届かないラブレター 〜羽のない貴方へ〜

サバチー

届かないラブレター 〜羽のない貴方へ〜

拝啓


寒さの中にも春の足音が聞こえてきます。

貴方はお元気に過ごしているでしょうか。

変わらず、元気に振舞っているのでしょうか。

私も変わりもなく過ごしています。


さて、この度お手紙させていただいたのは⋯

お手紙させていただいたのは、何故でしょうね。

それは私にもわかりません。

この手紙もきっと貴方の元へは届かないでしょう。

いいや、絶対に届きません。

それでもこうやって言葉を綴っているのはきっともって私のエゴです。

だから、もし、貴方にこの言葉が届いても、もし、貴方にこの言葉が届かなくたって構わないのかも知れません。

貴方にこの言葉が届かないからこそ書き綴れるのかも知れません。


私と貴方が知り合ったのはいつのことだったか覚えているでしょうか?

それは私たちが小学生のとき。

仲良くなったきっかけはほんの些細なことでした。

あれは確か移動教室のときです。

貴方は放送室から妙な音が聞こえる、と私に言ってきたのでした。

「放送室から「ものものもの」と聞こえる」と訳の分からない事を言った貴方を笑ったことを今でも覚えています。

それから偶に話すようになり、少し仲が良くなり、そして私たちは中学生になりました。


学区が同じ私たちは同じ中学校へ入学し(まあ小学校の同級生半分がそうなのだけど)、そして同じクラスになりました。

口下手な私は進学してもそこまで会話する回数が増えた訳では無いけれど、クラスの女子の中では一番貴方と話しました。

学校での合唱祭で私が指揮者、貴方が奏者をやったこと、ハッキリと覚えています。

あの時は2人ともクラスのみんなをまとめることが出来ず大変でしたね。

合唱祭当日、結局私たちは何の賞も取れませんでした。

貴方は悔し涙を流していましたね。

だけど、賞は取れなかったけどみんな貴方の演奏を、私たちのクラスの歌を褒めていたんですよ。

貴方は気づいていたでしょうか?


そして、中学生の頃、私は丁度俗に言われる厨二病真っ盛りでした(今もあまり変わっていないけど)。

とにかくまわりと違うことがしたいという年頃だったのです。

私は変な企画をしたり、歌ったり、踊ったり、とにかく色んなことをしていました。

クラスでは三軍だったのに目立つことばかりしていました。

最初のうち貴方はその企画などに喜んで参加してくれていましたね。

それを通して仲良くなっていくのがとても嬉しく感じていました。

私が体調不良で学校を休みがちになったときも心配の連絡をくれていました。

きっと私は貴方のことが好きだったのでしょう。


そしてそんなことを続けているうちに私たちはあっという間に三年生になりました。

受験シーズンでも私は全く代わりありませんでした。

しかし、そのときあの事件が起こったのです。

事件と言っても全面的に私が悪いのですが。

丁度その時は私が学校の一軍の人たちと揉めていた時でした。

普段通り友達と下ネタを話していたのが彼らの耳に入り、あいつは最低だと噂が流れ始めたのです。

いま考えれば「だからどうした。」という感じなのですが、時期は多感な中学生の頃。

さらに貴方は、一軍にいた男のことが好きだったのです。

スクールカーストのトップとボトム、それからどうなったかは想像するまでもありません。

思い込みでもなんでもなく、事実、私は貴方に嫌われてしまいました。

初恋は叶わない、なんていうけれど、あんな終わり方をするなんて思いもよりませんでした。

きっと他にも理由があるのかもしれないけど。

当時の僕にはとても大きな衝撃でした。

好きな人に思いが届けられないどころか、友達ですらなくなってしまったのです。

貴方から最後に来たメールは今でも保存してあります。

そして、私が貴方に最後に送ったメールも。

私はすこしでも出来る限りしっかり生きようとその時決めました。


そして私は高校生になりました。

私は市内の中堅校へ、貴方は進学校へ。

もう、顔を見ることすらできません。

高校生になった私は、まともになろうと頑張りました。

口下手も中学生の頃に比べると幾分マシになり、友達も沢山出来ました。

委員長をやったり、部活の応援団長をやったり、文化祭の責任者をやったり、それでも真っ当じゃないかもしれないけど、中学の頃に比べると著しい変化を見せました。

貴方にも見せたかったくらいに。

それを見せることが出来ないように、私も貴方が高校でどんな変化をしたか見ることが出来ませんでした。

そんな高校生活はあっという間に過ぎて、私は大学に進学しました。


未だ貴方がどうしているかも知らずに、さらに数年が過ぎました。

すると、小学生の頃からの友人に貴方の噂を聞いたのです。

貴方も無事、大学へ進学することができ、そして今、音楽活動をしていると。

私は堪らず、気づいた時にはその名前をインターネットで検索していました。

そこに言葉はいりませんでした。

身体中に電撃が走りました。

陰鬱なギターの音に陰鬱な歌詞。

画面の中には羽のない天使のような貴方が歌声をあげていました。

嫌悪感はありませんでした。

魂。

魂の叫び。

それを私は感じ取りました。

この歌が好きだ、そう思いました。

曲を何曲か聞いているうちに、貴方のブログへたどり着きました。

そこに書かれている言葉に私は戦慄しました。

自分が誰にも好かれない、生きている意味がわからない、男に遊ばれている。

そんなことが日常的に書かれていました。

その中でも目を張ったのは「私の歌は誰にも届かない」「歌うのをやめたい」という言葉でした。

歌で世界を変える。

それは歌で他人の心を動かすことです。

ならば、だとすれば貴方は既に世界を変えているではありませんか。

私の心を動かしているではありませんか。

貴方の歌はれっきと誰かに届いているではありませんか。

私はとても切なくなりました。

貴方の歌をどんな人がどんなふうに聞いてどんなことを言っているかは知りません。

だけれど、私のように、見知らぬ誰かが貴方の歌に感動しているということも絶対にあると思います。

届かなかったのは貴方の歌ではなく、届いたものの声でした。

私は貴方にこのことを伝えたくて仕方がありませんでした。

私は貴方の歌が好きだ、と。

ただ一言そう伝えたいと思いました。

慰めでも慈悲でもなくそう思いました。

でもきっとこれが冒頭で言ったエゴだったのでしょう。

結局私たちは一言も会話をすることなく、お互いの声は当然のように届きませんでした。

貴方は「私は世界を変えられない」と思い続け、私は「私は世界を変えられない」と実感する結果になってしまいました。

そうして貴方はインターネットにあがっていた歌を殆ど削除し、私は貴方の近況を知る方法が再び噂だけになってしまいました。

羽のない貴方はまた自分の枷に縛られてしまいました。

羽の生えない私は空中でもがき続けるしかありませんでした。


それでも私は貴方の噂をまだ耳にします。

貴方はまだ歌い続けていると。

それは何故でしょうか。

私の声が届いたから?

私以外の誰かの声が届いたから?

多分どちらも違うでしょうね。

きっと貴方は歌が好きだから歌い続けるのです。

貴方にはそれしかないから歌い続けるのです。

だから私はそんな貴方へもう1度、今1度、しつこいくらいに伝えたいからこの手紙を書いたのです。

魂の篭った歌だから、歌が好きだから。

だからそのまま歌い続ければいいのです。

結果なんて気にする必要はありません。

貴方は歌が好きだから歌い続ける、私は貴方の歌が好きだから応援し続ける。

それでいいと思うのです。

貴方の、私の、見えない羽はそこにあると思うのです。

届かない声はそこにい続けると思うのです。

この届かないラブレターと共に私は貴方を応援し続けます。

この小さな世界を変えた貴方を。


春の訪れを待ちわびながら、お互い元気に過ごしましょう。


敬具


某年某月某日

私から

貴方へ

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届かないラブレター 〜羽のない貴方へ〜 サバチー @sabachi38

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