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結局、ブラック・バードの演奏が終わってから、アタシたちはすぐにスタジオを出た。なんというか、これ以上アタシたちはここにいちゃいけない気がしたのだ。彼らのためにも、アタシたちのためにも。
卒業式でふぬけた顔をしていれば、先生から喝を入れられるもの。「三年生の晴れ舞台に、なにやってるんだ!」って具合に。それと同じ。アタシたちみたいなのは、この場にいちゃいけない。ここは、アタシたちみたいな無関係な人間がいちゃいけない場所なんだって……。そう思ったから。
スタジオを出たとき、トリを飾る「クイーン・ビッチ」の面々が音出しを始めていた。甲高いシンセサイザーの音と、ストラトのクランチ・サウンドが響いている。
アタシはそれを背に、みんなを引き連れて外に出た。
それから帰りは、行きと一緒。二十分くらいかけて駅まで歩いて。そこから最寄り駅まで電車の旅。電車は空いていた。まだ三時とか、そのぐらいだったし。
誰もアタシが出て行ったことについて聞かなかったし、話そうともしなかった。みんなそれでよかったんだ、ていう顔をしていた。で、その代わりに他愛もない世間話をした。
「そういえば奏純ちゃん、春休み帳は終わったの?」
って、隣の席に座るクリス。
いや、話題それしかないんかい! って思ったけど、彼女の言うことはもっとも。
「……なんにも手つけてない」
「じゃあ勉強会、する?」
「……お願いします」
「英語なら、ワタシ、教えます」
エレンもそう言ってくれた。まったく心強いけどさ。
でも、アタシの関心は二人にはいってなかった。アタシたち女子三人が座る前で、吊革にぶら下がっている男子。真哉は、脱力したみたいにブラブラしながら、唇を尖らせている。
アイツ、アタシたちの会話に割って入ろうとしなかった。まあ、女子の会話に入りにくいってのは、わかる気がするけど。でも、コイツだってバンドのメンバーなワケだし。
アタシには、どうして真哉が隣に座ってくれないのか分からなかった。電車はがら空きだし。アタシの右隣は、ちゃんとアンタのために空けてあるのよ。なのに、どうして座んないで、突っ立ったまま、黙ってるわけ?
「じゃあ、来週の火曜日……私の家で、大丈夫かな?」
いつのまにか勉強会の日取りが決まっていた。
アタシは適当にうなずいたけど、でも視線は真哉のほうを向いていた。
そしてその瞬間、真哉がアタシを見た。アタシ、すぐに目をそらした。でも、アイツにはバレてたと思う。アタシが、アイツを見つめてたって……。
――待って、アタシってば何考えてんの? やっぱりアタシ、アイツのこと男子として好きなわけ?
*
駅から家まで、アタシは久々にクリスと二人で帰った。小学生だったときみたいに。
「奏純ちゃん、三年生のライブ……どうだった?」
交差点で信号待ちをくらったとき、不意にクリスが問うた。
「どうって、どういうこと?」
「だから……なんていうか……好きか、嫌いか。奏純ちゃん、軽音部の人たち、目の敵にしてたから。私はよくわからなかったけど……」
「目の敵にしていたっていうか、純粋に音楽の方向性が違ってただけよ。……アタシは、学校で習うみたいに練習したり、演奏したくなかったってだけ。自分のやり方でやりたかったの。……今日のライブさ、まるで卒業式の合唱みたいじゃなかった?」
「……そう、かな?」
「少なくとも、アタシにとってはそうだったの」
この感覚、もしかしてアタシにしかわかんないのかな?
アタシがどうして軽音部に入らなかったのか。どうして自分でバンド組んで、部活にしたのか。それはたぶん、『ロックンロール』を学校っていう型に押し込めてほしくなかったからだ。先生や先輩教わって練習して、卒業式みたいに発表して。そんなふうに音楽をしたくなかったから。自分のやり方で、自分が好きな人たちに近づきたかった。……それを分かってくれたのは、たぶんストレイ・キトゥンズのなかでも、真哉だけだったと思う。
――アイツ、今日のライブを見て何を思ったんだろう。
アタシはそんなことを考えて、ぼーっとしていた。クリスの話は頭に入ってこなくて、結局覚えてたのは「来週火曜に勉強会」って話だけだった。
いろんな迷いを抱えたまま、アタシは家に戻ってきた。日曜だからお父さんもお母さんもいたんだけど、でも、なんか二人とも変な雰囲気だった。
食卓を挟んで、二人が座っていた。お父さんがコーヒー、お母さんが煎餅をかじっている。でも二人とも、なんだかスポンジでも食べているような目をしていた。
「……ただいま。どうしての、二人とも?」
アタシがそう言うと、お母さんが重いため息をついた。それから煎餅を口に放り込むと、黙って席を立った。
「私からは言えないわ。お父さんから聞きなさい。奏純、よく聞くのよ」
「え、なに? なんの話?」
直感的になにかヤバい話なんだって思った。
お母さんは、逃げるみたいにリビングを出ていった。それで、アタシとお父さんだけになった。
アタシは呆然と立ち尽くしていた。
お父さんは、黙ってコーヒーをすすった。
「……奏純」と渋い声。
「うん、なに?」
「お前に相談があるんだ。というよりも、聞いてもらわなくちゃいけないことがある」
「なに? まさかアタシは捨て子で、実は二人の子供じゃないとか?」
「マンガの読みすぎだ。そんなことはない」
「じゃあ……離婚するとか?」
「それもない」
「じゃあ、なんなの?」
アタシがそう問うと、お父さんはまた黙ってコーヒーを飲んだ。そしてコーヒーとタバコ臭い息を吐いた。
「……あのな、奏純。仕事の都合でこの町を出て行くことになるかもしれないんだ」
「どういうこと?」
「違う県の営業所に回されることになった。……って、言ってわかるか? つまりな、奏純。お前には、転校してもらうことになるかもしれないんだ」
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