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 九月の初めにリハーサルがあった。土曜日の午後だ。いつもなら練習なんだけど、この日はそういうわけにもいかなかった。

 文化祭ライブのセットリストっていうか、出演表は先生たちのほうで勝手に決められてる。トップバッターは合唱部で、そのあと吹奏楽部だとか、ダンス部とかがつづく。で、アタシたちは第一軽音部アイツらのあと。ちなみにアタシたちのあとは、盆踊りかなにかをやる地域ボランティア団体らしい。盆踊りの前座って、やる気なくしたけど。でも、アイツらの後ってのはいい感じだった。

 新生第一軽音部をみたのは、実はこの日がはじめてだった。でも、正直あいつらの格好は金太郎アメみたいだった。きれいに詰め襟を着て、エピフォンのリヴィエラと、それからヘフナーのバイオリン・ベースが並んでる。アタシは一目見たとき、ため息が出ちゃった。なんだ、去年と一緒じゃんって、そう思った。

 それからアタシたちの出番。

 リハーサルって言っても、場所とかの確認だけだから、大したもんじゃない。ギターもアンプにつながないし。とりあえずどんな風に進めるかをチェックするだけ。

 アタシたちがステージに上がると、そこはちゃんと舞台ステージになっていた。背中にマーシャルのアンプが並ぶ予定。いまはないけど、本番のときはアタシのレスポールとつながって、最高の音を出してくれる――ハズ。

 ステージに立ったとき、アタシは妙な緊張感を覚えた。

 中央にエレン。しっかりとしたマイクを持って立っている。アタシの隣にはクリスがリッケンバッカーを構えて、後ろでは真哉がダルそうにしてた。ドラムセットは運び込まれてないから、やることがないのだ。

 そんな締まりのないアタシたちの様子を、先生たちが下から見上げていた。先生を見下ろすのは気分が良かったけど、でも見つめられるのはあんましいい気がしなかった。特に馬場先生なんて、すっごい鋭い目つきでアタシを見てた。ソレもそのハズ。だって馬場先生はあの軽音部の顧問なんだし。

 先生はしばらくアタシをにらみつけてた。そして、それからアタシに言った。

「試しに何か弾いてみてくれないか?」

「え? アンプつながってないですよ?」

「生音でいい。何を演奏する予定なんだ?」

 ――ああ、これヤバい。

 アタシたちは、意図的にセットリストについて話してなかった。というのも、椎名先生から直々に「あんまり激しい、反社会的な曲をやると、教育委員会とか、職員会議でややこしいことになるからやめてね」と言われてたからだ。だから、言ってなかった。

 じゃあ、実際のとこ何をやる予定だったかって?

 まず一曲目をニルヴァーナの「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」でガツンと決める。それで、次がニューオーダーで「セレモニー」。最後に夏休みのあいだ練習した「ラヴ・ウィル・テア・アス・アパート」でしめる。そのつもり。

 ただ問題は、あの先生たちが許してくれるのかっていうことだ。

 むかし、真哉のお兄さんがバンドを組んだときは、物わかりのいい先生がいて、その人が全部取りはからってくれたらしい。でも、アタシたちにそんな頼れる人はいない。椎名先生は……理解はあるけど、二言目には「面倒なことは起こさないでね」だから。まあ、あの人も暗黙の了解みたいなとこがあるんだけどさ。去年のゲリラライブとか。

 でも、馬場先生はどうなの?

 アタシは冷や汗だらだら。何やったらいいか分からなくって、呆然と立ち尽くしていた。

「どうしました? どういう曲を、どれくらいやる予定ですか? 予定の発表時間は二十分ほどなんですが」

「えっと……」

 目が泳ぐ。

 体育館の隅っこには、椎名先生がいた。先生は口パクで何か言ってたけど、アタシは読唇術とかできないし。何言ってるかさっぱりだった。

「えっと……言わなきゃダメですか」

「時間を決める都合上、知りたいです」

 ああ、ダメだ。馬場先生ってば目をつり上げたまま。この人もめっぽう音楽に詳しいから、わざわざツッコんでくるだろうね。アタシたちが軽音部のマネゴトしてるのが気にくわないのよ、きっと。

 だからアタシ、ここで強引なアドリブをした。とりあえず、知っているビートルズのリフを弾いてみたの。「ヘルター・スケルタ」のイントロ。あそこ、すっごいカンタンだし、スライドの練習になるから。

「……えっと、こんな感じです……?」

「そうですか」

 すると馬場先生、ちょっと表情をほころばせた。

 バカめって、アタシは思った。

 やっぱりアタシって、ウソつくのがうまいかもね。


     *


 九月末。文化祭のはじまりは去年と同じだった。朝、バンッ! バンッ! って花火が鳴る。それが文化祭決行の合図。そしてアタシにとっては、終わりへのカウントダウンでもあった。

 朝、アタシはギグバックを背に家を出た。そして、校門前でみんなと待ち合わせていた。雰囲気としては、去年と一緒だったと思う。あのときの感覚を、アタシたちはまだ持ち続けていた。ただ自分たちのやりたいことがしたいっていう。あの感じ。

「おはよ。みんな、今日はがんばろうね」

 アタシは開口一番そう言ったんだけど、思えばアタシらしからぬセリフだったと思う。たぶん「これで最後だ」って思いが、アタシを揺れ動かしていたんだと思う。

「ああ。今度こそクソ兄貴を越えてやる」

 真哉がカバンからはみ出たドラムスティックをつかみながら言った。まるで刀でも抜こうとするみたいに。

「うまくいく……よね?」

「大丈夫、ですよ」

 エレンとクリス。今年から同じクラスの二人は、すっかり見違えるほど明るくなっていた。

 クリスって、小学生の時はアタシしか友達っていう友達がいなくて、いつもアタシの後ばっかりついて来てた。でも、もう違う。

 エレンもそうだ。自分は他人と違うと言って、縮こまってた彼女は、もうどこにもいない。

「やろう、最高のライブを」

 言い換えれば、最後のライブを。

 でも、そのことはまだアタシしか知らなかった。


 体育館でのステージ発表が始まるのは午後一時から。午前中は開会式で、それが終わったら大急ぎで設営準備。で、やっと一時からスタートという段取りだ。

 アタシたちはいちおう「部活」って名目でクラスの準備を抜け出し、午前中はステージ設営を手伝った。吹奏楽部のために台座を用意したりとか。譜面台を運んできたりとかね。音楽室と体育館の行き来は、距離があるから大変だった。

 もう涼しくなったっていうのに、汗だくだく。準備が終わるころには、もうお昼。そしてお昼が過ぎれば、あとは出番を待つのみとなっていた。


 昼食は控え室で食べた。教室は出し物に使われてるから、その代わりに多目的教室が控え室。二年生の半分ぐらいがそこに集まって、机を寄せ合ってお弁当を食べていた。

 で、アタシはよりにもよってアイツと二人きりで食べていた。森真哉アイツと机をつきあわせて、弁当を食べることになったのだ。

 しかたない。だってクリスとエレンの控え室は別だっていうんだから……。

 アイツのお弁当は大きめのおにぎりに唐揚げ。それからミニトマトとかレタスの入ったサラダに、パスタなんかも入ってた。

 一方アタシのお弁当はと言えば、お母さんってば最後の文化祭だって張り切っちゃって、いわゆるキャラ弁? みたいなヤツになってた。ご飯の上に音符みたいに切り取ったノリがのせてあった。のりたまと一緒に。アタシ、五線譜なんて読めないんだけどね。

「それ美味そうだな、一個くれよ」

 って、真哉がアタシのソーセージを箸でさした。

「こら、行儀悪い。交換だったらいいけど」

「じゃ、ブロッコリーと交換」

「肉と野菜じゃぜんぜん等価交換じゃないと思うんだけど。唐揚げとなら交換してあげる」

「ケチ」

「それはアンタでしょ」

 言って、アタシは早々にソーセージを頬張った。アイツに見せつけるように。アホ面でアタシを見るアイツ、ほんとにおもしろかった。

 そうしてお昼を食べ終えたんだけど。

 ……アタシ、ようやく勇気を振り絞った。教室はいつも以上に人が多くて騒がしかったし、文化祭ってお祭り騒ぎ感がいろんなことを許してくれるように思えたから。

 お弁当を食べ終えて、タッパーを片づけるアイツに、アタシは言った。

「ねえ、真哉」

「ああ、んだよ? とっとと体育館行くぜ」

「うん。……あのさ、ライブのあとさ。ちょっと、アンタに話があるんだ」

「話? んだよ、いまさら隠し事を白状するのか?」

「隠し事って?」

「てめえが何か黙ってるってことぐらい、こっちはお見通しだったんだよ。根本もホワイトにもバレてたんだぜ。だけどオレたちは、てめえに任せて黙ってたんだ」

 ――マジ? やっぱアタシ、ウソつくの下手くそだったか……。

「で、なんだよ今更」

「うん。……ライブのあと話すよ」

「いまじゃダメなのか?」

「ライブの後って言ったのがわかんないの?」

「へいへい」

 アイツはそう言って、ふらふらと教室を出てった。

 ……だって、教室のど真ん中で告白なんてできるわけないじゃん。

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