第十二章 Conclusion(2) 予防線

***


「俺が目指す終着点は」


 地図アプリを眺めつつ、ヒロはぽつりと呟く。

 ふたりは電車を乗り継ぎ、鎌倉某所へやって来た。昨日まで滞在していた駅中心部からは大きく外れ、閑静な住宅街の中にいる。時々妙に背の高い建物があるかと思えば、それらはいずれも某メーカーが所有する工場らしい。


「イリヤが言う通り、今回の件はおおむね警察に任せたほうがいいと思っている。人がふたり死んでいるのも、『白梅』の件も。……やっぱり体調を崩すと駄目だな。イリヤ、面倒をかけて悪かった」

「いいよ、そんなの」

 イリヤは淡々とした口調で返す。「俺のためにしようとしたことだろ。それを怒るつもりはないよ」


 君のそういうところは嫌いじゃない、とヒロは微かに苦笑して見せた。


「しかしながら、俺はひとつだけを張っておく必要があると思っている」

「予防線?」


 イリヤが尋ねると、ヒロはゆっくりと頷く。


「考えてもみなよ。今回の件が『アブエオナ』に絡む話だとすると、一時でも組織に関わりのあった君に飛び火する可能性が高い。まして君が……ええと、」


「パイデス」


「そう、それだ。君がその『選ばれた子供』だと言うのなら、遠坂の人物像から君を連想する人物がいるかもしれない。そうなると、君が言う『平穏に暮らしたい』という望みすら叶わなくなる。俺が目指す今回の終着点は、『他の誰もが君へ手出しできないようにする』ことだ。それ以上のことはするつもりがない」


「要するに、今のうちに裏から手を回そうとしているということだね」

「そういうこと」


 そのために、とヒロは足を止めた。

 地図アプリに記されたランドマークと真正面に現れた長大な建物を見比べ、場所に間違いがないことを確認すると、スマートフォンを鞄に押し込める。


「着いたよ。今日の目的地はここだ」


 イリヤはきょとんとした。

 どうやらそこはなんらかの工場らしい。正門に佇むだけで、その奥に広がる高さのある古めかしい建物がいくつも並んでいるのが見て取れる。


 しかしながらイリヤにはその場所に覚えなどなどなかった。

 社名だけはぼんやりと聞いたことがある。確か精密機器を取り扱う会社であり、それに付随して合成宝石のパーツも作っていたはずだ。しかし、イリヤはこの会社と取引をしたことがなかったし、この場所を訪れることでヒロが言う『終着点』に到達することが本当にできるのかまったくもって想像がつかないでいる。


 ヒロ・ショーライの思考は時々自分の想像をはるかに超えてゆく。

 今回もそのパターンである可能性は否めない。


「そこで待っていてくれる」


 ヒロは正門の守衛に話しかけると、なにやら交渉を始めている。こういう時、イリヤが役に立つことはほとんどない。そのため、大人しく一歩下がりその光景を見守ることにした。


 守衛がどこかへ電話をかけ始める。なにやら深刻そうな面持ちでいたが、すぐにその返事がもらえたらしい。守衛が受話器を置くと、二人分のゲストカードを発行した。


「五号館三階へどうぞ」

「ありがとうございます」


 ヒロはゲストカードを受け取り、そのうちのひとつをイリヤへ渡す。


「これ、首にかけておいて。なくさないでね」

「うん」


 それにしても、と思う。

 この男の人脈は本当に恐ろしい。自身も彼もそういう少し変わった職種ではあるけれど、普通に生きていたら到底お目にかかることのないような人物に対し気軽に約束を取り付けており、気づけば大型案件を獲得している、ということもしばしばである。いつぞやの金城の件もそのパターンだ。そういう意味では、ヒロは自分の能力と立ち位置を非常によく分かっている。


 そんなことを考えていたら、突如現れた柱にぶつかりそうになった。


「イリヤ」

 それに気づいた浩がイリヤの手を引く。「今の君は距離感が分からないんだから、なるべくそばを離れないようにして」

「そうする。ありがとう」

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