第92話 人喰い餓狼を追え 2
会議室、いつもの様に向かい合って座るクロードとラビ。
席に着いてすぐ、クロードは本題について切り出す。
「さて、早速だがラビ。人喰い餓狼についてお前はどこまで知っている?」
クロードの問いにラビはにんまりと笑うと胸を反らす。
「ふっふ~ん。前回の失敗もあるから今回は結構頑張って調べたからね。第九区画に最初に現れた頃まで一通り調べてきたから期待してもらっていいよ~」
「ほぅ、そこまで言うならお前の知っている事について聞かせてもらおうか」
「オッケー。それじゃあまずは"彼"が第九区画に現れたところから話そうか」
腕を組んで聞く姿勢をとったクロードそれを見てラビは自信満々に語り始める。
「そもそもの始まり、つまり最初に彼の手によるものと思しき犠牲者が出たのは今から丁度5カ月前、犠牲者は第九区画でかなり名を売っていたケレブラン・キンブリーっていう強盗団の頭だね」
「その話なら俺も知っている。確か手下が情報収集の為にアジトを離れて1人になったところを狙われたんだったな」
「そうだね。その後アジトに戻った部下が上半身を食いちぎられて殺害されたケレブランの死体を発見。突如頭目を失った強盗団は大混乱に陥り、その騒ぎを聞きつけて出動した憲兵隊がアジトに踏み込んだ事で事件が発覚したんだ」
後に流れてきたアジトで殺害現場を目撃した憲兵隊員の話だと現場はさながら大型の獣と争ったかの様に部屋中のいたる所に鋭い爪痕が幾つも刻み付けられていたそうだ。
そしてその後に似た様な痕跡が残される事件が立て続けに起こった事から人を喰う餓えた獣の仕業だと巷で騒がれ始め、その事が"人喰い餓狼"の名の由来となった。
結果として食人の性質を持つ亜人や魔族の仕業ではないかという疑いが広まり第九区画は異種族間での軋轢が増したと聞く。
ここまでは裏社会の人間ならずとも知っているレベルの話だ。
「第九区画内で人喰い餓狼の起こしたと思しき事件の数は全部で23件。そして犠牲者のほとんどが裏では名の知れた実力者ばかりだった」
「ああ、俺の知る限りどいつも一筋縄でいくような相手ではないはずだがヤツはこれを短時間の内に処理して逃走している。その事から相当な実力を持った複数人と考える者も多い。だが目撃者の話ではいずれの現場でも犯人らしき人物は1人しか目撃されていない」
「そう。つまり桁外れの戦闘能力を持った単独犯の可能性が高いという事だね」
「そうだ。しかし事件現場でヤツらしき人物を見た目撃者からは直接ヤツに辿り着ける様な情報は得られなかった。確かそうだったな」
人喰い餓狼は基本的に獲物のを狙う時は夜半の人気のない所で襲撃を行う。
それも標的が1人になった所を狙っている為、目撃情報は限りなく少ない。
襲撃の現場に偶然通りかかった者や離れた場所から偶々目撃した者もいたのだが、暗がりだった事もありはっきりとその姿を見た者はいない。
分かった事と言えば黒っぽいローブを着ていたとか、背は170cm程だったとかその程度の情報だけだ。
「現状の目撃情報からでは人喰い餓狼には到底辿りつけない」
「その通り。だけど本当にそれだけなのかな?」
「どういう事だ?」
「彼を知る者は他にもいるはず。という事だよ」
そう言ってラビはテーブルの上に置かれたカップを手に取ると、中に入った茶を一口啜って乾いた喉を潤すと話の続きを口にする。
「そもそも彼はどうやってこれだけの数の悪党達の情報をどこでどうやって手に入れていたんだろうね」
「それは・・・・」
いくら名の知れた悪党達と言えど一般大衆にまで広くその名が知れ渡っている者は決して多くはない。
実際、殺された者の大半が裏社会でしか知られていなかった者ばかりだ。
この事実が意味するところを考えたクロードはラビの言わんとしている答えに辿り着く。
「そうか。そういう事か」
「分かったみたいだね」
「ああ、つまり奴には情報を提供してくれる協力者がいる。そういう事だな」
「ご明~察~」
回答を聞いたラビはニンマリと笑みを浮かべクロードに拍手を贈る。
正攻法でやっても人喰い餓狼には辿りつけない。
しかし彼に情報を与えている相手がいるならそれはこの国の人間のはず。
その人物を特定しそこから遡れば人喰い餓狼へと辿り着く事が出来るかもしれない。
そう思う一方でクロードの中に新たな懸念が生まれる。
もしラビの言う通りならば人喰い餓狼には協力関係を結んだ相手、あるいは彼を利用して何かをしようとしている者がいるというならそれは何者なのか。
単独か小規模の組織ならまだいい。だが他の区画を治めている様な大組織が背後に居た場合、このまま追いかけるのは相当危険だ。
(先日の第八区画の件もある。ここは少し慎重に動くべきか)
そうやってしばし今後の方針について考え込むクロードに、ラビは構わず話を続ける。
「あっ、ちなみに情報源については特定しておいたから」
「なにっ!」
正直もうそこまで調べを進めているとは思っていなかったクロードは少し驚いた表情をする。
そんなクロードの様子を見てラビは得意気な顔をする。
「そりゃあ~今回はラビちゃんかなり頑張りましたもん」
「それにしても随分早いな」
「かもね~。新記録かも!クロードくんも褒めたいなら褒めてもいいんだよ~」
ドヤ顔でテーブルの上に身を乗り出してくるラビにクロードは思わず頬を引き攣らせる。
流石にちょっとウザイ。
「分かったからその顔をやめろ」
「アイタッ!」
ラビの頭の上に真っ直ぐ伸びた長い耳と耳の間に向かってクロードは軽くチョップを見舞う。
打たれた額を抑えラビは後ろにフラフラと後ずさる。
「も~、ひどいよ~クロードくん」
「すまんな。追加報酬なら後で支払うからそれで許せ」
「別にそういう意味で言ったんじゃないんだけどなぁ・・・」
意図した答えと違う回答に少しだけ落胆の色を滲ませるラビだったが、報酬が手に入るならいいかとすぐに気を取り直して自分の得た情報について語り始める。
「人喰い餓狼の協力者の名前はグァド・ボージャン。年齢は34歳、
「そいつの背後関係は」
「一応洗ってみたけど特にこれといった繋がりはなし。本人はなるべく大きな組織と繋がりを持ちたかったみたいだけど小物すぎて相手にされなかった感じかな」
「となると一連の事件は自分を受け入れなかった連中への復讐という可能性もあるのか」
「かもしれないね。もっともそこは本人に直接確認してみないと何とも言えない部分だけど」
そういってラビは肩を竦めて見せる。
いくら情報通の彼女であっても人の心の中を知る術までは持ち合わせていない。
「奴等の事情は大体分かったが、一つ解せない事がある」
「な~に?」
「人喰い餓狼がこの第七区画に流れてきた理由だ」
「ああ~、それは簡単だよ」
クロードの疑問にラビは先程イマイチだと言った焼き菓子を頬張りながら答える。
「ずばりドミニオンファミリーにグァドと人喰い餓狼の繋がりがバレたから」
「なるほどな。それはこれ以上ない程納得のいく理由だな」
第九区画を牛耳っている最大組織に目を付けられた。
人喰い餓狼だけならそれでもなんとか切り抜ける事も出来ただろうが情報源であるグァドはただの小物でしかなく大組織の相手は荷が重すぎる。
となれば見つかって殺される前に逃げるしかない。
「それでまだ正体を知られていないこの第七区画まで逃げてきたという事か」
「そういう事だね。一緒に行動はしてないみたいだけどグァドもこの街のホテルに滞在しているから2人で逃げて来たんだと思うよ」
「フッ、人喰い餓狼というヤツは随分とお人好しなんだな」
こういった場合、大抵の悪党ならばグァドの様な弱者は早々に斬り捨てて口封じのためか自分が逃走する為の時間稼ぎに利用する為に始末する。
連れていた所で足手まといにしかならないのだから当然の事だ。
しかし人喰い餓狼と呼ばれる人物はそうしていない。
これは何かの策略か、それともまだグァドに利用価値があると考えての事か。
いや、恐らくそのどちらも違うのだろうとクロードは考える。
(そもそもコイツは今までも標的以外には一切手を出していない。殺人の現場で人に遭遇し姿を見られたかもしれない状況であっても何もせず立ち去っている)
自分にとって不利益になるかもしれない状況だろうと、行動を曲げない辺りにの人物の確固たる信念の様な物が見えた気がする。
残忍な殺人の手口とは裏腹に少しだけ垣間見える人としての情の様なもの。
なんとなくこの人物に父アルバートが興味を持った理由が分かった気がする。
「俺も少しだけどんなヤツか会ってみたくなったな」
「クロードくんならきっとそう言うと思ったよ」
そう言って少しだけ可笑しそうに笑った後、ラビはテーブルの上に置かれたメモ用紙とペンを手に取るとサラサラと何かを書いてクロードに差し出す。
紙には街の外れにある安宿の名前と206という番号が書かれている。
「これは?」
「グァドが滞在しているホテルの名前と部屋の番号。昼間は出歩かないで部屋に閉じこもってるみたいだから今から行けば捕まえられると思うよ」
「そうか」
ラビの忠告に相槌を打ちつつクロードは受け取った紙を懐にしまい席を立つ。
早速現地に向かってグァドの身柄を抑えるべく部屋を出ようとしてドアノブに手を掛けたところでふとラビに伝える事があったのを思い出して足を止める。
「クロードくん行かないの?」
「ああ、その前にお前に言うべき事があったのを思い出した」
「言うべき事?」
首を傾げるラビにクロードは今朝カロッソと交わした約束について話をする。
「前に約束した妹さんの誕生会。会場に兄貴の店は抑えたから」
「本当!良かった~妹達も喜ぶよ」
「後は正装についてだがファーマス夫妻の店は分かるか?」
「もちろん。ビルモントファミリーの御用達だからね」
「そうか。なら夫妻には俺の方から話を通しておくから空いてる日に行って服を仕立ててもらってくれ」
「うん。分かったけど・・・」
そう言うとラビは少しだけ言いにくそうに視線を彷徨わせる。
「お金とか本当に大丈夫?言っちゃなんだけどウチ家族多いよ」
「もちろん知っている。だが問題ない。カロッソ兄貴のおかげで会場代の費用も浮いたからな」
「そっか。それに確かラドルくんもお金半分出してくれるんだよね?」
「・・・正直、ヤツの事はあまりアテにしていない」
第八区画に出かける前日にも博打で大負けしたと言ってブツブツと愚痴を零していたから誕生会の費用を支払えるだけの余力が残っているとは思えない。
「まっ、まあとにかく金の事は気にするな。お前は妹達と楽しむ事だけ考えていろ」
このままこの話を続けるとラビは余計に気にするだろうと思い、クロードは素早く扉を開けると逃げるように部屋を出る。
部屋を出てすぐテーブルの上の書類を見て頭を抱えていたラドルが顔を上げる。
「ん?クロード。話は終わったのか」
「ああ、今からまた少し出掛けてくる」
「そうなのか。書類の事で聞きたい事があったんだが・・・」
鬼族とは思えない程情けない顔で項垂れるラドルにクロードは先程の件を少し尋ねてみる事にする。
「ところでラドル。お前、ラビの妹の誕生会の事覚えてるか」
「ラビの妹?・・・・あっ!」
完全に今まで忘れていましたと言わんばかりの顔をするラドルに流石のクロードも少しカチンときた。
なので事務所を出る前にこの言葉だけは言い残しておく事にする。
「ラドル。後で戻ったら一発殴らせろ」
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