南北の海峡 零部

伊東椋

第1話 日本分断

 日本の対米戦は意外な形で終息を迎えた。

 日本は連合国と対等な立場で戦争の講和に成功し、1944年、連合国との間で正式に協定が結ばれた。

 米国を中心とする連合国軍に本土を蹂躙されると言う最悪の展開を回避した日本であったが、予期せぬ結末が日本を襲った。

 想定外の早さで連合国と和解してしまった日本に対し、領土的野心を抱いていたソビエト連邦独裁者スターリンは、日本領だった樺太や満州、千島列島などに侵攻を開始した。

 武装解除の段階にあった各地の日本軍は、当初は国籍不明の敵軍に攻撃され、混乱しているうちに撃破された。

 独自の判断で手放した武器を再び手に取り、抵抗を試みた所もあったが、やがて圧倒的な物量を前に無念にも降伏した。

 維新以降、血と汗を流しながら必死の思いで獲得した日本の権益を、ソ連は容赦なく奪い取った。

 だが、彼――スターリンは、それだけでは満足しなかった。

 その野望は、日本列島にまで及んでいた。

 彼の欲望を満たす尖兵として北海道に上陸したソ連軍を前に、日本軍は歯が立たなかった。

 しかしこの横暴なやり方を、許さない国もあった。

 ソ連の行いに業を煮やした米国が、日本海に機動部隊を集結させる事でソ連軍をけん制。さすがのスターリンも米国との全面戦争を望まなかったのか、ここでようやく停戦の提案を呑んだ。

 しかし北海道の北半分が戦闘終結後もソ連軍の占領下に置かれ、後に社会主義国である日本人民共和国が独立。日本は南北に分断されてしまった。

 留萌~釧路を境界線として激しく対立していた南北日本は、1950年6月、北日本軍の侵攻により、遂に開戦の火蓋が切って落とされた。

 北海道戦争。北側からは祖国解放戦争と呼ばれる戦争の始まりである。




 党のため、祖国のために血を流せ。

 命を惜しまず、勇敢に戦って敵を殺せ。

 さすれば我らの願いは叶う。

 人民よ、進め。

 敵を蹂躙せよ、前進せよ。

 すべては党のために。

 全人民の母のために。





 勇ましく流れる党歌がラジオから流れてくる。戦意高揚のために、旭川から流れてくる電波のほとんどには党歌や軍歌が流されている。トラックの荷台の上に揺られながら、東岾正美上級兵士は三八式小銃を腕に抱いたまま目を覚ました。

 所狭しと積まれた積荷と、身を寄せ合うようにして眠る人民軍の兵士たち。その顔触れは東岾と同世代の少年たちが占めていた。積荷に含まれる彼らの武器は、大陸で斃れた――あるいは敗走した――日本軍の置き土産がほとんどだった。

 今の共和国は全人民が一丸となって戦わねばならないと言う空気が充満している。怒涛の勢いで南侵が進む中、強硬な抵抗を見せる南日本軍との戦いは熾烈さを増すばかりで、開戦以来、徴兵年齢も随分と下げられた。

 東岾は満15歳。家族は母と弟たちだけだ。父は先の大戦で、戦死した。学校を卒業後は女手一つで子供たちを育てる母の手助けをしようと考えていたが、戦争が彼の人生を変えた。結局、自分も父と同じような形で人生を終えてしまうかもしれない。ただ一つ違うのは、父よりずっと若い年で死ぬ事か。

 「(いや……生きて、帰らないと……)」

 胸元から、首から下げた御守りを取り出す。出征する際に、母から貰った御守り。母や弟たちを残して、一人で死ぬわけにはいかない。

 「……米帝の手先共め、地獄に堕ちろ……」

 「―――!」

 仲間の寝言に、東岾はびくりと驚く。慌てて御守りを胸元の奥に戻す。見渡してみると、自分以外に起きている者はまだ居ない。

 布で被された窓を、そっと覗いてみる。外は既に朝日が昇っており、どこまでも続く緑の平原が広がっていた。

 東岾たちが乗っているトラックは、北日本軍が侵攻する札幌へと向かっている。札幌は道内一の都市であり、北海道における南日本軍の前線司令部がある。道央の拠点である札幌を陥落させられれば、北日本は更に優位に立つ。札幌陥落は、今の北日本にとって最優先事項だ。

 「(こんな広い大地……。日本全土となると、一体戦争はいつ終わるんだか……)」

 自分はそれまで生き残っていられるだろうか。

 日本列島は小さくて狭いと聞いたが、実際に全てを支配するとなると、時間がどれだけ掛かるかわからない。この北海道だけでもこんなに広いのだから。

 広い平原の先、真っ直ぐに続く国道を、兵士や物資を積んだ数台のトラックが駆け抜けていった。

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