第125話 狼は宙を駆ける

足を引き摺りながらも殺気に満ちた目をこちらへと向け近づいてくる相手にリーダー格の男は思わず後退る。

武器すら持っていない無防備なはずの男が、どうしてか酷く恐ろしく見える。

まるで凶悪な獣に射竦められた小動物にでもなった気分だ。

ゴクリと音を鳴らし、ツバを飲み込む男の肩をフェリーが叩く。


「落ち着きましょうや兄さん。ここは次の準備が整うまで退がるんが得策でさぁ」

「しかし、奴はこちらを追ってくるぞ」

「大丈夫。こっちは無傷ですが、あちらさんは足をやっちまって動きが鈍い。すぐに追いつかれる事はありやせん」

「・・・分かった」


フェリーの提案に従い、ウォルフレッドから距離を取ろうと動き出す男達。

それと入れ替わりに30人程の獣人が前に向かって駆け出す。


「よくやったお前達。後の事は俺らに任せて大人しくしてろや!」

「ヤツの息の根は俺達が止めてきてやるからよぉ!」


ここまで様子見をしていた連中が連中が勢い勇んで突っ込んでいく。

どうやら彼らは相手が消耗し、武器を手放した今こそが好機と踏んだらしい。

そんな彼らの背を見送りながら、リーダー格の男は隣に立つフェリーに尋ねる。


「ヤツらだけで勝てると思うか?」

「さあ、どうでしょうかねぇ?ただ勝てなくても時間稼ぎぐらいにゃなるでしょうよ」


勝とうが負けようがどうでもいい。フェリーにとっては他人が何をしようが興味はないのだ。

結果的に自分が生き延びる為に役に多少でも立てばいい。

その程度の思いで見送った獣人達がウォルフレッドへと迫る。


「自ら武器を手放した間抜けめ!これでテメエはお終いだ!」

「今度こそブチ殺してやるぜ!」


猛然と突っ込んでくる男達を殺気に満ちた目を向け、迎え撃つべく身構える。

指先に小さな空気弾を生み出すなり、指先で弾いて飛ばす。

地面にぶつかった空気弾は破裂した衝撃で、近くに落ちていた槍を手の届く高さまで跳ね上がる。

それを素早く掴み取ったウォルフレッドは、石突で地面を突いて体を押し出す。

松葉杖の代わりというよりは、スキーで使うストックに近い使い方で小刻みに体を前へと進めるウォルフレッド。


「ハッ!槍を右足代わりしたところでなあ!」

「いじらしいな!だが、そんな単調な動きで俺らが殺れるかよ!」


自分の足で立ち回るのと違い、槍では自由に動きの緩急はつけられない。

それを見越して先頭にいた8人が左右に分かれて同時に仕掛ける。

まずは剣と斧というリーチの異なる武器を持った2人組による左右からの挟撃。

例えそれを凌いだとして、その後ろには追撃可能なバックアップがさらに2人ずつ控えている。

体が万全ならともかく、負傷して動きの鈍っているの状況では対処は難しい状況。

にも関わらず、ウォルフレッドに動じる様子はまるで見られない。


「邪魔だ。ザコ共が!」


左右から迫る敵の前でウォルフレッドは軽く跳躍すると、左手の中に先程よりも大きな空気弾を生み出し自分の足元に投げつける。

地面にぶつかった瞬間、空気弾は中に詰まっていた空気を一気に噴き出す。

それは地面を滑る様に広がり、周辺一帯にある砂や埃、落ちている武器や死体、そして敵の体まで範囲内にある全てを真下から空中へと押し上げる。

それはほんの数秒、相手の体を宙に浮かせるだけかもしれないが、その数秒が互いの明暗を分かつ。

突如、足元から発生した浮力によって敵が体勢を崩している間に攻撃を仕掛ける。

右手側にいる4人に狙いを定めると、浮かせた死体を蹴って相手へと向かう。

意図せず宙に浮かされ、不安定な姿勢の懐に飛び込むと、短く持った槍で顎下から真上に突き上げる。

無抵抗のまま頭を貫かれた男の体は浮力の助けもあって簡単に真上に浮き上がり、その背後にいた獣人の姿が丸見えになる。

ウォルフレッドは男の頭に突き刺さった槍をそのまま振り抜き、背後にいたもう獣人の首筋へと走らせる。


「ゲヘッ!」


首筋を撫で斬られた男の無様な悲鳴を聞きながら、ウォルフレッドは槍を振るった力に併せて体を捻って半回転。

相手に背中を向けるような格好で振り返ると、手に持った槍を逆手に持ち替え、左脇の下を通して隣にいた1人の胸へと向けて突き刺す。

繰り出された槍は、相手のあばら骨をへし折り、肺を突き破り、背中まで達した刃は、皮膚を破って体の反対側へと飛び出す。


「アガッ!」


相手にとっては十分に致命の一撃だが、攻撃の手はこれで止まらない。

ウォルフレッドは貫いた相手に背を向けたまま、後ろ足で蹴りつけて、反対側の4人に向かって飛ぶ。

その離れ際に後ろへ反り返る相手の胸、突き立った槍へと向けてダメ押しの空気弾を放り込む。

石突に当たって破裂した空気弾は、内包した空気を吐き出し槍を前へと押し出す。

砲弾の様に打ち出されたそれは、そのまま後ろにいた獣人の顔半分を容赦なく吹き飛ばして命を奪う。

その間にウォルフレッドは、衝撃波が生み出した余波に乗って加速して反対側の敵へ迫る。


「ハアッ!」


水面に浮かんだ木の葉の様に空気中に浮かび上がった相手目掛けて刃を振り下ろす。

相手も回避しよう手足を動かすが、空中では前に進む事も後ろにも退る事も出来ずに腕と頭を真っ二つにされる。

ウォルフレッドは斬ったばかりの相手の肩を掴むと、自分の体を押し上げて背後の敵へと向かう。

自分に向かってくるウォルフレッドを見た獣人は青い顔をして持っていた武器を投げつけるが、容易く躱されて血濡れた刃を口の中に付き込まれる。


「ゲェ・・・アガッ」


奇怪な声を上げ、目の前で白目を剥く相手を突き入れた剣ごと放り捨てたウォルフレッドは、は両手を左右に伸ばして初手で跳ね上げた武器の中から適当なものを手に取る。

左手には斧、右手には折れて短くなった槍を手にしたウォルフレッドは左に視線を移す。

残る2人の敵を視界に捉えると、近くに浮いていた焼死体を踏み台にして横へと飛ぶ。

隣にいた獣人がウォルフレッドを近づけまいと必死になって振り回すが、それでは今のウォルフレッドは止められない。

刃が逸れた一瞬の隙間に斧を滑り込ませ、武器を腕ごと斬り落とすと、そこからさらに右手に持っていた折れた槍先を脇の下から心臓目掛けて突き刺す。


「ギャァッ!」


後ろから聞こえた悲鳴に残った1人が青い顔をする。

そんな時、長く感じた滞空時間が終わり、手足が地面に触れる。


「このクソがぁ!」


地面に降りさえすれば、そう思って手にした斧を後ろへと振り抜くが、そこにウォルフレッドの姿はない。


「いない!」


驚きに目を見開く男の顔にフッと影が差す。

直後、頭上より放たれた斧の一撃によって男の体は縦に両断される。

左右に分かたれ、物言わぬ肉の塊となった男の体が地面に転がったのを見下ろしたウォルフレッドは、無言のまま残りの敵へと目を向ける。

その視線に射竦められた獣人達からは既に先程までの勢いは失われていた。


「なんなんだヤツは。空中を移動しやがったぞ」

「俺が知るかよ!どうすんだよクソッ!」


いつ倒れてもおかしくない程の怪我を負っている相手だからこそ勝てると踏んでいたのに、動きが鈍るどころか先ほどまでよりも凶暴性がましている気がする。

本当に自分達はこの男に勝てるのかという不安が男達の間に広がる。


「何をビビッてやがる臆病者共が!」

「どけ!俺達が片をつけてやるぜ!」


怯える者達を押しのけて前に出るアルマジロとサイの姿をした2人の獣人。

彼らはウォルフレッドの空弾降雨エアリアル・レイを受けてほとんど傷を負わなかった強靭な外皮を持つ。

並の攻撃ではその身に刃を突き立てる事すら敵わないだろう。

だが、そんな事は今のウォルフレッドには関係ない。

深手を負った事で理性が薄まった今の彼には目の前の敵を滅ぼす事が全てだ。


「目障りだ。失せろウスノロが」


敵の血で真っ赤に染まった両手の武器を捨て、地面に突き立っていた2本の剣をその手に掴む。


「そんな得物で俺らが斬れるかよ」

「来い。捻り潰してやる」


相手の挑発に乗る様な格好で、ウォルフレッドは前へと一歩踏み出す。

その足で地面に転がした小さな空気弾を左足で踏みつけると、破裂した衝撃を利用して前に出る。

足で走るより遥かに早いスピードで敵の目前へと迫るウォルフレッド。

しかし、いくら凄まじいスピードとはいえ、一直線に突っ込んでくるなら恐くはない。

正面に立つ2人の獣人は間合いに飛び込んでくるタイミングを計って一気に武器を振りおろす。


「終わりだ!」

「死ねぇ!」


叫び声と共に自分に向かって落ちてくる2本の斧。

刃が体に届くギリギリの間合いで、左手に持った剣を地面に突き立て、ブレーキーを掛ける。

衝撃で軋みを上げ、歪んでいく分厚い剣をそのまま足場代わりに踏みつけ、真上に飛ぶ。

2体の獣人が驚き見上げる頭上へと躍り出たウォルフレッドは、真下にいる獣人の片方に狙いを定めると、空中に放り出した空気弾を足の裏で蹴りつける。

瞬間、衝撃によって弾き出されたその身は流星となって標的の頭上へと降り注ぐ。


「オゴッ!」


流れ落ちたウォルフレッドが突き出した剣は、アルマジロの眼球を貫き、口内を通って、うなじの辺りから飛び出す。

目や口はどんな生物であっても弱所、そこを狙われればどんな屈強な外皮も役に立たない。


「やりやがったな!」


残ったサイが慌てて武器を引き戻しウォルフレッドを狙うが、その攻撃はいとも容易く躱される。

魔術だけでなく、人や道具さえ足場にして縦横無尽に駆け回る狼。

もはや重鈍な斧の一撃では機動力で上回る彼を捉える事はできない。


「クソッ!クソッ!クソッ!クソがぁああああ!」


それでも必死になって動きを捉えようと斧を振り回すが当たらない。

逆に次々と味方を巻き添えにして、戦力を低下させられる。

また、常に全力で攻撃を繰り出すことによって当人の消耗も加速し、体力を大きく奪われる。

そうして徐々に動きが鈍ったところで、背後に回り込み両膝の裏を剣で突き刺す。


「ぬがっ!」


皮膚の薄い膝裏を突かれたサイの獣人は、自身の巨体を支えきれずにその場に両膝をつく。

そんな彼のもとにアルマジロが使っていた斧を引き摺りながらウォルフレッドが近づく。


「ヒッ、ヒィッ!来るなぁあああああ!」

「ウルサイ。死ね」


直後、空気弾で加速させた斧をサイの頭部目掛けて一気に振り抜く。

その様子を遠くから見ていたフェリーが残念そうに溜息を漏らす。


「あちゃ~、もうアイツ等はダメやな」


戦況を傍観していたフェリーの言葉にリーダー格の男の表情に僅かながら陰が差す。


「それはマズイんじゃないのか?こっちから援護したほうが・・・」

「やめときましょ。どの道もう手遅れですよ」


一番腕の立つメンツがやられたのだ、後は狩られるだけ。


「下手に藪を突いて危険を増すより、最後のチャンスに賭けましょうや」

「しかし、残りの戦力もこれだけだ。どうにかできるのか?」


今、下手に藪をつつくと最後のチャンスも潰えちまう

リーダー格の男が辺りを見渡すと、そこには残った50人程が集まっていた。

これがこの場に残った全戦力。最初いた人数の10分の1と考えれば非常に心許ない。


「どの道、やらなきゃ死ぬだけですわ。そうやなサム」

「フェリーの言う通りや。これでどっちが生き残るか白黒つけましょ」

「大丈夫。勝てる策はありますんで」


そういうと不敵に笑うサム&フェリー。

狼と悪党を率いる殺し屋の直接対決。死の試練はいよいよ最終局面を迎える。

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