5
部活動に入るか否か。
悩んでいるだけで、もう何週間も過ぎていた。あっという間にオリエンテーションの時期は過ぎて、授業も本格的に始まって、部活も一年生をまじえて本格的に始まったようだ。
でも、アタシだけはくすぶったままだった。
部活動の入部希望届は、ゴールデンウィーク前が〆切になっている。つまり、四月末までに出さないといけない。アタシはなんだかんだで、その提出を引っ張り続けていた。もう部活の練習はどこも始まっているというのに……。
四月末、ちょうど今日が〆切の日。アタシは白紙の希望届をファイルに挟んで登校した。
クリスとは、いつも通学路の途中で合流する。学校へ続く交差点がアタシたちの待ち合わせ場所だった。
その日、アタシは学校指定のカバンともう一つ、大きな荷物を背負っていた。ギグバックに押し込まれたレスポール。アタシのギターだ。
そんなアタシの姿を見たとき、クリスは驚いていた。といっても、クリスも背中にベースを担いでいたものだから、アタシも驚いたのだけど。
待ち合わせはいつも信号前のガードレールのところ。まだ学校が始まるまで時間があったから、アタシたちはいったんそこで立ち止まった。
「いくつか聞きたいことがあるんだけどさ。まず一つ、ベース背負ってるってことは、クリスってば軽音部に入るの?」
「……うん。先輩たちもやさしいし、ちょっと興味湧いてきたかなって……?」
「
「あのって、一つしかないと思うんだけど」
どうやらアタシの言いたいことは、クリスにはわかってないらしい。どうにも本当の意味が理解できるのは、あの森って男子しかいないみたいだ。
「そういう奏純ちゃんだって、ギター持ってきてるし……。見学以降来てないけど、やっぱり入るんでしょ……?」
「それは、いや、その……」
「……違うの?」
か細い声で、上目遣いでクリスは尋ねた。その迫るような声色に、アタシは思わず身じろぎ。でも、答えなかった。言っても、たぶんクリスには分からないだろうから。
「ともかく、それはいいとして。クリス、アンタ今日何曜日かわかってる?」
「何曜日って……? あ、そっか……」
「そうよ。ウチの学校、月曜と土曜は部活ないんでしょうが。なんでベース持ってきてんのよ」
「えっと、勘違い……してた。持ってくるの明日だ……」
「だろうと思った」
アタシがそう言ったとき、信号機が赤から青に変わった。しけた電子音が鳴って、歩行者なんてアタシたち二人しかいないのに、ご立派にもスクランブル式信号機が動き出す。
アタシはクリスが呆然とするのを無視して、ギター担いで学校へ向かった。クリスはしばらくして、半歩遅れてアタシを追ってきた。
「ちょ、ちょっと待って、奏純ちゃん! だったらなんて奏純ちゃんはギター持ってるの!?」
「それは放課後まで内緒よ」
背中にギターの重さ。アタシはしかとそれを確かめながら、一歩一歩かみしめるように学校に向かった。
月曜の放課後に部活はない。
そう定めたのは、県の偉い人らしい。前はふつうにあったのだけれど、子供の勉学の促進やら、教師の負担軽減やら、いろんな口実をつけて部活を減らしていった。初めは朝練がなくなって、去年からは月曜もなくなった。土曜の半ドンのあとだってそうだ。
といっても、すべての部活が完全に休みというわけでもない。熱血な野球部連中は、甲子園に向けて走り込みを続けているし、武道場からは柔道部のバッタンバッタンという音がいつまでも聞こえてくるぐらいだ。
しかし、少なくともあの軽音部は違った。あそこだけは、きっちりと休みなのだ。すなわち――その日、第二音楽室は空いているということ。アタシのねらいはそれだった。
放課後前、帰りの学活でアタシは突然、先生に名前を呼ばれた。
「ああ、そうだ。南さん、君、入部希望届出てないって聞いたんだけど、軽音部の馬場先生にはちゃんと出しましたか? 〆切は今日までですが――」
驚いた。
先生は、初日にアタシが言ったことを覚えていたのだ。しかもそれをチェックしていたらしい。アタシは、なんだか先生に申し訳ない気分になった。
学活中、クラスじゅうの注目を集めながら、アタシは答えた。
「大丈夫です」とだけ。
すると先生も納得したように、他の連絡事項を言い始めた。よもや先生に気遣われているとは、思っても見なかった。
でも、その気遣いは無用だ。
今日の日直があいさつをして一日を締めたとき、アタシは次の一手を考えていた。
月曜の放課後は、見事に教室から人がいなくなる。部活に行く男子もいないし、女子グループはどこかへ遊びに行こうと、連れだって行ってしまう。すでに女子のあいだではいくつかのグループは形成されていて、それで遊びに出かけるらしい。アタシは決まったどこかには留まってはいなかったけど――アウトサイダーというよりは、渡り鳥みたいな感じ――でもお互いに近寄りがたい雰囲気にはなりつつあった。
そんななか、グループから比較的はずれたアタシとクリスだけが、教室に残っていた。手には学生カバン、背中には長いギグバッグを背負って。
「……それで、どうするの……奏純ちゃん……これから……?」
「アタシね、いろいろ考えたんだけどさ、もう一つ軽音部を作るしかないと思ったんだ」
「も、もう一つ……!?」
クリスが細い声色の中に驚嘆の思いを露わにした。
アタシはそれにうなずいて、
「そう、第二軽音部。でも、第二ってのはあくまでも仮称。むしろこっちこそ第一、オリジナルなんだってぐらいの気概でやるような部活。部活動って、最低で四人の部員と顧問の印鑑があれば発足申請できるらしいの」
「じゃ、じゃあ……作るの?」
「そう。というわけで、クリスも手伝ってくれるよね?」
「い、いや……私は……」
「あの軽音部に入りたい? それとも、合唱部? 文芸部?」
「いや、その……」
「まあいいわ。とりあえずついてきてよ。アタシ、考えがあるの」
アタシは行ってカバンをひょいっと持ち上げると、ギグバッグを背に教室を出た。向かう先は北校舎、第二音楽室だった。
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