第124話 炎の中で獣は目覚める
魔術師達の手より放たれた火炎弾は舞い上がる砂埃に向かって次々と撃ち込まれる。
砂のカーテンの中へと勢いよく飛び込んだ炎は、死者も生者も関係なく接触した全てを赤く染め上げる。
「ウァアアアアアッ!」
「やめろっ!来るなぁぁああああ!」
砂塵の中に取り残され、身動きでない者達が救いを求め声を上げる。
しかし意思なき炎に声が届くはずもなく、1人また1人と炎に飲み込まれる。
その光景はまるで貪欲に血肉を求める怨霊に魂まで蝕まれていくかのようだった。
「クッ!このままでは」
目の前でまた1人炎に飲み込まれるのを見て、このままでは自分もすぐに彼らと同じ末路を辿る事になると悟ったウォルフレッドは、どうにか現状を脱するべく辺りを見渡す。
(何でもいい。何かこの状況を脱する方法を!)
その時、視界の端に映ったのは折り重なるように倒れた獣人達の骸。
それを見たウォルフレッドの脳裏にある考えが浮かぶ。
(もしかしたら、あの方法ならば)
ウォルフレッドが砂塵の中で一か八かの行動に出た丁度その頃、外でも動きがあった。
火炎弾を飲み込み、茶色のカーテンが何度目かの赤色発光を繰り返した所で、フェリーと別行動を取っていたサムが動き出す。
「そいじゃま~お願いしますよ。魔術師の兄さん方」
「分かっている」
サムに促され。8人の魔術師が砂埃に向かって風魔法を放つ。
本来は殺傷能力のまるでない風を送り込むだけの魔法。
だが、今回に限っては有効な攻撃手段となる。
この魔法によって大気を取り込んだ炎は大きく膨れ上がり、勢いを増して天井まで伸びる真っ赤な火柱となる。
「おお~、派手だねぇ」
ウォルフレッドと一緒に悪党達を巻き込んだ火柱は、大気だけでなく彼ら肉体や命までも吸い上げ巨大になる。
しばらくすると炎の中から黒い煙が上がり、人の焼ける不快な臭いが漂ってくる。
そのあまりの臭いにフェリーと共に悪党共を率いていたリーダー格の男が顔を顰める。
「この臭いだけは何度嗅いでも慣れねえな」
「良かったらハンカチどうぞ」
胡散臭い笑みを浮かべてハンカチを差し出してくるフェリー。
そんな彼を一瞥した後、その手からハンカチを奪い取ったリーダー格の男は話を続ける。
「それにしてもあの狼野郎を1人殺る為とはいえ、あれだけの味方を犠牲にする必要があったのか?」
「ハハハッ、仲間?何を言ってるんだい兄さん」
リーダー格の男の言葉にフェリーは心底可笑しそうな笑い声を上げる。
「俺達はただ同じ敵を持っただけの赤の他人。他人がどうなろうとどうでもいい事だろぉよ」
胡散臭い笑みを顔に張り付けたまま平然とそんな事を言ってのけるフェリーに、リーダー格の男は思わず息を呑む。
確かにフェリーの言っている事は裏社会に生きる者の考え方として間違ってはいない。
誰だって他人の命より自分の命が大事。それは当然のことだ。
だからといってこうも簡単に切り捨てておいて、平然としていられるものだろうか。
少なくともリーダー格の男は今の発言を聞いてフェリーを信用する気はなくなった。
「アンタみたいなのは敵に回したくないな」
「なら味方にしたくなったら呼んでくださいよ。お安くしておきますんで」
「・・・考えておく」
口ではそう答えつつ、内心ではここから生きて出られたら二度とこんな男とは関わるまい。
そう心に決めてリーダー格の男は徐々に小さくなっていく火柱へと目を向ける。
「それにしても随分な念の入れようだが、ここまでやる必要があるのか?」
「職業病ってやつですかね。最低でも相手を3回殺すぐらいやらないと安心できない性質でして」
「まあいい。ここまでやればまず助からないだろ」
「だといいんですがねぇ。まあ死体を確認するまで安心は出来ませんが」
相手の死に対して病的なまでの確実性を求める姿勢は大したものだ。
しかし、あれだけの炎で焼かれたのだから、既に原形を留めていないだろうと思う。
もし何らかの方法で炎を免れていたとしても、炎に酸素を奪われて窒息死だろう。
どちらにせよ生きてはいないだろうと思うが、敢えてその事について言わない。
フェリーの策でうまくいったのだから、ここは彼の好きなようにさせておく事にする。
リーダー格の男は近くにいた者を4人呼びつけると、死体を確認してくるように指示を飛ばす。
その様子を観客席から眺めていたビルモントファミリーの幹部達からは残念そうな溜息が漏れる。
「アラ、もうこれで終わり?」
「思ってたんと違うてなんや呆気ない幕切れやったな」
「オイオイ、何言ってる。まだ生きてるかもしれないだろ?」
「いや~、流石にこれは無理じゃないですかね?」
火柱も随分と小さくなって焼け跡が随分と見えるようになったので全体を見渡してみるが、ウォルフレッドの立っていた辺りに生きている者の姿は見当たらない。
周辺一体が全て焼け焦げており、死体もほとんどが黒く炭化して煙を上げている。
漂う煙と共に観客席まで流れてきた臭いにレイナが青い顔をして口元をハンカチで抑える。
「レイナちゃん大丈夫?」
「いえ、大丈夫・・・です・・・リゲイラさん。お構い・・・なく」
「無理しちゃダメよ~ん。現場慣れしてない女の子にはこの臭いはちょっとキツいからねん」
ここに集まっている大半の人間は血生臭い荒事を数多く経験しており、ほとんどが人の肉の焼ける臭いや、臓物の放つ悪臭程度ではまず動じる事はない。
だが、彼らと違いレイナの様に鉄火場に立つ事のないほとんどない内勤職の者にとっては、本能的な不快感を誘発するこの手の臭いは精神に堪える。
「おい、レイナお嬢にいつまでも不快な物を見せるな。決着もついたのだからすぐ片付させろ」
レイナを気遣いすぐさま自身の配下に場内の片づけを命じるアシモフ。
彼の指示に従い部下達が動き出そうとするのをクロードが制止する。
「もう少し待ってもらえませんかアシモフの叔父貴」
「何故だ。もう決着はついただろう?」
「いいえ、まだ終わってません」
アシモフの言葉に首を左右に振って否定するクロード。
そんな彼の姿にシェザンが苛立ったように表情を歪めて反論する。
「何を言っている。あの状況を見て分からないのか?お前の連れてきた男は焼け死んだのだ。見苦しい真似をせずに現実を受け入れろ!」
「それは分かっています。が、あの男はそんな簡単に死ぬようなタマではありません」
「世迷言を!」
「世迷言かどうかはすぐに分かります」
自信に満ちた態度で言い切ったクロードは闘技場の中央に視線を戻す。
視線を向けた先では、指示を受けて死体の捜索に来た4人の男が焼死体の中を歩き回っている。
「ったくよ~。なんで俺らが死体漁りなんか」
「愚痴ってないでさっさとやれ」
「うっせえよ。あれだけやって生きてる訳ねえだろっての」
山犬の獣人が腹いせに真っ黒に焼け焦げた死体を蹴り飛ばすと、見た目以上に軽くて簡単に転がる。
火力が強すぎて体内の水分が蒸発して完全に炭化しているのは一目瞭然だ。
「こりゃあ死体で見分けるのは無理だな。なんかヤツが持ってたものでも残ってれば・・・・」
言いながら男が足元の死体を蹴り飛ばすと、死体の体の下から見覚えのある道具が姿を現す。
それは間違いなくウォルフレッドの使っていた十字架の形の武具。
「おおっ!ちょっとこっち来てみろよ!」
「どうした?」
「あの狼野郎が使ってた得物だ」
「マジか!」
「応よ。ヘヘッ!これで死亡確定だな」
山犬の獣人は喜び勇んで証拠品を拾い上げようと足元の十字架に手を伸ばす。
「それに・・・・触れるな」
「へ?」
どこからともなく聞こえた声に山犬が顔を上げた瞬間、近くに折り重なるように積まれた死体の山が崩れ、その下からウォルフレッドが姿を現す。
「それに触れるなぁっ!」
「なっ!」
予想外の場所から姿を現したウォルフレッドに驚きの声を上げる獣人。
ウォルフレッドは相手が身構える前に懐へと飛び込み、相手の首筋をナイフで一閃する。
「ガフッ!」
口から血を吐き、白目を剥きながら崩れ落ちる獣人。
そんな相手には目もくれず、ウォルフレッドは地面に落ちたままの十字架に手を伸ばし、その手に掴む。
「これは主から賜った物。お前如きが気安く触れるな」
十字架を手に立ち上がるウォルフレッドの姿。
誰もが生存を絶望視していた中での生還劇に場内が歓声に包まれる。
「生きていただと、あの状況で!」
「馬鹿な。信じられない」
まさかの出来事にアシモフとシェザンが信じれれないと驚きに身を震わせる。
「やるじゃな~い。あの狼ちゃん」
「大した男やなぁ」
「ですが彼の状況。決して良いとは言えませんよ」
「ああ、ハンデにしては大きすぎるな」
「だがよぉ、これで面白くなってきたじゃねえか。なあクロード」
「ええ、その通りです」
フリンジの言葉に頷き返したクロードは、戦場に1人立つ男に向かって小さく呟く。
「ここで己の価値を示して見せろ。狼」
その言葉に答えるように顔を上げたウォルフレッドは、天に向かって咆哮を上げる。
「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
突如雄叫びを上げたウォルフレッドを前に、死体の確認に来た3人は身を竦ませる。
「どうなってんだよ。死んだんじゃなかったのか!」
「クソが!1人やられたぞ!」
「どうする一旦退がるか!」
「いや、ここで仕留めるぞ」
「本気か!」
「ああ、奴をよく見てみろ」
言われてみれば確かに右足には小鬼から受けたと思しき傷の跡。
スーツの破れ目からは火傷の跡も見て取れる。
特に左腕は肘から先の火傷は酷く、見ていて痛々しい程だ。
「運よく助かっただけだ。ヤツはもうまともに戦える状態じゃねえ」
「へへっ、そういう事か」
「脅かしやがって」
「殺すなら今しかない!」
満身創痍な相手の姿を見て、踏ん切りがついた後の3人の行動は早かった。
その手に武器を構えると、タイミングを合わせて三方向から一斉に仕掛ける。
3人にとってかつて経験したことのない程にバッチリ噛み合った同時攻撃。
これならばどんな敵にも勝てる。そう思った直後に3人の視界が赤く染まる。
「はへ?」
何が起こったのか視線を動かすと、いつの間にかウォルフレッドの手の中の十字架が十文字槍に代わっていた。
そして同時に攻撃を仕掛けた己以外の2人の額に穿たれた穴。
その状況が自分達の身に起こった全てを物語っていた。
「槍への形態変化と同時に3人の額を一突きとは恐れ入るねぇ」
遠目に3人が倒れる様子を見ていたフェリーはその鮮やかな槍捌きに思わず感嘆の声を漏らす。
言葉にすれば簡単そうに聞こえるが、実際に行える者などそうはいない。
「何やらさっきまでと雰囲気も違う様だし。こりゃ変なスイッチでも入れちまったか?」
何やらブツブツと独り言を呟きだしたフェリーにリーダー格の男が苛立った声を上げる。
「なんでもいい!要はもう一度集中砲火を浴びせて今度こそ仕留めれば・・・」
再度、火炎弾による集中砲火を指示しようとした瞬間、ウォルフレッドがこちらに向かって何かを投げる。
それが巨大な斧だと気づいた時には、もう目の前に迫っていた。
風切り音を上げてリーダー格の男の脇を抜けた斧は、彼の横で攻撃態勢を取っていた魔術師11名を一瞬で引き裂いていく。
「なっ!」
リーダー格の男は口を開けたまま呆然とする。
自身の体の左側には斬り裂かれ、巻き散らされた男達の亡骸。
そして、この状況を作り出した男は負傷した足を引き摺りながらゆっくりとこちらへ近づいてくる。
その姿は先程までとはまるで別人のように違って見える。
特に違うのは瞳だ。
大勢を相手に立ち回っていた時は理性的な光を宿していたが、今は違う。
血に飢えた獰猛な肉食獣の様な凶暴性がその瞳に宿っていた。
その瞳を見たリーダー格の男は、そこに込められた強烈な意思を感じ取り、恐怖に震え上がる。
彼の瞳は目の前の敵全てに向けてこう告げている。
"1人残らず殺し尽くす"
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