第6話身分なんて

【ハポネ村】


〈餡達が村に戻って数日後〉


「何だか最近観光客が増えたな」


「村には温泉も有るけど、今までは村のもんしか入らんかったがな」


「どこも凄い人だね」


「七都、急がないと」


〈人混みをかき分けて歩く七都達〉


「猫魔も、呑気に羊羹なんか食べてないで、行くわよ」


「わかったニャ、旨旨」


【療養所】


〈大勢の患者が順番を待っている〉


「今日はどうしてこんなに患者が多いのかしら?」


「餡先生「療養所が猫の手も借りたいぐらい忙しい」って聞いて、手伝いに来たよ」


「ありがとう七都ちゃん。ここお願い」


「私は、何をすれば良いですか?」


「満ちゃんは、臼さんの包帯を取り替えてあげて」


「はい。臼さん、腰の具合はどうですか?」


「どうにもこうにも、立ち仕事は腰が痛いねえ」


「餡先生。猫の手で良いなら俺の手を貸すニャ」


「あら猫まんまちゃん、助かるわ。じゃあトリアージお願い」


「鳥鯵?俺はどっも好きにゃニャ」


「食べ物の事じゃなくて、患者さんの治療の優先順序を選別するのよ」


「満ちゃん良く知ってるわね。臼さんの包帯が終わったら、猫まんまちゃんと一緒にお願いね」


〈療養所の外迄患者が並んでいる〉


「俺の番はまだなのか?」


「私は、北の山を越えて来たんだよ」


「満ちゃん、どうしたんだ?この混みようは…?」


「今日は朝からずっとこうなんですって。餡先生一人で大変だったみたい」


「杵さんはもう治りかけだから、緑色で良いニャ」


「そうね」


「後でまた来るかな?女房が来てるはずなんだが」


「臼さんなら、もう治療は終わりましたよ」


「どけ!道を開けろ!」


「キャ」


〈従者が満を突き飛ばす。倒れ込む満の先に居たのは赤ん坊を抱いた女性だった〉


「まあ、赤ちゃん…ひどい熱だわ」


〈赤い顔をしてぐったりしている赤ん坊〉


「この赤ん坊は、赤い色にするニャ」


「何をしている?!そこを通せ!」


「急病人ですか?」


「伯爵様がおいでだ。そんな汚いガキは放っといて案内しろ」


「そちらの方ですね?」


「その人は緑色ニャ。俺がやっておくから、満は赤ん坊を連れて行くニャ」


「猫魔ちゃん一人で大丈夫?」


「俺は大丈夫ニャ。そんな事より赤ん坊が心配ニャ、早く行くニャ」


「ええ、そうね。お母さんどうぞ」


「は、はい」


〈満は赤ん坊を抱いた女性を奥に連れて行く〉


「おい、そこの化け猫!あんなガキを先に行かせやがって!すぐに伯爵様を通せ!」


「あの子は赤い色で、緊急性が有るニャ」


「では、私のこの色は何なのだ?」


「緑色は一番症状が軽くて、場合によっては帰ってもらう事も有るニャ」


「私は伯爵の身分だが、このような小さな汚い療養所へわざわざ来てやったのだぞ。フィナンシェ姫を治療した医者が居ると聞いたのでな」


「そういう事ね。ええ、こんな小さな汚い療養所で、 ご立派な貴族様を診察させていただいては申し訳有りませんわ。どうぞ、とっとと街の立派な病院へお行きください」


「お前が医者か?私に楯突いてただで済むと思うなよ」


「ここはハポネ村よ。そして療養所。身分なんて関係有りませんわ。お引き取りください」


「おのれ、もう我慢出来ん!手討ちにしてくれるわ!」


「俺が相手ににゃるぜ」


「貴族でしょう?決闘でもします?」


「望むところだ。お前がやれ」


「承知しました」


「猫まんまちゃんお願い、軽~くたたんじゃって頂戴」


「任せろニャ」


「俺がそんな化け猫に負けるかよ!」


「あら、猫魔君は物の怪を退治したのよ」


「化け猫が物の怪を倒しただと?笑わせるな!」


「猫まんまちゃん、わかってる?手加減するのよ。死なない程度にね」


〈軽くウィンクする餡〉


「わかったニャ。ここは療養所、患者さんが一杯ニャ。外に出るニャ」


【療養所の庭】


〈睨み合う猫魔と従者〉


「では、始める!」


「お待ちなさい」


「ひ、姫様」


「決闘でこの方に勝てるとも思えませんわね」


「こ、こにょ方?」


「し、しかし、ここの者どもは平民の分際で無礼を働きましたので」


「ここはハポネ村。昔から神の国として特別な場所です。ここで身分を振り翳すのはどうでしょう?」


「は、はあ…」


「こいつが、この前「心当たりが有る」って言ってた奴なにょか?」


「違います。もっと身分の高い者です」


〈フィナンシェ姫は小声で答えた〉


【療養所の中】


〈猫魔達が戻って来る〉


「まだ大勢患者さんが居るニャ」


「突然訪問してしまって、ご迷惑でしたわね」


【奥の部屋】


「待たせて悪いニャ」


「いいえ、お気になさらないで」


「お待たせ致しました。フィナンシェ姫様がこんな所にお越しくださるなんて…」


「私一人で参るつもりでしたが、姫様がどうしてもと仰るので」


〈辺りを見回すフィナンシェ姫。光の神が入って来る〉


「本日参りましたのは、越野餡どのにフィナンシェ姫様付きの医師として王宮に上がって頂きたく」


「ちょ、ちょっと待ってください。私の身分でそれは」


「ですから、バロネスの爵位を、光どのにはバロンの爵位を与えようという事になりました」


「何故私も?」


「お2人には王宮に移り住んで頂き、姫様の健康管理をして頂きたいのです」


「ご辞退…申し上げます」


「越野どの!」


「何故です?」


「貴族の身分は堅苦しくて嫌だわ。ね、光君」


「私もそう思う。それに、餡先生が居なくなればこの村の人達が困るでしょう」


「では、お願いです。月に一度で良いのです。城に顔を出してください」


「うーん…何の為に?」


「姫様の健康診断という事で、引き受けてはもらえませぬか。こう見えて、一度言い出したら聞きませんので」


「爺」


「はあ…何卒、何卒…」


【宮中】


〈数日後〉


「餡さんと光さん、本当に来てくださるかしら?」


「月に一度という事で渋々引き受けてくれましたので。渋々ですぞ、渋々」


「まだ半月も先なのね、待ち遠しいわ」


【厨房】


〈食材が運ばれて来る〉


「えっと…ここで良いのかな?お父さんにもっと良く聞いて来れば良かった」


〈恐る恐る中に入る〉


「魚屋ですけど…って、誰も居ないか。ここに置いて帰って良いのかな?生物だし、どうしよう?いつも鯛やヒラメばっかりだよね。イワシやアジも美味しいのに」


「まあ、それはどんなお魚ですの?」


「青魚で…って!」


〈振り返ってびっくり!!〉


「フィ、フィ、フィ」


「ごめんなさいね、驚かせてしまって」


「フィナンシェ姫様が、な、何でこんな所に?」


〈興味津々でニコニコのフィナンシェ姫がそこには立って居た〉


「時々城の中をお散歩するのよ」


「そ、そうなんですか」


「宜しければ、色々お話しを聞かせてほしいのですけど」


「え?あ、よ、宜しいです。はい。でも、私が知ってる事なんて魚の事ぐらいで、面白い話しなんて出来ませんけど」


「先程のイワシと言うお魚のお話しを、もう少し詳しく聞かせて頂けるかしら?」


「青魚で傷みやすいから、刺身なら新鮮なうちにすぐに食べた方が美味しいです。これは取れ取れでないと生臭いですからね」


「まあ、そうなんですのね」


「うちじゃあ、良くイワシ団子を作るんです。ごぼうと生姜を入れてね、出し汁で煮るんですけど、これがまた美味しいんです」


「まあ、どんな物かしら?食べてみたいわ」


「良くマルシェでランチの時間に食べるんですよ。いらしたらご馳走しますよ。そんな物で良かったらいつでも」


「まあ、本当ですか?」


「はい!(って、姫様がマルシェにいらっしゃるわけないか)」


【フィナンシェ姫の部屋】


「(確か、フェスティバルの時に侍女達が着る衣装がとこかに有るはずだわ)」


【ブリの港のマルシェ】


「真希おばちゃん。ごぼう有る?」


「有るよ、良いのが」


「あはっ、一本ちょうだい。それと生姜も」


「あいよ、これはオマケ」


「ありがとう」


「シイラちゃん、親父さんの具合はどう?」


「ちょっと風邪をこじらせただけだから、すぐに治るわよ」


「アタシらの年になるとね、風邪もバカに出来ないんだよ」


「もう熱も下がったから大丈夫」


「そうかい。それなら良いけど」


【フィナンシェ姫の部屋】


「姫様、御座いました。この様な物をどうなさるのです?」


「借りても良いかしら?」


「どうぞ。もう使いませんので」


「ありがとう!フフフ」


【ブリのマルシェ】


「良い匂いがして来たねえ。シイラちゃんのイワシ団子は、街一番だからね」


「お母さん直伝だから。おばちゃんの分も有るわよ」


「ありがとよ」


〈マルシェの通路を一人の少女がキョロキョロしながら歩いて来る〉


「(お魚屋さんは、どこかしら?)」


〈遊び人風の男がぶつかって来る〉


「おっと、ごめんよ」


「ああっ」


「チッ(何だハンカチか。この娘財布も持っていやがらねえのかよ)」


〈懐に入れた手で盗んた物の感触を確かめるスリ。その腕を掴む手〉


「何しやがんでい!」


「盗んだ物を返すニャ」


「な、何のこった?」


「大丈夫?」


〈少女を助け起こす七都〉


「ありがとう」


〈逃げようとするスリの腕を捻りあげる猫魔〉


「痛てててて、放しやがれ!」


「これは何ニャ?」


「うっ、し、知らねえな」


「あ、あれはお母様の形見のハンカチ」


「こ、これは、ひ、拾ったんでい」


「嘘言わないで。猫魔、懲らしめてやって」


「ほらよ。返せば良いんなろ?返せば」


〈ハンカチを投げるスリ。飛び付いて掴む猫魔。その隙にスリは逃げてしまう〉


「あ!逃げた!猫魔ったら、何で放すのよ!?」


「ごめんニャ。大事なハンカチだと思ったのニャ」


「ありがとう、猫魔さん。とっても大切な物なの」


〈ハンカチを少女に渡す猫魔〉


「クンクン…この匂い、覚えが有るニャ」


「猫魔、そんなに女の子の匂いを嗅いだら失礼だよ」


「フィナンシェ姫と同じ匂いニャ」


「え?」


〈少女の顔を覗き込む猫魔と七都〉


「あ…」


「でも、目の色が違うニャ」


「そうだよね、姫様がお付きも連れないでこんなとこ居るはず無いもんね」


「良い匂いがするニャ」


「今度は何?」


「魚の匂いニャ」


「え?魚屋は、もっとずっと先だよ」


「行ってみるニャ」


「あの、わたくしも連れて行って頂けませんか?」


「良いよ、行こ」


【シイラの魚屋】


〈鍋の料理が湯気を立ててグツグツと煮えている。とても良い匂い〉


「美味しくなあれ、美味しくなあれ。さあて、もうすぐ出来るわよ」


「旨そうニャ」


「本当、良い匂いだね」


「でしょ、でしょう。出来たら食べて行く?」


「良いにょか?」


「これが先日お話しを聞かせてくれた、イワシ団子と言うお料理ですの?」


〈キョトンとしているシイラ〉


「お魚の、元の姿はどれですか?」


「これだけど…先日の話しって?(お城でフィナンシェ姫様にそんな話しをしたけど…)」


「まあ、可愛いお魚ですのね」


「二人は知り合いだったのか」


「まさか、フィ、フィ」


「ごめんなさい、言いそびれてしまって。わたくしフィナンシェです」


「フィナンシェって、まさか、本当にフィナンシェ姫様?私ったらとんだご無礼を」


〈慌てて深々と頭を下げる七都〉


「やめてください。先程のようにお友達のようにお話ししてほしいの。ですから黙っていたかったのですけれど、わたくし嘘は嫌いですから申しました」


「で、でもフィナンシェ姫様の瞳はブルーで、髪は綺麗金髪のロング」


「これはかつらです。目には色の付いたレンズを入れています」


「やっぱりニャ、俺の鼻は確かニャ」


「でも、姫様がお城を抜け出したりしたら、今頃大騒ぎなんじゃない?」


「大丈夫、部屋に居なければ城の中を散歩していると思うでしょう」


「この前は厨房にいらしたし」


「一人で城を出たのは初めてですけれど、ワクワクします」


「姫様は、街に出られる事は無いの?」


「フィナンシェと呼んでくださいな」


「さ、さすがにそれは」


「今だけは、身分を忘れたいのです。城から出られるのは公務の時ぐらいなの。こんなふうに同じ年頃の方々とお話し出来る機会は滅多に無いのです」


「退屈なのニャ」


「ええ、とっても」

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