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神様は本当にイジワルだと思う。
月曜日と土曜日は、例によって練習をする。だから朝のあいだに楽器を第二音楽室に持ち込んでおくんだけど、ここ数日、やけにアイツとはち合わせる。
アタシがギターを置いて、二年生の教室へ向かう途中で、何の因果か必ず出くわすのだ。真哉と。
アイツ、去年の今頃まで不登校だったくせに。ここ最近やけに早く学校に来る。それで、ちょうどよく廊下でアタシとはち合わせる。二階の、北校舎と南校舎をつなぐ渡り廊下。人気のないそこで、いつも。
「よう」
って、アイツはいつものようにあいさつする。
アタシは黙って――正確には小声であいさつ返してるんだけど、アイツには聞こえてない――教室へ向けて歩き出す。するとアイツはアタシの隣について、カバンをブラブラさせながらついてくるのだ。そしてアタシたちは二人で教室へ向かう。
それから、授業中も隣同士。休み時間はアイツから話しかけてくるし、それに部活のあとの帰りも一緒。
これが最低でも毎週二回はあるのだ。おかげでアタシたちは、クラス内でカップルのような扱いを受けていた。それについて真哉は、
「バカ言え、誰がこんなヤツと」
って、顔を真っ赤にして言い返していた。
それが本音なのか照れ隠しなのかはわからないけど、アタシはちょっぴりうれしかった。なんか、ほら、アイツって素直じゃないから。きっと虚勢張ってるだけだって、アタシ思っちゃったのね。
*
文化祭の出展申し込みはゴールデンウィーク前まで。アタシたちストレイ・キトゥンズは、なんとか〆切ギリギリで提出してクリア。これで文化祭ライブっていう目標の第一段階に一歩近づいた。
五月一日と二日は学校だった。休みは三日から。最大九連休だのなんだのってテレビは騒いでたけど、中学はフツーにあるし。お父さんも仕事だし。アタシにはイマイチ休みって感じがなかった。
四月末から妙に暑くなってて、うちでも扇風機が回り始めていた。アタシの部屋にも扇風機はある。ずーっと、風にむかって「あー!」って叫んだりしてた。
ゴールデンウィークは、みんななんだかんだで忙しい。エレンなんて、イギリスに行ってくるんだって。おばあちゃんちに行くとか。アタシはお土産にニューオーダーがアルバムを撮った橋の写真を頼んだ。でも、遠いから無理そうって言われちゃった。お土産は何か別のモノ探してくるってさ。
クリスもクリスで、旅行に行くとかなんとか。真哉は知らない。家でドラムでも叩いてんのかな?
で、アタシは休み中なにしてるのかって言ったら、かなり大変なことになってた。
憲法記念日。エレンがロンドンへ着いて、クリスが新幹線に乗って、真哉が相変わらず電子ドラムを叩いているだろうころ。その日、めずらしく南家は外食だった。それも、奮発して焼き肉ときたもんだ。
「ゴールデンウィークだし、久々にうまいもんでも食いに行くか!」ってのがお父さんの言い分。
だけどアタシには、その都合の良さの裏に何かがあるって分かっていた。で、案の定そのイヤな予感は的中した。
鉄板の上でハラミとカルビが焼け始めて、その煙を真上の換気扇が吸い上げていく。タレのあまい香り。アタシはビビンバを食べていて、隣ではお母さんがホルモンの具合をみていた。
「奏純、実は話があるんだ」
突然、お父さんが焼けたホルモンを取りながら言った。
なんとなく予感していたアタシは、驚きもせず、ビビンバを頬張りながらうなずいた。
「転勤の日にちが決まった。九月だ」
「……九月の何日」
すぐにスプーンをおいた。コチュジャンがくっついてたけど、気にしなかった。
「九月いっぱいだ。すまないが、それが限界だって言われた。……十月からは、長野へ引っ越すことになる。実はもう引っ越しの準備も進めている」
「学校は……?」
「向こうの中学への転校の準備を進めてる。お母さんがやってくれてるよ」
「いまの中学には、いつまでいられるの?」
「九月いっぱい、だと思う」
「そう……」
九月いっぱい。
それは、文化祭が終わったらもうすぐ転校っていうことを表していた。好都合なのか、なんなのか。アタシはなんとなく文化祭でストレイ・キトゥンズが終わってしまうような気がしていた。その予感が、的中したってことだ。どちらにせよ、九月いっぱいであのバンドは終わらせなくちゃいけない……。
「わかった」
「いいのか、奏純?」
「うん。もう決まったことなんでしょ? だったら、しのごの言ってもしょうがないし」
「……そうだな。ごめんな、奏純」
「お父さんが謝ることじゃないでしょ?」
アタシはそう言って、ビビンバをまた頬張った。
お父さんは「もっと食え」って言って、焼けたカルビをはじからアタシにくれた。
*
アタシって、意外とウソつくのがうまいみたい。転校するってことは、けっきょく椎名先生にしか話さなかった。っていうか、転校の都合上学校にはバレちゃうんだけどさ。
三者面談のとき、アタシはこのことはみんなには黙ってほしいって言った。みんなってのは、クラスメートや学年全体含めたみんなのこと。ちょっとでもウワサになって、バンドのみんなにバレたらイヤだったから。
それでアタシはウソを突き通したってわけ。ずっと、夏休みすぎまで。ずーっとウソをついてた。アタシはこのままこの中学にいて、みんなでバンドやって、文化祭出て、そのあとコンテストにも出て、それで卒業しようって。そういうノリで過ごしてきた。そうしていると、自分自身「転校するんだ」って感じがうすくなるし。多少は気分も楽になった。
誰もウソに気づかなかった。誰一人として、アタシのことを心配するような様子はなかった。それがうれしかった。いなくなるって言ったら、みんな必要以上に気つかうでしょ? アタシ、ああいうのだいっキライだからさ。
夏はあっという間に過ぎていった。
いや、「あ」以外にもいろいろ言ってたけど。でも、光陰矢の如しってヤツ。夏は練習したり、練習したりで、いつの間にか終わっていた。課題帳は例によってクリスに見せてもらったし、英語の試験はエレン頼み。真哉は「赤点でもいいし」とか言って、結局ホントに赤点取ってたっけな。
ミンミンゼミが大合唱を始めたころ、アタシたちのバンドは一周年を迎えた。そしてヒグラシが鳴き始めたころ、夏休みは終わって、文化祭の時期が訪れた。
冬の終わりは別れの季節で、春は出会いの季節ってよく言うけど。でもアタシにとっては、夏の終わりがサヨナラの季節だった。夏の終わりに、アタシはすべてにお別れをしなくちゃいけない。
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