代筆屋さん
尾岡れき@猫部
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──前略。この度恋文を代筆させて頂く2年B組の大原櫻です。今回は1年C組の前田康平君の想いを貴女に伝えたく筆をとらせて頂きました。
こんな書き出しから、私の仕事は始まる。なんの気無しに、友達のラブレターの代筆から始まったのだが、あれやこれやと恋の神様と噂がたち、ついたアダ名は代筆屋さん。そう周囲から言われた割には、浮いた話が無い自分に苦笑いしてしまう。
──前田君が貴女に出会ったのは、6月。雨のバス停での事でした。憶えてますか? 彼は私にその事を本当に嬉しそうに語ってくれました。傘を忘れた前田君に、差し出してくれた傘。貴女にとっては何気ない気遣いだったんでしょうが、人見知りの前田君には、貴女が見せてくれた優しさが本当に嬉しかったと語ってくれました。多分、彼にとっての一目惚れだったんでしょうね。
ペンをゆっくり、依頼人が語った想いを元に書き進めていく。決して綺麗な字では無いと自分で思う。だからこそ、依頼してくれた人たちの気持ちを大事に書きたい、と思う。それがせめて、文芸部所属の私にできるせめてもの事と思っている。
──彼はあの日、貴女に『ありがとう』が言えないまま、気持ちをしまいこんでいました。何も言わずに自分の中にしまっておこうと思ったけれど、2度目、貴女と言葉をかわす機会を得たのです。それが一昨日の雨の日、傘を忘れた貴女に声をかけた前田君へ向けて、貴女は「ありがとう」と微笑んで一緒に帰ってくれたんですってね。前田君は、それが本当に嬉しかったと言っていました。
便箋に書き綴った文字に乱れがないか、バランスはどうか? チェックし、再度書き進める。
──だから、貴女に有難うと、それ以上の告白をしたいそうです。聞くだけでも前田君に機会を与えてくれませんか? よろしければ、明日の授業終了後、あのバス停では待たせてください、とのことでした。彼は、バスの最終便まで待つそうです。お返事、彼へ返して頂けたら幸いです。貴重なお時間を有難うございました。
草々。
ペンを置く。封筒にしまい、後は【彼女】の靴入れに入れておくだけ。まだ間に合うはず。
と、文芸部の部室の戸が開かれた。
「大原、帰れるか?」
ぶっきらぼうに声をかけたのは、同級生の西谷涼君だった。
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