第54話 鴉は静かに策を練る

今回の件を利用する。そう語ったクロードの言葉の意図が分からずにラビは首を傾げる。


「利用するってどういう事?今回ってリットンの人生終了させて終わりじゃないの?」

「ああ、少し段取りを変える」


そう言ってクロードは取り出したタバコを口に咥え、その先端に火を点ける。


「段取りを変える?誘拐でもして身代金でもせしめるの?」


ラビの口をついて出た言葉にクロードはフフッと可笑しそうに笑う。


「俺がそんな馬鹿な真似する訳ないだろ」

「そうだよね~。だよね~」


ウンウンと頷きつつラビはさりげなく目を逸らす。

確かに普通に考えて誘拐なんていうのは下策もいいところだが、クロードならば普通にうまくやりそうと考えていた。


「当初の予定通りリットン・ボロウは始末する。その結論は変わらない」

「それじゃ一体何が変わるの?」

「奴を殺るまでに少し工程を加える。このままヤツを殺すだけじゃこちらには何の利益にもならないからな」

「そうなの?リットンがいなくなればガルネーザファミリーはそれだけで大打撃だと思うけど・・・」


いまいちクロードの意図が読み取れず不思議そうな顔をするラビにクロードは説明を続ける。


「確かにリットンを殺るだけでもガルネーザファミリーの力を大きく削ぐ事にはなるだろう。しかしそれだけじゃウチのファミリーにとっての利益に直結しない。リットンを殺るのはあくまでも俺にとって不利益になる可能性の排除だからな」

「それだけじゃ駄目なの?」

「別に駄目という訳じゃない。だが。どうせ同じ手間なら少しでも自分達に有益な結果になるようにしたいだろ?」

「う~ん、確かにそうかもしれないけど・・・」


顎に指先を当てて考え込む様な仕草をするラビ。

その姿を横目に見ながらクロードはテーブルの上の灰皿を手元に引き寄せる。


「幸いな事に今回は俺と同じ様にヤツに消えて欲しいと思っている人間が1人いるな」

「ドルバック・ガルネーザ」

「そうだ。ヤツにとってもリットンは邪魔者。なら俺達は協力しあえると思わないか?」

「・・・えっ?」


自分の考えの斜め上の考えを述べるクロードにラビの思考は追いついていかない。

そんな彼女を尻目にクロードはニヤリと邪悪な笑みを浮かべてタバコの灰を灰皿の上に落とす。


「今回のリットンを抹殺にドルバックを巻き込んでついでにヤツに貸しを作る」

「っ!?」


クロードの告げた言葉にようやく思考が追い付いたラビが驚きの声を上げる。

彼女が驚くのも無理はない。何せついさっきドルバックの放った刺客から襲撃を受けたばかりなのにそんな事を言い出すなんて普通なら考えられない事だ。


「本気かい?相手はキミの命を狙った相手だよ」

「無論本気だ。むしろ今がこれ以上ない程の好機だと思うが?」

「例えそうだとしても普通はそんな事、考えないし考えたとしても実行したりなんてしないよ」

「そうか?」


平然とした顔で言い放つクロードに流石のラビも呆れ顔になる。

昔からそうだ。クロードは冷静沈着に見えて時折こういった無茶な事を言い出す。

言うだけならまだいい。だがクロードは言葉にした事を実際に行動に移すから厄介なのだ。

ある意味でラドルなんかよりも余程危なっかしい一面を持っている。


「それにドルバックを巻き込むって言っても一体どうするのさ?」

「今考えているプランだとリットン抹殺時のアリバイの証人としてドルバックを使う」


リットンが消えた時、一番疑われるのはどう考えてもクロードだ。

だがもし、その時誰かと一緒にいたというアリバイがあればマフィアといえど下手にクロードに手を出す事は出来ない。

ましてや一緒にいたのが自分達と同じ組織の人間だというのなら尚更だ。

正直、そんなリスクのある方法を取らなくても秘密裏にリットンを消す方法はあるのだが、ドルバックと協力関係を築き恩を売るにはこの手が一番効果的だ。

共犯関係を築けば互いに相手を裏切る事が難しくなる。

しかも相手は次期首領候補、関係を築いておいて損はない。


「それってうまくいくの?」

「向こうにとってもメリットのある話だ。乗ってこない手はないだろう」


ドルバックにとってはクロードもリットンもどちらも敵である事に変わりないが、目下一番目障りな相手はリットンに他ならない。

実際のところクロードはリットンを排除する過程のおまけ程度の扱いだ。

ならば十分に取り入る可能性はあると思っていいだろう。


「あんまり余計な欲は出さない方がいいんじゃない?」

「マフィアなんて欲をかいてなんぼだろう?」

「それはそうかもしれないけどさ~」


ラビの心配を余所にクロードは余裕の表情でタバコの煙をくゆらせる。

別に自分の能力を過信して慢心している訳ではない。

ただ、今ある情報や送り込まれた刺客の実力から冷静に分析した上で今回の敵はクロードにとって脅威となりえないと判断したまでだ。


「それでもさ。わざわざ自分で行く必要ないんじゃない?折角身近にそっち方面の専門職が居るんだからその人達に頼んだりしないの?」

「今回は俺1人でやる。あとなラビ、さっきのだと少し語弊がある"元"専門職だ」

「今もやってる事は大して変わらないでしょ?」

「殺し屋とマフィアを一緒にするな」


2人の言う専門職というのはクロードの舎弟や子飼いにしている連中の中に何人かいる以前に殺しを生業にしていた者達の事だ。

その大半が元はクロードに差し向けられた刺客達だが、その技量や人間性を見て手下として使えそうとかマフィアとして見込みがあると思った者に限り、返り討ちにしたついでにそのまま自分の配下に加えている。

数にして7人程だがクロードが選んだだけあって誰もが凄腕の手練れであり、今回程度の案件ならば十分にこなせるであろう腕は持っている。

それでも今回の1件については彼らを使うつもりはない。


「確かに始末するだけなら彼らを使えば済む話だが、それじゃ折角のガルネーザとのパイプを繋ぐ機会を活かせない」

「どうして?」

「彼等は殺しの腕は立つがドルバックと交渉出来る程弁が立つ訳ではないからな。そもそも彼等じゃドルバック相手に交渉のテーブルにつくのも難しいだろう」

「そんなのやってみないと分からなくない?」


ラビの疑問にクロードは即座に首を左右に振って否定する。


「まず無理だな。相手は一組織の幹部で組織の首領の息子だ。当然周りには護衛をつけているからそう易々と近付く事は出来ない。アポなしでいきなり近づこうものなら問答無用で捕まるか殺されるだろうな」

「あれ?クロードくんも似た様な立ち位置じゃないっけ?」

「・・・ウチはウチ、余所は余所だ」


クロードには養子になった時から一度だって護衛などついた事などない。

これはクロードが養子だからとかそういう理由ではない。

その証拠に義兄のカロッソも幹部になる迄は周りに護衛など付けていなかったし、幹部になった今も近くに置いている護衛は2人しかいない。

もっとも2人に護衛がつかないのは別に人手が足りないとかそういった理由じゃない。

単に兄弟揃って護衛などつける必要がない程に化け物じみて強いので、その分妹2人の護衛に人員を割いているだけの事だ。


「でもさ、他の人が駄目ならクロードくんも駄目なんじゃない?ドルバックとの面識もなければガルネーザファミリーとのパイプも持ってないし、それどころか第八区画に知り合いの1人だっていない訳だしさ」

「それについては心配いらない」

「どういう事?」


ラビの疑問に答える様にクロードは右手に持った火の点いたタバコを灰皿の淵に置くと、自分の顔の傷を指差す。


「確かに向こうに繋がりは持っていないが、名も知れていない人間を向こうに送り込むのと違って俺は顔も名前もそれなりに知られているからな」


こういう時、名前が売れているというのは実に便利だ。

自ら名乗らなくても向こうが既にこちらの事を知っている事が多い。

ビルモントファミリーの首領ドンアルバート・ビルモントの養子にして次期幹部候補。

そしてその手腕から"第七区画の烏"の異名で呼ばれ恐れられる程の男が来るとなれば向こうも無視できない筈だ。


「そうかもしれないけど、アポイントもなしにいきなり行って大丈夫?」

「そっちも問題ないだろう」


最近自分の周りを熱心に嗅ぎまわっている連中の中にガルネーザファミリーの人間がいる事はもう確認出来ている。

わざわざこちらからガルネーザファミリーに渡りをつけるような事をしなくても向こうで勝手にこちらの動向について連絡を取り合って何かしら対応してくると思う。

クロードは容姿からして非常に目立つので大きな行動を取らなくても恐らく向こうの方からこちらを見つけてくれるだろう。


「問題はどうやってドルバックに接触するかだな」


流石に向こうも組織のトップ争いをしている人間だから馬鹿ではないだろう。

加えて送り出した刺客が返ってこない事やクロードが乗り込んでくるタイミングから当然クロードを警戒するはずだ。


「そっちは何か策はないの?」

「それについてはまだ何も考えてないな」


クロードはそう言って肩を竦めて見せる。

そっちについては正直ノープラン。現地に行けばどうにかなるだろうと考えている。


「敵地に乗り込もうっていうのに随分アバウトなんだね」

「もう少し準備期間があればもう少し用意はするんだがな」


とはいえ時間があったとしても行った事のない街での行動だ。

どんなに事前の準備をしたところで限界はあるし、全てが計画通りに行くとも限らない。

大まかなプランだけ立てて後はアドリブで何とかする方がクロードとしても動きやすい事もある。


「この事リットンに気付かれたりしないかな?」

「勘付かれたとしても問題はないだろう。せいぜい滞在中に嫌がらせをされるされる程度だな」

「どうして?」

「それは抗争中でもないのに自分達のシマで余所のファミリーの人間を死なせた場合、そこを支配している連中の責任問題になるからな」


クロードが第八区画に滞在中に殺されたりすれば、例えそれがガルネーザファミリーの仕業じゃなかったとしても自分の縄張りもロクに管理出来ない組織として他の区画のマフィア達から誹りを受ける事になる。

マフィアは面子を重んじる商売。余程の事がない限り自分達の顔を潰す様な真似はしないだろう。


「それにこっちも表立って行動を起こせば2つのファミリーの抗争の引き金を引く事になる。だから俺も下手な動きは出来ないと向こうは考えて密会の予定を変える事もないだろう。何かあっても1人相手ならどうとでもできると踏んでせいぜい護衛の人数を増やす程度だろう」


そこまで言ってクロードは手に持ったタバコをもう一度口に咥えて煙を肺の奥深くにまで吸い込み、一拍置いてから吐き出す。


「悪いが今回は少なくない人数を殺す事になる」

「うん。分かってる」


小さく頷いた後、ラビは目を瞑って小さく溜息を吐く。

それからしばし無言の時が流れた後、自分の中で整理をつけたラビが口を開く。


「無事に帰ってきてよね。まだ妹の誕生会の約束果たしてもらってないんだから」

「ああ、3日程で片を付けてくる予定だから戻ったら叔父さんや叔母さん、妹さん達を連れてパーティ用の服を作りに行かないとな」

「うん。楽しみにしとくよ」


そういって2人は軽く笑いあった後、誕生会の予定などについて軽く話あってから会議室を出た。

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