第64話 標的との対面
通された部屋の中、遂にナレッキオ・ガルネーザとの対面を果たすクロード。
第八区画を代表する組織の長との初対面。
ある程度の事態は想定してきたつもりだったが、現実はクロードの想像以上だった。
(まさかこんな手を打ってくるとは・・・)
正直、敵組織の構成員1人を迎える為に幹部全員を揃えてくるとは思わなかった。
幹部とは組織の中でも重責を担う者に与えられる特別な席だ。
ガルネーザファミリーではどうか知らないが、少なくともビルモントファミリーでは幹部はそれぞれに重要な案件を抱えており暇な事などほとんどない。
故に全員が集まる事は本当に稀であり、例え首領であってもそう簡単に動かす事は出来ない。
しかも幹部の数はガルネーザファミリーの幹部の方が多い。
偶然手の空いている者もいるだろうが幹部全員が暇という事は考えにくい。
にも関わらず、この場には幹部全員が集まっている。
その事実に完全に意表を突かれたクロードの表情が僅かに引き攣る。
そんなクロードの微かな表情の変化を遠目に読み取ったのか、勝ち誇ったような笑みを浮かべるナレッキオ。
「どうしたビルモントの小坊主?腹でも痛いのか?」
こちらの心情を察し、そんな言葉を吐くナレッキオ。
その言葉に同調した幹部達から一斉に笑い声が上げる。
「ハハハハハッ、
「いやいや。相手は腰抜け揃いのビルモントファミリーだからな緊張も当然だ」
「フフフッ、確かにその通りだな」
「我々にビビッて声が出なくなってもそれは仕方のない事だ」
こちらが黙っているのをいい事に好き放題に言い出すガルネーザファミリーの幹部連中。
普段であればファミリーに対する侮辱の言葉に対し、怒りを見せるクロードだが、今回は逆に相手の言葉で己が組織を代表してこの場に立っていると自覚し、気持ちを落ち着ける事が出来た。
(いきなりで少しばかり驚かされはしたが、落ち着いて見ればどうという事はない)
確かに自分の前にいるガルネーザファミリーの幹部達は1人1人が他区画にまでその名を知られる者ばかりであり、実際こうして見ると確かに実力もある。
それでもビルモントファミリーの9人の幹部に比べれば見劣りするレベルだ。
(しかし俺もまだまだ甘いな)
クロードは僅かに首を傾けて背後にある部屋の扉へと視線を向ける。
いつもなら扉越しでも中に何人いるのかぐらいは気配で分かったりするのだが、今回に限っては扉が開かれるまで部屋の中からは全く何の気配も感じなかった。
もっともその理由については大体の検討がついている。
恐らくこの部屋自体に魔術が施してあるのだろう。
別に珍しい事ではない。むしろ大きな組織ならよく使う手だ。
盗聴や暗殺などを防ぐ目的で組織内にお抱えの魔術師がいる様な組織は重要な話をする様な部屋には大抵魔術的な仕掛けを施して中の様子等が分からない様に手を加えてある。
実際、ボルネーズ商会の会議室にもクロードが似た様な仕掛けを施してある。
雑な術なら外から見て見破る事もできるが、この部屋に施された術は巧妙に仕掛けられているらしく外から見ただけでは分からなかった。
(俺の目で見抜けなかったという事は余程腕のいい術者が術を張ったと見るべきか)
確かにガルネーザファミリー程の組織ならば上級の魔術師の1人や2人抱えているだろうし、そういった仕掛けがされていても別に不思議だとは思わない。むしろ納得だ。
ただ一つ腑に落ちない事があるとすれば敵ではなく味方に対してだ。
(アジールのヤツ、知ってて教えなかったな)
クロード違人間と違って肉体を持たず、視覚以外の方法で世界を観測しているアジール達精霊には不可視の結界等も只の壁と違いはない。
しかも普通の精霊では中を見る事が出来ない壁も、アジールであれば中を覗き見る事が出来る。
だからアジールには最初から中に何人いるか等の事が全て分かっていたはずだ。
で、あるにも関わらずにクロードにその事実を教えなかった。
理由については大体見当がついている。
(まったく。我が相棒ながらアジールの悪戯好きには困ったものだな)
内心で大きく溜息を漏らしながらクロードは正面を向く。
居並ぶ幹部達を無視してナレッキオを見据えたクロードは一歩前に踏み出す。
「お初にお目に掛かります
クロードの真っ直ぐな視線と言葉を受けたナレッキオが鼻を鳴らす。
「フンッ、そんな事は知っている。貴様があの男の養子だという事も含めてな」
「そこまでご存知頂けていたとは光栄です」
白々しく受け答えをするクロードにナレッキオの顔から笑顔が消える。
「血は繋がっていないと聞いていたが、お前はあの男に似ているな」
「そうですか?その様な事をあまり他人に言われた事はありませんが」
「髪の色や目の色といった外見の容姿は確かに違う。だがその目や纏う空気があの男に似ている」
そう言って先程までの笑みとは真逆の忌々しそうな表情を浮かべるナレッキオ。
きっと頭の中ではアルバートの姿とクロードの姿を重ねているのだろう。
怒りで生じた歯ぎしりの音がテーブルの反対側にいるクロードの耳にまで届く。
余程アルバートの存在が気に喰わないと見える。
ならば次に口に出す言葉は慎重に選んだ方がいい。
怒りに震えるナレッキオの姿を見れば普通はそう考える。
だが、クロードはこの場面で全く違う事を考えていた。
「そう言われて悪い気はしませんね」
『っ!?』
クロードの選択した言葉に、その場に居合わせた幹部達の表情が一変する。
当然だ。この状況でそれを口にするのがどれほど危険かは考えれば誰でも分かる。
しかし、そんな事は今のクロードにとってはどうでも良かった。
アルバートに似ていると言われるのはクロードにとっては褒め言葉だ。
相手がどんな意図で発した言葉であってもその褒め言葉を否定する理由はクロードにはない。
例えそれがこの状況に於いて適切でない言葉であっても。
「小坊主、お前その言葉がこの場でどういう意味を持つか分かって言ってるのか?」
「意味ですか・・・」
「そうだ。意味だ」
言ってナレッキオはテーブルの上に置いてあった葉巻を手に取る。
「俺の大嫌いなあの男を俺の目の前で肯定するって事は、お前は俺の敵だと宣言しているのも同然って事は分かってるよな?」
「そう受け取られる可能性がある事は理解します。ですがその様なつもりは全くありません」
「なに?」
勿論、クロードとて先程の言葉をナレッキオがどう受け取るかは理解している。
そうでなくとも互いに潜在的な敵である以上、敵意がない訳ではない。
だからといってこの場で明確に敵対する理由がある訳でもないし、今回の目的がガルネーザファミリーを潰す事でない以上敵対するつもりはない。
「なら今すぐに撤回するか?それなら聞かなかった事にしてやるが?」
「いえ、折角の
直後、部屋の中の空気が一変し、テーブルの両脇に並んだ16人の幹部達から刃物の様に鋭い視線がクロードに向けられる。
「テメエ、自分の状況分かって口利いてんだろうな?」
「恐怖でイカレてここがどこだか忘れたか?」
「少なくともガルネーザファミリー幹部全員の前で切っていい啖呵じゃない」
俄かに殺気立つガルネーザファミリーの幹部達。
どうやら先程の言葉が敵対の意思表示だと彼らは受け取ったらしい。
だが、そんな彼等とは対照的に当のナレッキオ自身は急に笑い出す。
「ククククッ、俺からの褒め言葉とは中々おもしろい事を言うな小坊主」
「おかしかったですか?」
「いいや、おかしくはない。確かに言い出したのは俺だ」
そう言ってナレッキオは懐からシガーカッターを取り出して葉巻の先端を斬り飛ばす。
「いいだろう。今回だけはこちらから振った話という事で大目に見てやる」
『なっ!』
ナレッキオの口から出た言葉に幹部達が信じられないといった顔で振り返る。
当然だ。普段の彼であればこんな事で相手を許したりはしない。
その事をこの場にいる全員が理解しているからだ。
「ちょっと待ってくださいよ
「それでいいんですか!」
納得いかない様子で立ち上がって意義を唱える者が数人。
しかしそれをナレッキオの右手側の2列目の席に座っていたモウストが黙らせる。
「うるせえぞお前達。まだ首領の話の途中だ!ガタガタ喚くんじゃねえ!」
モウストの一括で場が静まり返り、立ち上がった者達が渋々と言った様子で席に着く。
頃合いを見計らって落ち着いた口調でモウストがさらに続ける。
「そもそも今日ソイツをここへ呼んだのは
「そういう事だ」
モウストの言葉にナレッキオが頷くと、葉巻の先に火を点ける。
「ただし、次があるとは思うなよ小坊主」
「はい。肝に銘じておきます」
「ならいい」
クロードの返事に頷くとナレッキオは葉巻を口に咥え、大きく息を吸い込む。
そこでナレッキオは初めてクロードの隣に立っている少女に向く。
「ところで小坊主。さっきからお前の後ろにいる小娘は誰だ?」
「わた・・・し?」
急に話を振られたヒサメが不思議そうに自身を指差す。
どうやら自分には関係ない話だと思って完全に話を聞いていなかった様だ。
慌ててクロードがヒサメの紹介をする。
「紹介が遅れまして申し訳ありません
「よろ・・・しく」
「居候?お前の女じゃないのか?」
「いえ、違います」
クロードの答えの意図が分からずナレッキオが首を傾げる。
他の幹部連中も何か裏があるのかと疑いの眼差しを向けるが、これについては嘘偽りは一切ないので他に答え様がない。
「そもそも何故女を連れてきた?自分の舎弟は沢山いるだろう?」
「先にも申しました通り私の目的はあくまで視察です。ですが男手を連れてきた場合、何かしらの行き違いで揉め事が起きるかもしれないと思いまして」
「なるほど、連れが女であればそういった心配もないだろうという事ですね。確かにその方が余計な揉め事が起きる可能性は低いでしょうな」
突如話に横から口を挟んできた幹部の1人に全員の視線が向かう。
「それなりに合理的な判断だと思いますよ。"第七区画の烏"殿」
「貴殿は?」
「おっと、これは失礼。そう言えばモウスト殿以外の幹部は誰も自己紹介してませんでしたね」
水を向けられた男は薄く笑みを浮かると椅子から立ち上がり、額にかかった前髪を右手で軽く撫で上げる。
「他の幹部の方を差し置いて言うのも気が引けますが、尋ねられたので名乗らせて頂きます。私はガルネーザファミリーの第9席を務めてるリットン・ボロウと申します。以後お見知りおきを烏殿」
そう言って芝居がかった仕草で恭しく一礼する狐顔の男。
本人としては他の幹部に先んじて名乗る事で自分のアピールをしたつもりなのだろうが、
それが実は獲物が自ら狩人の前に飛び出す事と同義であった等とこの時のリットンは知る由もない。
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