第53話 ガルネーザファミリーの内情

裏通りで待ち伏せていたならず者達を捻じ伏せた後、真っ直ぐ事務所に戻ったクロード。

事務所の扉を開けて中に入ると、来客用のソファでトムソンとラビが2人でクッキー片手にお茶をしていた。


「あっ、お帰りなさいクロードの兄貴」

「ヤッホー!クロードくんお邪魔してるよ~」


クロードの姿を見るなり2人が揃って手を挙げ出迎える。

マフィアの事務所とは思えない和やかな雰囲気を放つ2人に思わず苦笑いを浮かべつつクロードは身に纏うロングコートに手を掛ける。


「ラビ。来てたのか」

「うん。クロードくんに頼まれてた情報が手に入ったからね~」

「そうか。流石だな」


脱いだロングコートをハンガーラックに掛けながらクロードは口元に笑みを浮かべる。

ラビに仕事を頼んだ日から今日まで普段通りに仕事をこなしながら、この連絡が来るのを待っていた。

何せ今は幹部昇進の掛かった大事な時期、面倒事は早い内に解決しておくに越した事はない。

だからこの3日の間、少しでも早く報せが来ないかと思っていた。

しかし、その待ち時間も無駄にならずに済んだ。

もっとも時間が空いたおかげで想定外の情報を得る事に繋がったので無駄ではなかった。


(後は奴らの語った内容をラビに確認できれば・・・)


ラビならば先程のならず者達の話の真偽についても何か情報を持っているだろう。

もし、ならず者達の語った内容が真実ならばこれはチャンスだ。

うまく利用できればただ自分にとっての邪魔者を排除するだけだった話から予定外の副産物を得る事が出来る。

その成否を判断する為にも早くラビから話を聞こうと振り返ったクロードは、そこでふとある事に気付く。


「ところでトムソン。叔父貴や他の連中はどうした?」


事務所にいたのはトムソンとラビの2人だけで他には誰の姿も見えない。

別に珍しい事ではないが、出かける前に確認した予定では他にも誰かいるはずだった。

クロードの問いにトムソンはクッキーを頬張るのを止めて答える。


「えっと・・・フリンジの叔父貴はさっき首領の所の人が迎えに来たんで出かけていったっす。ラドルの兄貴とオックスのヤツは馴染みのお客さんのとこに呼ばれてたみたいで1時間前に出かけててロックは商品の納品が遅れてるって連絡があったんで現地に確認に行ったっす。後はバーニィが改装業者連れて新しいクラブの物件見に行ってて、ドレルはウチと取引のある店で揉め事があったらしいんで事務所に残ってた連中を連れて対応に向かったっす」

「揉め事だと?」


自分達の縄張り内でトラブルと聞いて目をギラつかせ俄かに殺気立つクロード。

空気がヒリつくような感覚にトムソンがヒィッと小さな悲鳴を上げて怯える。


「もっ、揉め事と言ってもアレですよ。近所の悪ガキ連中が小競り合いしているだけで兄貴が出る程の事じゃないっす」

「本当だろうな?」

「間違いないっす。だからドレル達だけで十分っす」

「・・・そうか」


どこか釈然としないながらもトムソンの言葉を信じて殺気を引っ込めるクロード。

悪人同士の揉め事なら出張って行って即鎮圧した上で二度と歯向かう事のない様に徹底的に粛清するところだが、流石に子供同士の小競り合いに首を突っ込んでいられる程クロードも暇ではない。

少し気になるところではあるが、今回は大人しくドレル達に任せておく事にする。


「まあ、ドレルのヤツならうまくやるだろう」


ドレルそしてロックとバーニィは舎弟の中でも特に見込みがあるとして目を掛けている。

余程の事がない限り自分が出る様な事にはならないだろう。


「そっすよ。心配無用っす」


何度も首を振って頷くトムソンに違和感を感じつつ、クロードはラビの方へと向き直る。


「ラビ。とりあえず奥の会議室で報告を聞きたいんだが?」

「もちろんだよ」


手の持っていたクッキーの残りを口の中に放り込んでラビがソファから立ち上がり、会議室の方へ向かって歩き出す。

その後に続いてクロードも会議室へと向かう。その途中で1人残ったトムソンの方を振り返り一言。


「トムソン。菓子を喰うなとは言わないがサボるなよ」

「う、うっす」


クロードの忠告にトムソンは素直にうなずくとテーブルの上に並んだ菓子やら茶器やらを片付け始める。

事務所にトムソン1人を残し会議室へと移動したクロードはラビと向かい合うように椅子に座り、いつもの様に懐から分厚い手帳とペンを取り出す。


「さて、それじゃあ頼んでた件の報告を聞かせてもらおうか。その後で2,3聞きたい事もあるが」

「うん。分かったよ。じゃ、まずは頼まれてたリットンの次の密会の日取りからだね」

「ああ、頼む」


クロードの返事に笑顔で頷くとラビは自身の調べた情報について語り始める。


「調べた限りリットンが例の役人と次に会うのは4日後、24日の夜11時ぐらいだね。場所は|第八区画<イプシロス>の郊外にあるアーデナス教の管理している教会だね」

「その場に来るのはリットンと相手の役人だけか?」

「ううん。リットンは慎重派だから表に出る時は必ず10人以上の護衛を付けてるみたいだね。それもかなり腕利き揃いで魔術師もいるんだってさ。後、相手の役人も子飼いにしてる手下を毎回連れてきてるみたいだから最低でも20人は来るんじゃないかな?」

「そのくらいは想定の内だ」


もっとも相手の数はクロードにとっては問題ではない。

強いて言うなら片付けるべき死体の数が増える。その程度の認識だ。

それよりも問題は標的たちが密会する日取りが問題だ。


「思ったよりも日がないな」

「?いつもみたいに行ってパパッと片付けて帰ってくるだけじゃないの?」

「そのつもりだったが少し事情が変わった」


そこでクロードは先程の帰り道で出会ったならず者達の話をラビに聞かせる。

話を聞いたラビはクロードの言葉を肯定するように小さく頷く。


「ドルバック・ガルネーザとリットン・ボロウが仲が悪いのは第八区画イプシロスでは実は結構有名な話なんだよ」

「そうなのか?こっちでは聞いた事が無かったんだが」


この業界、例えラビの様な情報屋を使っていなくても余所のファミリーの情報なんかはある程度に耳に入ってくる様になっている。

それこそどこのファミリーの誰が何人目の愛人を作ったとか、新しい車を買ったなんて話もあれば、賭場でいくらスッたなんて話まである。

しかもその情報も有名になる程、比例する様にして流れ出る量も自然と増える。

中にはデマも多くあるが中には信憑性のある情報もいくつか存在する。

今回名が挙がっているドルバックとリットンは両方ともガルネーザファミリーの幹部。

国内のマフィアのほとんどが知っていてもおかしくない様なビッグネームだ。

それ程の大物2人の仲が悪いなんて話が外に漏れていないという事が果たしてあり得るだろうか。

クロードの表情から彼の考えを読み取ったラビがクロードの疑問に答える。


「この件についてはガルネーザファミリーが第八区画内のマフィアや悪党達に箝口令敷いてるからね」

「それだけで防げるものか?」

「実際、茶飲み話に外の人間に話そうとした下っ端は家族から友人知人に至るまで見せしめに処刑されてる。それだけでなく同じ店にいた全員の身元を調べ上げて全員処刑したって話だよ」

「・・・まさかそこまでやってるとはな」


たかだか身内の不仲程度でそれだけの人間を皆殺しにするとはと思うかもしれないが、ファミリーの重要なポジションの人間同士が仲が悪いというのはそれだけで組織の統制に影響を及ぼす上に、外に漏れれば付け入られる隙にもなりえる。

組織を対外勢力から守るにはこのくらい徹底するのはむしろ当然の処置と言える。


(ガルネーザファミリーの非道は有名だからな。まあそのぐらいは平気でやるだろうな)


暗黒街に生きる者としては正しいやり方かもしれないが、ビルモントファミリーのやり方とは合わない。

だからビルモントファミリーとガルネーザファミリーは昔から仲が悪く昔から何度も小競り合いを繰り返している。


「しかし、そこまでの箝口令を敷くほど仲が悪いのかその2人は?」

「そうだね。ラビちゃんの調べた限りだと少なくとも互いに10回は刺客を送り込んだ事があるらしいって話だね。もっとも両方ともかなり有能な護衛を付けててどっちも成功せずに今に至っているみたいだけど」

「それだけ派手にやれば首領ドンの耳にも入るだろう?」


箝口令を敷くよりも首領ドンが直々に仲裁すればすぐに片付く問題の様に思う。

実際、ビルモントファミリー内で身内同士が小競り合いなどしようものならすぐに上から仲裁が入り、全員がその言葉に従う。

マフィアにとって首領ドンの言葉とはそれ程に重たいものだ。


「もちろん向こうの《ドン》首領も2人の関係は知ってるみたいだけど、それでも敢えて見逃してるみたいだね。あそこの首領ドンにとっては有能な方が残ればいいと思ってるみたい」

「片方は自分の息子だっていうのにな」

「なんともお寒い話だね」


クロードの所属するビルモントファミリーとは随分と毛色が違う。

彼等の方がある意味マフィアらしい悪党らしい在り方なのかもしれないが、同じ様になりたいとはクロードは思わない。


「結局、身内同士でやりあっても決着がつかなかったから今度は矛先を外に向けて点取り合戦に変えたという事か。こちらとしてはいい迷惑だな」


ニヤニヤと笑いお道化た様な顔をするラビの言葉にクロードはやれやれと肩を竦める。

映画なんかでマフィアが身内同士で争うのは定番だが、それに巻き込まれる者としては迷惑この上ない話だ。


「そもそも不仲の原因はなんだ?やはり跡目の問題か?」

「それもあるけど、それだけじゃないかな」

「他に理由があるのか?」

「理由っていうか正確の問題かな。ドルバックはどちらかというと古いタイプのマフィアで相手を力でねじ伏せる腕っぷしの強さと血筋を重んじてる。それに対してリットンは暴力よりも金と権力を使って利益を得る事を重視するタイプの人間。根本的にドルバックとはタイプの違うからソリが合わないっていうのが一番の理由かな」

「単純に性格の不一致が原因っていうっ事か?」

「まあ平たく言っちゃうとそう言う事になるかな」


そう言ってラビは苦笑交じりにクロードの方に視線を向ける。


「だから2人の喧嘩に巻き込まれたクロードくんはとんだ災難だね」

「確かにそうだな。だが悪い事ばかりでもない」


不敵な笑みを浮かべて応えるクロード。

その余裕を含んだ笑みの意味が分からずラビは首を傾げる。


「えっ?それってどういう事?」

「今回の1件、折角だからこちらも利用させてもらうという話だ」

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