第五十八話 雷撃
(1)
一点の曇りもない秋晴れの朝。村の収穫祭は終わっておるゆえ、大きな祭り事はもうない。あとは近づく冬に備えるのみなのじゃが、子供達は底なしに浮かれておる。無理もない。これから我々が
同じ王都であっても、ウルガンは弱小国ルグレスの王都セミラとは桁の違う大都市じゃ。王宮が置かれているというだけではなく、交通や交易の要所であり、巨大な商都でもある。常に大勢の民が住まい、繁く行き交っておるゆえ、都の賑わいはセミラとは比べようがない。その上、皇太子結婚を祝う祝賀ムードで沸き返っているからの。
フィラのデザインで仕立てた晴れ着を着込んだ子供らは華やかな結婚式に同席できることを知ってはしゃいでおるが、レクト以外の女児たちはそもそもセミラにすら行ったことがない。都の賑わいというものを
「さて」
完全に屋敷を空けてもよいのだが、ペテルは騒々しいところが苦手なんじゃろう。屋敷に残ると言いよった。無理に連れて行く筋合いでもないので、ペテルに留守を預け、その間屋敷は結界で封鎖することにした。ボルムの連中とのごたごたが片付いてからは、屋敷が狙われることはついぞなかった。まあ、たかだか二、三日じゃ。難事が起こることはあるまい。
「なあ、ゾディ」
「なんじゃ」
「大丈夫かい」
「わからぬ。だが、無風では済まんだろう」
「やっぱりか……」
アラウスカの
凶兆を回避したのちに司式を行なった方が良いとビクセン公に上申したいのだが、皇太子の結婚式および立太子宣言の日時はすでに公示されておる。サクソニアの継代を粛々と進めるには、全てを予定通り執り行う必要があるのじゃ。継嗣の対外宣言。王家の力の誇示。民心把握と士気の高揚。万難を廃して国を挙げての慶事を成功させぬと、いかなビクセン公とて国をまとめられなくなる。
国外にはやましい力を行使せぬビクセン公じゃが、国内の掌握は力に頼っている。その力の
今現在。強国でありながら独立性が高く、他国を侵すことを考えぬサクソニアは地域安定の要じゃ。そこが揺らぐと、国と国との諍いがすぐに戦につながる。大勢の民が不幸だけを抱えて流浪することになる。それだけは……絶対に回避せねばならん。
「どこか、一発逆転を狙っている国があるってことかい?」
「いや、それは考えにくい。もっとも近傍にあってサクソニアに敵意を燃やすとすれば旧ボルムだが、グルク大公亡き後まだ国が粉々に割れたままじゃ。サクソニアにちょっかいを出す余裕はあるまい」
「なるほど……」
「じゃが、中はそうは行かぬ」
「この前の。ペテルの話だね」
「そう。グレアムに自分の娘を当てがい、権力に取り入りたい。そう考えておった側近は少なくないはずじゃ」
アラウスカがちっと舌打ちをした。私も同感じゃ。
国王が清くとも、臣下の者全てが清廉潔白というわけではない。むしろ逆になる。国王のもたらす厳正な気風に嫌悪を覚えておる俗物は少なくあるまい。賢王が必ずしも国家安定をもたらさぬこと。それが、王政統治の厄介なところじゃ。
「どこの馬の骨とも知らぬ女に王妃の座を横取りされれば、誰が王族に敵意を抱いても不思議ではないのだ」
「それだけじゃないだろ?」
「もちろん、ジョシュア派の巻き返しの線もある。されど、ジョシュアはまだ国に戻っておらぬ。担ぎ出す者がそこにおらねば、首謀者は動けんよ」
「でも、謀反の言い訳には使えるってことだね」
「そうじゃ」
高く晴れ渡った空に一つ溜息を放つ。
「全く異なる生き方をしてきた二人が、一緒になるのじゃ。その立場が大であれ小であれ、必ず波風は起こる。クレオとテレインの時しかり、チルプとオルデンの時しかり」
「確かに」
「そう考えるしかあるまい。ビクセン公もそれをわかっておるからこそ、婚約から結婚まで一年の期間を確保したのよ」
アラウスカの顔が、ぱっと跳ね上がった。
「そうかっ! だからかい!」
「ああ。時間をかけて根回しをした。群臣と諸外国にな。挙式は既成事実を固めるための経過儀式に過ぎぬ。すでにグレアムによる治世が始まっていると考えて良い」
「それならなおさら……」
「そう。ここに来て据えられた卓をひっくり返されると、全てが水泡と帰す。それだけは絶対に避けねばならん」
改めて念を押す。
「屋内での襲撃はあり得んじゃろ。関係者は身元を必ず確認される。それに近衛兵の腕前も忠誠心もルグレスの比ではないからな」
「やっぱり披露目の……
「そう、そこしかないじゃろう。しかも、何があっても中止という形を取らせるわけにはいかぬ。必ずや、披露目自体は成功させねばならん。きついぞ」
「わかった。備えとくね」
「護りを頼む。私は探査と排除に徹するゆえ」
「ああ」
のどかな田舎の風景を見回して、深い溜息をつく。田舎というのは刺激はないものの、襲い来る者があればすぐにわかる。大きな都は……そこがな。
◇ ◇ ◇
ウルガンに着いたあと全員でビクセン公に謁見し、招待への謝意と成婚への祝辞を捧げた。ビクセン公は私が式に出ぬことに対していささかへそを曲げておったゆえ、人払いを頼んで個別に話をすることにした。
「ビクセンどの。サクソニア建国以来最大の危機が訪れると、御覚悟召されい」
「な、なにいっ?」
その驚愕の表情を見て、思わずこめかみを押さえる。
「先に、使者を通じてご連絡差し上げたはず」
「されど、国内外に謀反や叛逆の兆しは見当たりませぬが……」
「それこそがおかしいと思いませぬか?」
ふうっと、大きな息をついて周囲を見渡す。
「世には、秩序を破壊することのみに生きがいを感じる者がおりまする。そういう連中には理屈や筋など通じませぬ。理由は全て後付け」
「ぬ……う」
「ボルムとの軋轢、ジョシュア派との関係、姻族になることを望む
黙り込んだ公に、言を足す。
「ビクセンどの。かく言う私もそうなのですよ」
「えっ?」
仰け反ったビクセン公に苦笑を乗せる。
「私は支配が大嫌いじゃ。するのもされるのも許容いたしませぬ。指図は受けぬし、誰にもしたくない。それが私。ゾディアス・リブレウスなのです」
「なるほど……」
「されど、己の力の使い方くらいは
「存じております」
「その道理も是非も解さぬものが大勢おることを、どうか頭の片隅に置いていただきたい」
しばらくじっと考え込んでいたビクセン公が、顔を上げた。
「心得ました」
ぐるりを見渡す。
「シーカーに気配を探らせておりますが、今のところ何の気配もありませぬ」
「それがしも相当数の監視兵を潜ませているので」
「ははは。それはあてになりませぬ」
「は? なぜでしょう?」
「兵が確認できるのは、見えるものだけですから」
「ぬ!」
ビクセン公の顔色が変わった。
「行進の間、私とアラウスカでビクセンどのとグレアムどの、イルミン妃を護衛いたしますが、有事の際アラウスカは護陣を張るだけで精一杯。私は、術師がおればその排除に専念いたします。生身の兵を退ける部分に精鋭を当ててくださいますよう」
「……分かり申した」
「おそらく、連中は奇襲をかけて参りましょう。それがどのような形であっても」
手にした竜鱗を術で盾に変え、ビクセン公に手渡す。
「必ず退けねばなりませぬ」
「うむ!」
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