第63話 悪意の中へ
ナレッキオ・ガルネーザの屋敷ロビーにてクロードの前に突如現れたキャトル・マキウィと名乗る男。
自己紹介を済ませた後、キャトルははやや芝居染みた動きでクロードの前へと進み出て自身の右手をクロードに向かって差し出してくる。
「いやぁ~驚きましたね。まさかこんな形で貴方の様な有名人とお会いできるとは思っていませんでした。よろしければ握手してもらってもいいですか?」
「・・・ああ」
内心の動揺を表に出さない様に注意しつつ、クロードはキャトルの求めに応じて右手を差し出す。
もちろん、何か仕掛けてこないとも限らないのでアジールにはいつでも術が発動できる様に準備してもらう事も忘れない。
一瞬でそこまでの準備を整えた上でクロードはキャトルと握手を交わす。
手を握った瞬間に感じたのは拍子抜けするほどの力の無さだった。
(なんだこの男の異様なまでの力の無さは?)
外見的にはマフィアといよりはホストをやっている方が似合いそうな細身に色白の肌と碧の髪を持った爽やかな二枚目。
確かに見た目からしてそれ程筋力がある様には見えない。
とはいえ仮にもマフィアの幹部補佐を務める男がこんな非力で通用するのだろうか不思議に思う。
そんなクロードの内心の疑問を察してかキャトルがにこやかな笑顔を浮かべたまま答える。
「あははっ、その顔は自分みたいな非力な男に幹部補佐なんて務まるのかって思ってる顔ですね」
「いや、そういう訳では・・・」
咄嗟に図星を差されてクロードはバツが悪そうにキャトルから視線を逸らす。
そんな分かりやすい顔をしたつもりはなかったが、流石に幹部補佐だけあって目聡い。
「気にしないでください。仲間内でも良く言われるんですよ~お前は力が無さすぎるって」
「そうなんですか?」
「ええ、実際に荒事の方はからっきし駄目で、もっぱら裏方の頭脳労働担当なんですよ。だから正直クロードさん達みたいな力の強い人が羨ましいんですよね」
「なるほど」
彼の言っている事が本当なら余程裏方として優秀なのだろう。
でなければこの程度の力しかない男が幹部補佐になるまで生きていられるとは思えない。
(そういえばウチにも1人いたな。ホスト顔のヤツ)
不意にクロードの脳裏に自身の舎弟の1人、バーニィの姿が思い浮かぶ。
もっともこちらはそれなりに腕が立つ代りに頭の方はイマイチだが。
そんなどうでもいい事を考えている間にキャトルがクロードの手を放す。
「ありがとうございました。これで地元に戻った時に仲間に自慢できますよ」
「それは少し大袈裟では?」
「何をおっしゃいますか。
「はぁ・・・そういうものですかね」
そう言われてもクロードとしてはあまり実感の湧かない話だ。
もちろん自分がそこらにいる下っ端などよりもずっと強いという自覚はある。
しかしそれは自身がアジールと契約し、彼の持つ力の恩恵を授かっているからであって本当の意味で己が強いのかと問われると疑問が残る。
一応、時間がある時に鍛錬はしているが、それもどの程度効果を上げているかは実際の所よく分からない。
多少気にはなるところではあるが、自分の本当の実力を知らない事で何か問題がある訳でもないのでわざわざ確かめたいとも思わない。
そんな事を考えていると不意に誰かがクロードのコートの裾を引っ張る。
「ん?」
振り返るとヒサメの感情のない目がこちらを見上げていた。
「どうかしたかヒサメ?」
「黒服・・・放置・・・安定?」
「・・・あっ」
彼女の言葉に案内役の黒服を完全にほったらかしにしていた事を思い出す。
慌てて首を向けると腕を組んで苛立たし気な顔をした黒服の男の姿。
「立ち話も結構ですがそろそろ
怒気を含んだ声で不機嫌そうな態度の黒服がクロードとキャトルを睨む。
こめかみには青筋が浮かんでおり、一見しただけで彼が怒っているのがよく分かる。
「お待たせしてしまって申し訳ない」
「すいません。私が声を掛けてしまったばっかりにお仕事の邪魔をしました」
クロードとキャトルは謝罪の言葉を述べると2人して組織の下っ端である黒服に向かって頭を下げる。
自分より格上とされる2人が頭を下げた事で溜飲が下がったのか、黒服の態度が少しだけ軟化する。
「分かってもらえればいいですよ。ただゲストだからってあんまり調子に乗らんでくださいね。ウチの
「ご忠告痛み入ります」
「それじゃ今度はちゃんとついてきてください」
「はい」
クロードの返事を聞いた黒服はそれ以上何も言わずロビーの奥に続く廊下に向かって歩き出す。
その後に続いてクロードとヒサメも移動を再開する。
離れていく3人を見送りながらキャトルが軽く手を振る。
「それではクロードさん。また後程お会いしましょう」
見送るキャトルに軽く会釈を返して今度こそクロードは
クロード達が居なくなった後、キャトルと同じく第三区画の襟章を付けた2人の男が彼の両隣に立つ。
「あれが
「言うだけあって貫禄だけは大したものだな」
「そうだね。それでもウチの若様程じゃない」
そう語るキャトルの顔から先程までクロードに見せていたにこやかな笑みが消え、感情のない顔に冷淡な瞳が覗く。
彼はポケットから真っ白なシルクのハンカチを取り出すと、クロードと握手を交わした手の甲を軽く拭う。
「なんだ、またいつものヤツを仕掛けたのか?」
「ええ、彼は腕の立つ術者だという噂なので腕試しに少し」
キャトルの返事に仲間の1人が呆れた様な表情をする。
「相変わらず趣味な事やってるな」
「人聞きが悪いですね。ただの悪戯ですよ」
「悪戯で殺される側はたまったもんじゃないだろうな」
「その時はその程度の相手だったという事ですよ」
仲間からの言葉に答えた後、ポケットにハンカチをしまったキャトルは元のにこやかな笑みを浮かべる
「今は彼が気付くかどうか、結果を楽しみに待つとしましょう」
一方その頃、黒服に案内されてロビーから離れたクロードとヒサメはと言うと長い廊下を黙々と歩いていた。
「アジールどうだ?」
「こっちを窺ってる人影は無し。今なら問題ないよクロード」
「そうか。ならそろそろいいか」
突如隣でアジールと話し始めたクロードにヒサメが不思議そうな視線を向ける。
「クロ・・・どうか・・した?」
「ん?ああ、少し問題があってな」
「問題・・・なの?」
「心配ない。すぐに終わる」
そう答えたクロードは先程キャトルと握手した右手を軽く持ち上げると、指先に力を込め何かを掴むように掌をグッと握り込む。
すると掌の中でバキバキとプラスチックが割れる様な音が響き、掌から砂の様な光の粒子が零れ落ちる。
「何・・・ソレ?」
「これは対魔術用の簡易防壁の残骸みたいなものだよ」
クロードの影から口を挟むアジールの言葉にヒサメが頭の上に疑問符が浮かぶ。
どうしてそんなものが?と言いたげなヒサメの目。
確かに突然こんな事を言われても何の事か分からないだろう。
なのでクロードは前を歩く黒服に聞こえないよう小声で説明する。
「キャトル。さっきロビーで会った男が握手のタイミングで仕掛けてきた」
「さっきの・・・紙みたいな・・・男?」
「紙みたい・・・まっ、まぁそうだな」
辛辣なヒサメの言葉にクロードは思わず苦笑する。
かなり女性にモテそうな感じの二枚目に見えたが、どうやらヒサメの琴線には少しも響かなかったらしい。
「どうやらあの男、腕力はないが魔術の方はかなりの腕前らしい」
「致死性のある遅効性で効力を発揮するタイプの術だね。"呪い"と言い換えた方が分かりやすいかな」
余程高位の術者でなければ扱う事が出来ない隠密性に長けた術。
遅効性である為、気付いた頃には解呪できなくなって死ぬ可能性が高い。
正直、アジールの補助無しに気付くのはかなり難しかっただろう。
それ程の術を初対面のクロード相手に躊躇なくあの男は仕掛けてきた。
「まったく、ニヤけた顔して平然と恐ろしい真似をする男だ」
「中々思い切りのいい相手だよね。まあ僕達2人の敵じゃないけど」
普通、余所の組織の縄張りでこんな真似をするヤツはいない。
なにせバレたら組織全体を巻き込んだ全面戦争に発展する可能性すらある。
それは幹部補佐であるキャトルだって分かっているはずだ。
にも関わらず彼は人目のあるあの場所で仕掛けてきた。
自分の術に自信があるのだろうが、それでも実行に移すには度胸が要る。
どうやら彼はそれが出来る精神と実力を併せ持っているらしい。
(キャトル・マキウィ。大した胆力としたたかさだ)
これからガルネーザファミリー相手に工作しなければならないというのに、なんとも厄介な相手が居合わせてしまったものだ。
「クロに・・・攻撃・・・許せない」
「いっそ隙を見て排除しちゃう?」
「そうしたいが所のは山々だが今は時間がない」
高位の術者といえどキャトルを消すのはそう難しい事ではない。
しかし今は後2日の間で交渉を終えてと暗殺を完遂する事こそが優先される。
そんな状況でキャトルを消して、その疑いをこちらに向かわない様に工作している様な暇はない。
こちらの邪魔をしてくるなら対処せねばならないが今は様子見が妥当だろう。
「ヤツへの対処は当初の目的を遂げてからでも対応できる。今は作戦の遂行が優先だ」
そうやって小声で話し込んでいると前を歩いていた黒服がピタリと足を止める。
話が聞こえたのかと思ったがどうやらそうではないらしい。
「こちらの部屋で
黒服の言葉に目の前にある両開きの扉へと2人の視線が向かう。
(随分と大きな扉だな。応接室とかじゃないのか?)
クロードが疑問を抱いている間に目の前の扉が左右に大きく開かれる。
そして開かれた扉の向こうに広がった光景にクロードはキャトルとあった時以上の衝撃を受ける事になる。
(なっ、これはっ!)
奥行きのある講堂のように広い室内、刺繍の施された立派な赤い絨毯。
部屋の入り口から奥へと向かって真っ直ぐに伸びる長いテーブルが置かれており、テーブルの両側には16人の強面の男達。
その光景を目にしたクロードの体に緊張が走る。
(16だと!)
16人というのはクロードが事前に調べたガルネーザファミリーの幹部の数。
つまりこの場にはガルネーザファミリーのトップが揃っているという事を意味する。
まさか幹部全員の居る場にいきなり放り込まれると思っておらず、少なからず動揺するクロードに向かってテーブルの最奥から声が掛かる。
「どうだ驚いたか?アルバートの所の小坊主」
「っ!?」
名を呼ばれたクロードは、声がした方に視線を向ける。
そこには紫のスーツに身を包み、葉巻をふかす恰幅の良い男の姿。
「これがガルネーザファミリーだ。そして俺こそがその頂点に君臨する男、ナレッキオ・ガルネーザだ」
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