第12話悲しみの中で
【療養所】
〈診察室で精油などを袋に詰め込んでいる光の神〉
「小倉杏ちゃん怒ってたわよ。だって貴方と決着付ける為によその村の代表になったんだもの」
「済まないと思っている」
「まあ、仕方ないわよね。じゃ、そろそろ行くわよ」
【王宮フィナンシェ姫の部屋】
「(あの方がご無事で本当に良かった…いいえ、いけない。皆んなが無事で良かったのだわ)」
「失礼致します。姫様、越野餡様をお連れし致しました」
「お通ししてください」
〈フィナンシェ姫の胸が高鳴る〉
「(あの方も来てくださったかしら?)」
「どうぞお入りください」
「失礼致します」
〈餡先生が入って来る〉
「良く来てくださいました」
〈餡先生の後ろを見るフィナンシェ〉
「光君、早くいらっしゃい」
「只今参る」
〈大きな荷物を持って光の神が入って来る〉
「まあ、大変な荷物です事」
「精油やらクリスタルやら入ってるんです」
「フー…」
〈フーっと息を吐いて荷物を下ろす光の神と猫魔〉
「それにしてもあの時は大変だったニャ」
「ええ、皆さんご無事で何よりです」
「あの祈祷師から奴の臭いがしたのニャ。奴の魂が人間界に来てるニャ。またあの時みたいに大変な事になるニャ」
「猫魔さん、もう少し詳しく聞かせてくださいますか?あの時とは?」
〈餡先生は会話を聞いていないようで遠くを見て何か物思う〉
「え?あの神々が降りていらした時代ですか?」
「あの時は人間達が滅びると思ったニャ」
「言い伝えでは一人の人間が招いた事と」
「あの魔道士ニャ」
「ええ、その魔道士の魂が本当に?」
「餡先生?」
「さっきから何を気にしてるのニャ?」
〈静かに瞳を閉じる餡先生〉
「霊視か」
〈餡先生は霊視をしてしばらくすると目を開けて戸口に向かう〉
「騎士隊長さん、お願いが有るの」
「いかが致した?」
「私を陛下の…国王陛下のお部屋に連れて行ってください」
〈瞳を潤ませて訴える餡先生に少し驚く騎士隊長〉
「わ、わかった。参られよ」
「フィナンシェ姫様、少しお待ちくださいね」
「ええ…」
〈餡先生と騎士隊長が部屋を出て行く。何かを察したようで、誰もが口を噤む〉
「(お父様の具合が良くないの…少しでも生きていてほしいと思うのは、わたくしのわがままなのかしら?苦しむお父様を…陛下を楽にして差し上げた方が…でも…でもやっぱり生きていてほしい)」
【国王の部屋】
「う…うぅ…」
〈餡先生が国王の手を取ると国王は薄らと目を開ける〉
「そなた…は…来てくれた…のか…」
「ヒーリングしますので、少しお休みください」
「済まぬ…な…」
〈そう言うと国王は目を閉じた。瞳を潤ませながらヒーリングする餡先生。荒い息をしていた国王の呼吸が少しずつ静かになる〉
「(おそばに居て差し上げたい。その時まで…最期のその瞬間までそばに居て、少しでも痛みを和らげて差し上げたい)」
「そなた…名は何と…申した?」
「餡です。越野餡と申します」
「餡…フィナンシェを…姫を頼む…」
「はい」
〈目を潤ませながら頷く餡先生〉
「(フィナンシェ姫は私達でお護りします。必ず。必ず)」
「眠られたようだな」
「ええ…」
「もう良いか?」
「もう少し、もう少しだけ」
「…構わんよ」
「ありがとう…」
〈餡先生の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる〉
【フィナンシェ姫の部屋】
「あー、にゃんニャか腹減ったニャ」
「まあ、猫魔さんたら」
「(良かったニャ、フィナンシェちゃんちょっとだけ笑ったのニャ)」
「お待たせしました。さあ、始めましょうか」
〈言いながら餡先生が早足に入って来る〉
「ええ、お願いします」
【猫茶屋】
「あぁん、もう!私もお城に行きたかった」
「しょうがないだろう、猫まんまが付いて行っちまって、猫の手も借りたいぐらい忙しいんだからね。文句言わないで手伝いな」
「はーい(あぁん、月に一度の検診の日は私もお城に行っても良いって、フィナンシェちゃんが言ったのにー)」
「ニャー」
「ミミ、猫の手も借りたいぐらい忙しいのよ。ご飯ちょっと待ってね」
【療養所】
〈数日後。棚を整理する餡先生と光の神〉
「これはここにに置いて良いのかな?」
「うーん、良く使う精油は私の手の届く所に置いてね。いつもいつも光君に取ってもらえないでしょう?」
「承知した」
「これは、こっちね」
「た、た、た、大変だ!」
〈杵が息を切らして入って来る〉
「どうしたの杵さん。誰か怪我人?」
「怪我人どころじゃねえよ、し、し、し、死んじまったんだよ」
「えーっ?どうして早く連れて来ないの!」
「連れて来れるもんなら連れて来るさ」
「どういう事?」
「こ、こ、国王が、国王が死んじまった」
「え?今何て?」
「だから国王が」
「何て言ったの?何て?」
〈泣きながら聞き返す餡先生を抱き締める光の神〉
「崩御…されたのだ」
【王宮】
「姫様、いえ女王陛下。御即位おめでとうございます」
「おめでとうですって?ついさっきお父様が亡くなったのよ」
「も、申し訳ございません。ですが、戴冠の準備を」
「(父を亡くしたというのに、わたくしにはお別れを悲しむ時間も無いのですね…)一人になりたい」
「姫様」
「一人にさせて」
「ですが時間が」
「お願い一人に(いいえ、そばに…居てほしい…誰か…誰か…こんな時そばに居てほしいのは…そばに居てほしいのは…ハッ?!)」
〈光の神の姿が浮かぶ。一瞬驚き見開くフィナンシェ姫〉
「(あの方なのね…何故?何故懐かしいのかしら?遠い昔から知っていたような…こんな時、何故貴方はそばに居てくださらないの?)」
〈そして戴冠式が行われ貴族達が挨拶に訪れた。その中にはあのザッハトルテ公爵の一族も居た。薄ら笑いを浮かべながらフィナンシェを見るザッハトルテ公爵〉
「(フフフ、ハハハ、女王だと?小娘が。まあ良い。いずれその玉座から引きずり下ろしてくれるわ。その玉座に座るは、私のような者こそ相応しいというものだ」
【バルコニー】
〈新女王フィナンシェが国民の前に姿を現す〉
「わー!」
「キャー!」
「フィナンシェ様!」
「女王陛下万歳!!」
〈庭園からバルコニーのフィナンシェを見ている七都、満、シイラ達〉
【庭園】
「フィナンシェちゃん女王様になっちゃったね」
「もうフィナンシェちゃんなんて呼べないわね」
「そうそうお城も抜け出せないだろうし」
「女王様だもん、もう一人で街になんか来ないよ」
「じゃあもうフィナンシェちゃんとは会えないの?私の魚料理食べにマルシェにも来ないのかな?」
「しょうがないよ。女王様になっちゃったんだもん、もう私達となんて遊んでくれないよ」
「あら、そんな寂しい事を言わないで」
「フィナンシェちゃん!」
「オッホン。陛下参りますぞ」
「もう、嫌な爺」
〈侍従長に促されて七都達に小さく手を振り去って行く女王フィナンシェ。七都達と少し離れた所に居る光の神と猫魔。そばを通るフィナンシェの胸が高鳴る〉
「(あの方が微笑んでくださった。懐かしい微笑み。懐かしい…何故かしら?前に餡さんが「魂が感じるのよ」って言っていたわね…感じるのかしら?わたくしの魂。光さんは神様だって、猫魔さんが…本当なの?)」
「姫様、いえ女王陛下。お急ぎください」
「(地上に降りられた神々…そのお一人は光の神。猫魔さんが言っていた事は本当なの?あの方が光の神?そして人間として生まれて苦しむ人々を助けられたの。あの言い伝えの…)」
「陛下。晩餐会のお時間です」
「ええ、参りましょう」
【ブリのマルシェ】
「昨日の晩餐会でウチの魚達はどんな料理になったのかな?」
「そりゃ宮廷料理人が作るんだ、お前の料理とは比べものにならないぐらい豪華な料理になっただろうよ」
「フィナンシェ姫、じゃなかった。女王陛下は私の料理を「美味しい」って食べてくれたもん」
「お前何言ってんだ?まさかそんな事が有るわけないだろ」
「本当に食べてくれたんだもん。私の料理が食べたくてお城を抜け出して来てくれたんだもん」
「夢でも見たんじゃないか?それとも変なもんでも食ったか?」
「本当だもん。フィナンシェちゃんは私のイワシ団子が好きなんだもん」
「シイラさん」
「あ!フィ、フィ…」
「へい、いらっしゃい!」
「(来てくれたんだ、女王様になっても来てくれた)」
「おいシイラ。何ボサッとしてんだ?へい、お嬢さん、何しましょう?今日はカニの良いのが入ったんでね、どうです?」
「お父さんは黙ってて」
「シイラさんのお父様ですの?」
「お、お父様?俺が?こいつの親父ですけどね、お父様なんてそんな良いもんじゃ、ハハハ」
「もう、あっち行っててよ」
「イサキちゃん、ちょいと来とくれよ」
「ほら、真希おばちゃんが呼んでるよ」
「イサキちゃん」
「何だよ?海苔巻き。ちゃんはよせっていつも言ってるだろ?」
「あんただって。あたしゃ海苔巻きじゃなくて森真希だよ」
〈なんだかんだ言いながら森真希の所へ行くイサキ〉
「ふフフフ、何だか七都さんと栗金団さんみたいね」
「あの二人も幼馴染み。真希おばちゃんとウチのお父さんも幼馴染みなのよ」
「そうなのね。幼馴染みって良いものですね」
「そんな事より、良くお城を抜け出せたね。女王様になっちゃったから、もうここには来てくれないと思ったよ」
「どうしてそのように思うのです?」
「だって、姫様がここに来るんだって大変な事なのに女王様だよ。それに前より忙しいんじゃない?」
「ええ、確かに忙しいですけれど、それでもここへは来ます。ここへ来ればお友達に会えますもの」
「お城の中に友達は居ないって言ってたよね。じゃあ幼馴染みは?」
「居りません」
「そっか、ちょっと寂しいね。でもさ、私も七都も満も友達だからね」
「俺も居るニャ」
「猫まんま来たね。はい、魚取っといたよ」
「ありがとニャ。フィナンシェちゃん、俺も友達ニャ」
「二人共ありがとう」
「でもさ、フィナンシェちゃんのお父さん、国王陛下が亡くなったんだもん、服喪中じゃない。街に出て来ちゃって大丈夫?」
「城の中は息が詰まるの」
「そうか、そうだよね。まあさ、ここに居る間は楽しんで行きなよ」
〈マルシェの通路を光の神と満が店を見ながら歩いている〉
「満」
「なぁに?」
「欲しい物は有るか?」
「欲しい物?」
「何か買ってやりたいのだが」
「え?どうしちゃったの?お兄ちゃん。熱でも有るんじゃない?」
「熱など無いよ」
「じゃあ、雨でも降るんじゃないかしら」
「この着物はどうだ?」
「良いわよ、着物は高いもの」
「では髪飾りは?」
「そうね…」
「誕生日なのだから、遠慮はいらんよ」
「あ、そうだった。今日私誕生日だったのね。忙しくて忘れてたわ。お兄ちゃん良く覚えてたわね。前はプレゼントなんてくれた事無かったのに」
「(餡先生が教えてくれたのは黙っておこう)」
「いらっしゃい。何をお探しで?」
「この子に似合いそうな髪飾りは有りますか?」
「可愛いお嬢さんだから、何だって似合いそうですよ。そうだな…この辺りのはどうです?」
「満。どっちが良い?」
「どっちも素敵ね」
「好きな方を選ぶと良い」
「お兄ちゃんが選んで」
「え?自分の好きな物が良いのでは?」
「お兄ちゃんが選んでくれた方が嬉しいの」
「しかしなぁ」
「お客さん、女心って奴ですよ」
「そんな物なのか?」
「そんな物です」
「では、こちらを貰おう」
「毎度!」
「本当に私が選んで良かったのかな?」
「お待ちどうさま」
〈光の神は品物を受け取り満に渡す〉
「ありがとう」
〈大事そうに胸に抱えて微笑む満〉
「(嬉しい!お兄ちゃんが私の為に髪飾りを買ってくれたの。私の為に選んでくれたの。ずっとずっと大切にするわ)」
【シイラの魚屋】
「あれ?満じゃない?光も一緒だ」
「えっ?」
〈光の姿を見つけフィナンシェの胸が高鳴る。そして同時に切なくなる〉
「(とっても仲が良いのね、妹さんと…血は繋がていないと聞いているけれど…)」
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