのメイド服はミニスカート、所謂メイド喫茶のメイドが着る男に媚びた服である。
「…………かわいい」
「なに?」
「アルファちゃんっていうの?」
「アルファはアルファだよ」
「かわいい。よしよし、いい子ね。よーしよしよし。私を励ましてくれてありがとうね」
アルファに抱きついて優しく撫でるマリーナ。
だらしのない笑みを浮かべて撫で続ける姿は、お嬢様とはかけ離れている。
「そのままでいい。落ち着いて話せ。何があった?」
「婚約したり拒否すると隕石が落ちてみんな死ぬんです」
「落ち着けと言ったぞ」
「大丈夫。落ち着いて。春人様がいるよ」
春人のことを知らない者には、なんの慰めにもならない言葉である。
「私は疲れたから寝る。人間の話なんて興味ないからね。春人くんがいるならどうとでもなるだろう」
オメガは自分のベッド――わざわざ部屋にあるベッドより更に豪華なベッドだ――を呼び出し完全に寝る体勢だ。
「ゆっくりでいい。順番に、落ち着いて話してくれ」
「私はほんの少し先の未来を見ることが出来ます。これは我が家に伝わる特殊な力です」
「未来予知能力か」
「はい、例えば今、少し先の未来を見るとします」
マリーナはすっと目を閉じ集中する。瞼の裏は暗闇ではなく、既に五分ほど先の未来を覗いていた。そこには春人達が変わらずに存在している。
『ほう、これが未来予知か。面白い。続けろ』
「…………へ?」
驚いたマリーナは予知を解除し、目を開ける。
五分後の未来で見た春人が、こちらに話しかけてきたような気がしたからだ。
「どうしたの? おなかいたい?」
心配したアルファがマリーの顔を覗き込む。そんなアルファを心配させまいと、笑顔を作って優しい声色でアルファの頭を撫でる。
「大丈夫よ。ちょっとびくりしちゃっただけ。もう一度やるわね」
再び、今度は十分後の未来を覗く。
『なんだ、予知した先の未来から話しかけられるのは初めてか?』
今度は目を開くことはなかった。なんとなくマリーナもそんな気はしていたのだ。だが信じられなかった。春人はマリーナが特殊能力で見ている未来から話しかけている。春人の瞳は確実にマリーナを捉えているではないか。
「えぇぇ……」
開いた口が塞がらない、とはこのことである。まさか、どうやって?
マリーナの思考が疑問で埋め尽くされていく。
「なに、この俺の無職童貞流をもってすれば、この程度造作も無い」
マリーナはますます混乱した。なんだその流派は。なぜそんな流派を恥ずかしげもなく名乗れる。そもそもどうやって話しかけてきたんだ。思考が一向に纏まらない。
「ふむ、俺の力を見せつければ安心すると思ったが……刺激が強すぎたか」
「マリーナ。春人様がなにかしたの?」
「なにかっていうか、どうやっているのかさっぱりで……」
「春人様だからだよ。春人様はすごい。すごいから全部できる。なっとく」
納得できるはずがない。だがするしかない。いかに難しく考えようとも、この男の前では無意味だ。マリーナは考えることをやめた。
「ふふっ、なんだか思いつめていたのがバカみたい。ありがとう。もう考えるのはやめるわ。全てを順番にお話します。長くなってしまうかもしれませんが……」
「構わんさ。茶くらい出そう」
裂け目から自慢のティーセットを取り出し、紅茶をいれ始めた春人。
考えることをやめたマリーナには、この程度での動揺はないといっていい。
「落ち着いて話ができるよう、ハーブティーをいれた。リラックスしてくれ」
自分が飲む前に、まずマリーナの分をいれてテーブルに置く。
一応もてなしの心というものが春人にも存在しているようだ。
「ありがとうございます…………おいし」
無意識に呟いていた。火傷しないように、それでいてマリーナが好む最適な温度の紅茶をいれる。出会って間もない相手でも、無職童貞流に不可能はないのだ。
「気に入ってもらえて何よりだ」
「では、お話しいたします」
数分前とは打って変わった笑顔で、この街で起きたことを話し始めるのだった。
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