第118話 悪魔の契約と代価
クロードが幹部会の場に招き入れたのは、顔の上半分を狼を象った面で隠した男。
その正体を聞いたアシモフの顔には焦燥の色が色濃く滲む。
もっともそれは他の幹部達も同様だったらしく、事情を知っていたであろうフリンジ以外は少なからず驚いた顔をしている。
「えっと、クロード君。今の説明をもう一度いいかね?」
「ええ、構いませんよ」
チャールズの問いに頷き返したクロードは、円卓の外側をグルリと迂回して扉の前で立ち尽したままのウォルフレットの方へ移動すると、少し芝居がかった動きで幹部達の方を振り返り一礼する。
「では改めてご紹介させて頂きます。この男の名はウォルフレッド・ベルカイン。世間では『人喰い餓狼』の通り名で知られている凶悪な殺人犯でございます」
感情の読みにくい淡々とした口調で簡潔に紹介を済ませたクロードの隣で、ウォルフレッドが無言のまま幹部達に向かって小さく頭を下げる。
その落ち着き払った態度からは噂に語られる凶悪さなど微塵も感じられない。
むしろ、その立ち振る舞いからは高級ホテルのコンシェルジュの様な気品すら感じさせる。
残虐な殺害方法、禍々しい通り名から想像していた荒々しく凶暴な人物像とは大きくかけ離れており、そのあまりのギャップに流石の幹部達も少々面食らう。
「これがあの人喰い餓狼?」
「本物か?」
イメージとの間にあまりに差がありすぎて幹部達もすぐには信じられない様子。
ただ、ウォルフレッドという男が本当に人喰い餓狼かどうかは別として、彼が只者ではない事はその場にいる全員がすぐに悟った。
黙ってそこに立っているだけだが、纏う空気は常人のそれとはまるで違う。
仮面から覗く青い双眸、そこに宿る鋭さが潜ってきた修羅場の数を物語っている。
例えるのならそれは丹念に鍛え上げられた刀剣の様だ。
それ程の男が長く荒事の世界に身を置いている男達の興味を惹かぬ訳がない。
「なんや思ってたんとは違けんど、タダ者ではなさそうやな」
「しかも中々イイ男そうじゃな~い」
ウォルフレッドへ向けられていた幹部達の視線が懐疑から好奇の色へと変わり始める。
どうやらクロードの思惑通り、幹部達の十分に幹部達の興味を引く事が出来た様だ。
しかし当然、そんな状況を面白く思わないのはアシモフやシェザン達だ。
クロードの作り出した場の流れを断ち切ろうとすぐさまシェザンが異議を唱える。
「体裁を整えるためにそれなりに見えるのを連れてきたようだが、本当にその男が人喰い餓狼とは思えないな」
「お疑いですか?」
「当然だろ。そもそもその男が本物だという確固たる証拠もあるまい」
「これまで人喰い餓狼が起こしたとされる事件について、本人以外には知り得ない情報を知っていました」
「そんなものが証拠になるか。舌先で紡がれる言葉など如何様にも取り繕う事が出来る」
「仰りたい事は分かりますが、それだと私が首領に嘘の報告をしようとしている事になってしまうんですが?」
困った様に苦笑いを浮かべて見せるクロードをシェザンが冷たく鼻で笑う。
「ハッ!我々に素性すら隠している貴様だ。それもないとは言い切れんだろう」
「これはまた、随分と手厳しいですね」
どうやらシェザンは徹底してクロードの言い分を認ないつもりの様だ。
彼にとってウォルフレッドが本物の人喰い餓狼かどうかという話はこの際どうでもよかった。
ただ、ここでクロードの主張を認めてしまう事はそのの手柄を認める事に他ならない。
それは選考を行う上でレッガにとって不利に働く事は明らか。
ならば真偽がどうであろうと今認める訳にはいかない。
それはアシモフも同じらしく、彼の隣で大きく頷き同意の意を示している。
しかし、そんな2人の思いに反して、ある人物がクロードの言葉を後押しする。
「ん~。私は割と本物じゃないかとな~と思いますよ」
「えっ!」
思いがけぬカロッソの言葉に、アシモフとシェザンが思わず驚きに目を丸くする。
どうやらカロッソの発言は2人にとっても全くの予想外だったらしい。
目に見えて動揺している2人の事などおかまいなしに、カロッソはどこか機嫌良さそうな声でクロードに尋ねる。
「やるじゃないかクロード。一体いつの間に捕まえたんだい?」
「首領からの命を受けた翌日には」
「なんだとっ!?」
クロードの答えを聞いて再び会議室内がザワつく。
第九区画のマフィア達でさえ尻尾すら掴めなかった相手を、まさかたった1日で捕らえるとは誰も予想だにしていなかった。
「それはまた随分と早かったんだな。ならどうして今日まで黙っていたのさ?」
「話を聞く前に少々痛めつけてしまったので、傷の回復を待っていました」
クロードの一言に、隣に立つウォルフレッドの眼が何か物言いたげに揺れる。
が、結局言っても無駄と判断したのか、、出かかった言葉を喉の奥へ呑み込んだ。
「なるほどなるほど。だけどどうして彼の回復を待つが必要あったのさ?」
「首領からは直接会って顔を見たい生かして連れてこいと言われてましたので」
「それで連れてきたのが今日だったと?」
「はい。後は幹部の皆さんも集まるこの幹部会の場に連れて来て紹介する方が皆様に顔を覚えて頂く上でも良いだろうと判断しました。もっとも当初の予定通りとは参りませんでしたが」
「というと?」
「本来であれば次期幹部の話が終わった後にゆっくりとご報告するつもりでしたが、シェザンの叔父貴が先にこの話題に触れられたので折角ですからついでに報告させて頂く事にしました」
そう言って軽く肩を竦めて見せるクロードに、カロッソは思わず笑い声をあげる。
「ハハッ、これでついでかよ」
「はい。あくまでもついでです」
まるで雑談でもする様な2人のやりとりにアシモフは軽い眩暈を覚える。
この2人は自分達が言っている事の重大さを理解しているのだろうか。
人喰い餓狼といえば第九区画だけでなく、他の区画の悪党達さえも震え上がらせた恐怖の殺人者だ。
それを捕らえる事は相当な手柄であり、他の組織であれば幹部の椅子さえ夢ではない。
うまく使えばこの幹部選考でさえ、扱い方次第では流れを優位に運ぶ事も出来る。
それだけの話をまるで茶飲み話の如き気軽さで話す2人にアシモフは戦慄を覚える。
この兄弟にとってはこの程度は誇る様な手柄ですらないと言うのだろうか。
「コイツ等には一体何が見えているというんだ」
血も繋がっていない義理の兄弟。
それでも考えの読めないという点についてはこの2人はよく似ている。
他の幹部も同じ思いなのか何人かが顔に引き攣った笑みを張り付けている。
ともあれ、このまま彼らにペースを握らせていてはいけない。
「待てカロッソ。仮にもしその男が本物だとして首領に会わせるつもりか?」
「そうですけど。いけませんか?」
「反対だ。本物なら首領に会わせるには危険すぎる」
「でも彼、ウチに入りたいって話じゃないですか。首領も面会を望んでいる様ですし」
「それも果たしてどこまで信用していいか分からん」
組織入りを装ってどこかのマフィアが放った刺客という可能性もある。
実際、過去にもその様な事が何度かあった。もっとも成功した試しはないが。
それでも警戒をするに越した事はない。それも腕が立つとなれば尚更。
「ウォルフレッドとか言ったな。第九区画で暴れまわっていた貴様が今更どういう理由で我らがビルモントファミリーへ下ると決めた」
「・・・・・」
「どうした。答えられんのか?」
アシモフからの問い掛けに無言を貫くウォルフレッドは、チラリと隣にいるクロードの顔色を窺う。クロードは呆れた様に小さく溜息を零すとウォルフレッドに軽く目配せをする。
その視線を答えと受け取ったウォルフレッドがようやくその思い口を開く。
「私がビルモントファミリーに加わる事を望む理由はただ1つ。この地にてこの身が仕えるべき方に出会いましたればこそ」
「・・・貴様」
その返事を聞いて、アシモフが怒りに満ちた目をウォルフレッドへと向ける。
ウォルフレッドは幹部であるアシモフに言われてではなく、幹部候補とはいえ一構成員であるクロードに許可で発言した。
それはつまり、クロードがアシモフより上だと判断したのだ。それも他の幹部達の見ている前で。
侮りとも取れる扱いを受けたアシモフが静かに威圧する。
「幹部である俺ではなく、その小僧に従うか」
「残念ながら我が身はまだファミリーの一員ではありませんので」
ハッキリと答えたウォルフレッドにアシモフは彼の隣に立つクロードを睨み付ける。
「どうやら飼い犬の躾がなっていない様だな小僧」
「申し訳ありません。どうやら飼いならすには少々時間が足りなかった様です」
「こんな輩を迎え入れようとするとは、やはり貴様は幹部の座に相応しくないな」
「お叱りはごもっとも。ですが、私にもこの者と交わした約束がありますので」
「約束だと?」
「はい。この者に生きられる場所を与えてやると約束しましたから」
「っ!」
その言葉を聞いた時、アシモフの中でクロードとある男の姿が一瞬重なる。
随分と昔に同じ様な言葉を口にした男がいた。
この地がまだ王とそれに連なる一族の支配する国だった頃。
民を省みぬ王の支配に、多くの無垢の民が苦しめられていた。
そんな国の在り方に怒り、仲間達の生きられる場所を作ると武器を手に立ち上がった信念の男。
自身が敬愛して止まぬその男の魂の片鱗をクロードの中に垣間見た。
「なるほど、アルバートが傍に置こうと思う気持ちも分からなくはないか」
誰にも聞こえない声でそうアシモフは小さく零す。
だが、例えアルバートが認めた男であろうと簡単に認める訳にはいかない。
「・・・幹部でもない貴様がよくもそんな勝手な約束をしたものだな」
「出過ぎた真似だというのは重々理解しています。ですから簡単にこの者を迎え入れて欲しいとは申しません」
「ほぉ、ならどうするというのだ?」
「この者をファミリーに加える条件として私の幹部昇格と、この者自身の"死連闘の儀"の突破を条件として提案します」
「なんだと?」
クロードの提案に幹部達の顔が一気に真剣みを帯びる。
彼の提案した『死連闘の儀』とは組織に逆らった者や掟を破った者に課せられる試練。
その内容は武器を持つ300人の罪人にたった1人で挑むというもの。
最後の1人になるまで殺し合い、生き残る事が出来ればその罪が許される。
試練などと呼んではいるが、その実態は粛清と言うのが正しい。
それでも最後の望みを託して過去に何人かがこれに挑んだが、その突破は決して容易ではなく。その生還率は5%にも満たない。
その様な過酷な条件を自ら提示してくるとは誰も予想しなかった。
「小僧、本気か?」
「はい。この方が皆様にもこの男の実力をご理解いただきやすいかと」
確かに死連闘の儀を突破する程の実力があるなら、もはやウォルフレッドを偽物だと疑う余地はない。
「次期幹部選の最中で恐縮ではありますが、幹部の皆様にはこの条件で何卒ご検討頂けますようお願いいたします」
そう言ってクロードは幹部達に向かって頭を下げる。
クロードの提示した前代未聞の提案を、どう判断すべきか幹部達が考えを巡らる。
その時、これまで黙したまま多くを語らなかったレッガが大きな声を上げる。
「このレッガ・チェダーソンからも幹部の方々に1つ提案させて頂きたい!」
突如、会議室に響き渡った大声に全員がレッガの方に注目する。
甥の思いがけぬ行動にアシモフまで驚いた顔をしている。
そんな中、議長のダリオだけが落ち着き払った様子でレッガの言葉に応える。
「いいだろう。その提案とやらを聞こう」
「ありがとうございます!」
ダリオに深々と頭を下げた後、レッガはクロードの方へとその大きな体を向ける。
そしてレッガの口から次期幹部選を終息へと向かわせる一言が放たれる。
「今回の幹部選。俺はクロード・ビルモントとの一騎打ちでの決着を所望する!」
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