第20話2人のフィナンシェ

【フランツの町の宿屋】


〈フィナンシェ達が入って来る〉


「だぁー疲れたー」


〈七都はなだれ込むようにフロントのカウンターへ行く〉


「あ、おじさん。部屋空いてますか?」


「何人だね?」


「えーっと、1、2、3…8人?」


「皆んな一緒で良いかね?」


「フィナンシェちゃんが居るから、それはまずいわよね」


「わたくしは構いません。皆さんと一緒の方が楽しいですもの」


「お嬢ちゃんもフィナンシェって名前かい?フィナンシェ様がお生まれになった年にちょうどうちの子も生まれてね、女房が「フィナンシェ」って名前にするって言うから、恐れ多くて「やめとけ」って言ったんだよ。でも聞かなくてね」


「フフフ」


「あの年の女の子の名前で一番人気が有ったのがフィナンシェさ」


「そうですのね?」


「(フィナンシェちゃん嬉しそうにしてるけど、バレたら大騒ぎになるね、サッサとしないと)あのー、部屋はせめて男女別が良いよね?」


「俺は一緒でも良いぜ」


「嫌よ、何言ってんの!もう、くりきんとん」


「そんじゃ、2部屋用意すれば良いかい?」


「そうだね、お願いします」


「はいよ」


【女子部屋】


「気づかれなかったね」


「ええ、フフフ」


「ハラハラしたよ」


「フィナンシェ様」


「餡先生、様はやめてください」


「ちょっと足を見せてくたさい」


「敬語は嫌です」


「はいはい、フィナンシェちゃん。ちょ〜っと足を見せてね〜」


〈見る見るフィナンシェの顔が笑顔になる〉


「はい!」


「やっぱり…豆が潰れてるわ。痛かったでしょう?どうしてすぐに言わないの」


「だって、足でまといになりたくなかったんですもの」


「消毒するわよ」


「痛っ」


「ごめんね、ちょっとしみるけど」


「大丈夫です」


「そうか、もしかして、こんなに歩いた事無かったんじゃない?」


「ええ、初めてです」


「気づいてあげられなくてごめんね」


「満さん、ありがとう。皆さんと一緒で道中楽しくて痛みを忘れてしまっていたの。でも、ここへ着いたらまた痛くなって」


「はい、精油を塗っておいたからもう大丈夫」


「ありがとうございます」


〈トントンとドアをノックする音〉


「はーい」


「失礼します。夕食は酒場にどうぞ。あいにくの日照り続きで野菜の出来が良くないんですけど、よろしかったらいらしてくださいね」


「行くニャ!」


「もしかしてフィナンシェちゃん?」


「ええ、そうです」


「だってー。フィナンシェちゃーん」


「わたくしと同じ名前ですのね、仲良くしてくださいね」


「お父ちゃんから聞きました。こちらこそです」


【酒場】


「さあ、どうぞ」


「魚ニャ!」


「野菜の出来は良く無いけど、この辺りは新鮮な魚が獲れるので、美味しい魚はたくさん有りますから」


「雨が降らねえせいで、野菜が育たねえんだな?」


「そうなの」


「光、あん時みてえに雨を降らせてやれよ」


「え?何言ってんの?くりきんとん。光が雨を降らせる?そんな事出来るわけないじゃない。アンタ、頭おかしくなったの?」


「うっせーな。ドラゴンと戦ってた時、雨を降らせて火を消したんだよ」


「まさか。偶然降って来たんじゃない?」


「光、何とか言ってやれよ」


「どのぐらい降らぬのだ?」


「もう、三月(みつき)も前からです。井戸が干上がってて、川の水を汲みに行きたくても、近頃森の中は魔物がでるから行けないの」


「え?じゃあ、魚はどこで?」


「魚が取れる辺りは魔物は少なくて、飲めるような綺麗な水はもっと奥なの」


「それは困りますわね。明日様子を見せて頂いても宜しいかしら?」


「はい、どうぞ(この人何だかとっても品が良いわね。同じ名前でも私とは大違いだわ)」


【広場】


〈翌日〉


「ここが井戸です」


〈試しに釣瓶を落とすと勢い良くカランカランと落ちて行く音がする〉


「あー、これは枯れてる音だな。ほんじゃ上げるぞ」


〈栗金団は桶を引き上げる〉


「あー、見事に干上がっちまってるな。桶の底が濡れてもいねえや」


「畑も見てください」


【畑】


「ここがうちの畑です」


〈地面はひび割れ作物は枯れている〉


「これはひどい有り様ね」


〈餡先生は心配して考え込む〉


「野菜は病気になって、食べられるのはほんの僅かです」


「病気の野菜は決して食べたりしないようにね」


「はい、気をつけてはいますけど…」


「光、雨を降らしてやれよ。あん時みてえによ」


「(しかしここでは…あの時は切羽詰まっていたからで、人前では…)」


「おい、光。何勿体ぶってんだよ?」


「くりきんとん、光にそんな事出来るわけないじゃない」


「確かあん時、光が「雨よ」とか何とか言ったんだった。そしたら本当に降り出したんだ」


「はいはい、わかったから無茶言わないの。光が困ってるじゃない」


「信じられねえのも無理はねえが、俺はこの目で見たんだ。雷だって落とせるんだぜ」


「光君、このままだと町の人が疫病なるかも知れないわ(出来るのよね、だって貴方神様なんだもの)」


「(仕方ない)」


〈光の神は空を見て両手を広げた〉


「(雲よ来い)」


〈光の神が心の中でそう言うと西の方から黒い雲が近づいて来る〉


「あれ?何だか雲行きが怪しくなって来たよ」


「雨雲かしら?」


「お願い雨を降らせて」


〈宿屋の娘フィナンシェは雲を拝んでいる。辺りは黒い雲に覆われ一気に暗くなる〉


「本当に降り出しそうね」


「(雨よ)」


〈光の神が心の中でそう言うとポツンポツンと雨粒が落ちて来た〉


「雨だよ!」


〈そして大粒の雨がザーーーッと降り始める〉


「雨だ!」


〈あちこちの建物から人々が飛び出して来た〉


「雨だぞ!」


「おーい!雨が降ってるぞ!」


「本当に光が降らせたの?まさかね」


「それが神の力?」


〈餡先生は光の神の耳元で囁いた〉


「何だって良いニャ。これで野菜が出来るニャ(神様が言いたくないなら黙ってるニャ)」


〈降りしきる雨の中人々は喜び踊っている〉


【宿屋】


「もうお立ちになるのですね」


「先を急ぐのよ。でもまた来るよね?」


「ええ、参ります。近くにはこのフランツの町しか有りませんから」


「え?いったいどちらに行かれるのですか?」


「もう少し南に行った所です」


「南に家なんか有ったかな?有るのは湖と古城ぐらいですよ」


「えっと、さあ行こう。また会えるんだしね(危ない危ない。フィナンシェちゃんが女王だってバレちゃうよ)」


【町外れ】


「あ!見えて来た!あれが古城だよね?」


「そうです」


「やっと着いたー」


「着いたってお前、城は見えててももう少し歩かねえと」


「そうだけどさ…お婆ちゃんどうしてるかな?」


「大丈夫よ。騎士隊長さんがついてるもの。全員無事に連れて来るって約束してくれたんだから」


「何か、騎士隊長さんと餡先生良い感じだったわね」


「何?満ちゃん」


「何と無くわかるの。騎士隊長さん餡先生の事好きなんじゃないかしら?」


「何言ってるの。大人をからかうものじゃないわよ」


【フランツの町】


〈夕方騎士隊と市民がゾロゾロ町に入って来る〉


「騎士隊長さん。今日はここに泊まるのかい?」


「ベッドで寝れるのか?もう野宿はたくさんだ」


「いや、古城はもう目と鼻の先だ。一休みしたらすぐに立つ(フィナンシェ様はもう城に着かれただろうか?餡どのはどうしているだろう?)」


「まあね、これだけの人数が泊まれる宿屋なんてなさそうだわよ」


【古城】


「わー良い景色。ねえ外に出てみようよ」


〈七都に言われて皆んなでバルコニーに出る〉


「このお城湖のほとりに建ってるのね」


「ここから魚が連れそうだわ」


「シイラったら」


「釣ってみるニャ」


「フィナンシェちゃん、良い?」


「構いませんよ」


「ピーちゃんのご飯釣ってくれるって。良かったわね」


「満、その子の名前ピーちゃんにしたの?」


「ピーちゃんて、インコじゃあるめえし」


「おかしい?」


「いやぁ、雛のうちはピーちゃんでもよ、でーっかくなるんだぜ」


「そしたらピーちゃんて感じしないかも?」


「良いのよね、ピーちゃん?」


「ピーピー」


「その名前が気に入っているようですわね」


「もうすっかり自分の名前だと思ってるわね。良いんじゃない?」


「餡先生まで…」


「連れたよ。はい、ピーちゃん」


「ピヨピヨ」


「喜んでる」


「ピーちゃんに決まりだニャ」


「ピー!」


「大丈夫ニャ。俺は猫にゃけどピーちゃんを食べたしないからニャ」


「ピヨ?」


「ほら、魚。半分やるニャ」


「ピヨピヨ」


「喜んでる。変なの、猫と鳥が仲良くしてる」


「猫と鳥ったって妖魔と怪鳥だろ」


「二人とも可愛いわね」


「餡先生、やめるニャ。くすぐったいニャ」


「ピヨ〜」


「お前達!ここで何をしている?!」


「え?誰?」


「(フフフ、わたくしがわからないのね)」


「勝手に城内に侵入するとは、全く何を考えている?!」


「勝手にって、フィナンシェちゃん何とか言ってよ」


「お久しぶりね、ミルフィーユ」


「お前は?いや、貴女は…もしや貴女は…」


「幼い頃はいつも泣いてわたくしの後をついて来たのに、立派な大人になった事」


「そのお声は、フィナンシェ様。何故そのような…そうか、こちらに移られる事はティラミス伯爵から聞いていたが、変装なさって来られたのか」


〈フィナンシェはカツラを取る〉


「おお!やはり、フィナンシェ姉様!」


「誰?」


「この城の管理をしてくれている、ガトー伯爵家の者です。幼い頃良く一緒に遊んだのよ」


「フィナンシェちゃん、友達居ないって言ってたのに、ちゃんと居たんじゃない」


「ええ、でも久しく会っていなかったのです」


「子供の時以来ですね」


「そうね、泣き虫ミルフィーユ。貴方がまだ五つぐらいの時でしたわね」


「ひどいです。もう私は泣いたりしませんよ」


〈笑笑〉


【フランツの町】


〈出発の準備をする騎士隊と市民達〉


「では参ろうか」


「はいはい、早く七都達に会いたいよ。猫魔にお菓子を食べさせてやりたいよ」


【宿屋】


「フィナンシェ、そろそろ良い返事を聞かせてくれたらどうなんだ?うん?」


「町長さんには奥様がいらっしゃるでしょう、どうしてそんな事を言うんですか?」


「この町一番の金持ちが、妾(めかけ)にしてやろうって言ってるんだよ。素直に言う事を聞いたらどうなんだ?」


「妾だなんて、そんな、嫌です。奥様にも申し訳ないし」


「強情な娘だね。まあ良い、出直して来る」


〈そう言うと町長は宿屋を出て行った〉


「どうしてあんなにしつこいんだろう?もう、本当に嫌」


「昔父ちゃんと母ちゃんが結婚する前にな、あの男は母ちゃんの事が好きだったんだよ」


「えーっ?本当?」


「あの頃は随分とひどい嫌がらせをされたもんだ」


「そんな事が有ったの?」


「年頃になったお前は、若い頃の母ちゃんにそっくりだからな、それで欲しがるんだろうよ」


「あんな人のお妾さんだなんて、冗談じゃないわよ」


【古城】


〈騎士隊と市民達がゾロゾロと城に入って来る〉


【庭園】


「あー、やっと着いたねー。団達はどうしてるかね?」


「あたしゃもう歩けないよ」


「千代子婆ちゃん。もう着いたんだから歩かなくたって良いよ」


「だって建物までまだだいぶ有るじゃないか」


「お婆ちゃーん」


「七都。無事だったんだね」


「うん、だって猫魔が一緒だもん。皆んな無事だよー」


〈騎士隊長は城の建物に目をやる。そこには餡先生とフィナンシェが立っていた〉


「(ご無事でしたか…お二人とも)」


【フランツの宿屋】


「借金全額払えないなら、証文通りこの宿屋は私が貰うよ」


「待て、町長。借金て何の事だ?」


「お父ちゃん、ごめんなさい」


「お母ちゃん?」


「私が借りたのよ」


「借りたってお前…」


「だって、経営が苦しかったでしょう?」


「お前が工面するって言って…まさかこいつに?!」


「こいつ呼ばわりはやめてくれないかね」


「よりによってこいつに借りるだなんて、何考えてんだよ」


「まあ、借金はフィナンシェを差し出せば待ってやっても良いがね」


「何だって?!冗談じゃない!」


「それじゃあ明日まで待ってやるから、耳を揃えて返すんだね」


「明日って、そんな無茶苦茶な」

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