第47話 首領の右腕と呼ばれる男
玄関を飛び出したクロードは家の周囲を見渡す。
すぐに敷地を覆う結界との境界線近くにあるポストの前に人影を見つけて急ぎ駆け寄る。
ポストの前に辿り着いたクロードの前には、いつもの騒々しい感じがすっかり鳴りを潜めて借りてきた猫の様に大人しくなったロック達3人の姿。
まるで獰猛な肉食獣に追い立てられたかの様にすっかり怯え切った小鹿の様な目をしている3人の後ろから、彼等を大人しくさせている張本人が前へと進み出る。
星明りの下に映し出された男の顔、最初に目につくのは顔のあちこちに残る刃物でつけられたと思しき無数の傷痕、髪は長い茶髪を整髪料でオールバックにまとめあげており、身に着けたブラウンのスーツの上から銀熊獣と呼ばれる魔獣の毛皮で作った特注のコートを羽織っている。
「久しぶりだな。クロード・ビルモント」
「ご無沙汰してます。ダリオの叔父貴」
厳つい見た目にあったバリトンボイスの男に向かってクロードは深々と頭を下げる。
クロードの前に立つ男の名はダリオ・ローマン。
フリンジやリゲイラといったファミリーに9人しかいない幹部よりもさらに上、
文字通りビルモントファミリーのNo.2にして
年齢は38歳。ビルモントファミリー設立時からアルバートの下で働いているらしく、長年ファミリーの為に貢献してきた実績と能力を買われて、年上であるフリンジ達を差し置いてNo.2の座に納まった嘘偽りなく本物の実力者だ。
当然ながら9人の幹部や多くの古参のメンバーからの評価は高く信頼も厚い。
クロード達若い世代の者達からは身内に対しても厳格な事や、敵に一切の容赦がない事で知られており、畏敬の念を抱かれている。
クロードの義兄カロッソと並び次期首領の座に最も近い男とも噂されている。
(なんでこんな大物が俺の家に・・・)
ダリオはファミリー内でアルバートに最も近い地位にいる人間なので屋敷にも昔からよく出入りしており、当然アルバートの養子であるクロードも彼とは面識がある。
もっとも本当に面識があるだけで会話らしい会話をした事はほとんど無い。
それはクロードがファミリーの一員となってからも変わっておらず、年に数回程ファミリーの会合やパーティの席で少し顔を合わせる程度だ。
今まで接点らしい接点のないダリオが何故今頃、自分の下に現れたのかクロードにはまるで見当がつかない。
「急な来訪で悪いな」
「いえ、少しばかり驚きましたが問題ありません」
取り繕う様に表情を作りダリオの言葉に答えるクロード。
そんな彼をダリオは感情のない目でジッと見つめる。
「少しお前に話があってな。フリンジの事務所に行ってみたがお前は帰った後だったのでボルネーズ商会の事務所にいた若いのを捕まえてここまで道案内をさせた」
「そうでしたか」
自分達にとって雲の上の存在であるダリオに言われたらそれは誰も断れないだろう。
しかも相手は部下の指導にも厳しいと噂の人物。
ロック達はここに辿り着くまでの間、さぞ生きた心地がしなかっただろう。
しかし、ダリオ程の人物が話をする為だけにわざわざ出向いてくるとは思わなかった。
「ここで立ち話も何ですから家の中に案内します」
そう言った瞬間、クロードの肩の影からアジールが姿を現す。
「う~ん。あんまり僕の結界の中に入れる男を増やしたくないんだけどな~」
「オッ、オイ」
機嫌が悪いからかファミリーのNo.2を相手に平然と恐ろしい事を口走る自身の相棒にクロードの背中を滝の様な冷汗が伝う。
随分と生意気な口をきくアジールにダリオは初めて表情を変化させる。
悪党らしい何か企んでいる様な含みのある感じの笑顔。
「ほう、こいつが噂に聞くお前の相棒か。見るのは今日が初めてだな」
「そうだね。僕の方もアルバートの屋敷で何度か顔を見た事はあったけど、こうして会って話すのはこれが初めてだね」
「俺は魔術師じゃないんでな。どんな精霊が相手でも態度は変えんぞ」
「別に構わないよ。僕も男に媚を売られても嬉しくないからね」
「フフッ、この俺を相手に随分と生意気な口をきく」
「それは当然だよ。僕にしてみればクロードも君も赤ん坊と大差ないからね」
一歩も引かず言葉の応酬を繰り広げる両者、そのやり取りにクロードは内心ヒヤヒヤしながら話が終わるのを待つ。
「この俺が赤ん坊とは、本当におもしろい事を言うな。精霊というのは」
「僕をそんじょそこらの精霊と同じにするのは感心しないな」
「それは失礼したな。以後、気を付けるとしよう」
「分かればいいんだよ」
そう言うとアジールは自身の羽を一枚毟ってダリオに向かって飛ばす。
ダリオは目の前に飛んできた羽を素早く掴み取るってアジールに尋ねる。
「こいつは?」
「今日だけ使える僕の領域への入場チケットだよ。丸コゲになりたくなかったらここを出るまでは離さずに身に着けておくことだね」
「それは恐ろしいな。言う通りにしよう」
ダリオはアジールの言葉に従い受け取った一枚の羽を胸ポケットの中にしまいこむ。
アジールがダリオを迎えた事に内心で安堵しつつ、クロードはダリオに声を掛ける。
「それじゃダリオの叔父貴。家の中に案内します」
「おう」
クロードの後に続き家の敷地に足を踏み入れるダリオ。
家へと向かう2人の後ろでようやく重圧から解放されたと安堵するロック達3人。
そんな彼らの耳にクロードから非情な言葉が届く。
「何をやっている。お前達も早く来い」
「いや、兄貴達の重要な話し合いに俺達がいたら邪魔だと思うんで・・・」
「そうそう、俺達下っ端は邪魔にならない内に退散させていただきます」
「遠慮するな。今日はお前等の分も飯を用意してある。それとも何か?まさか俺からの誘いは受けられないなんて言わないよな」
『・・・はい』
有無を言わせぬ兄貴分からの言葉にロック達3人は力なく項垂れる。
4人を連れて家へと戻ったクロードがダリオをリビングへと案内すると、丁度片づけを終えたアイラ達が彼等を出迎える。
「いらっしゃいませ。お客様」
「いらっ・・・・しゃい」
「どうぞゆっくりしていってください」
「ああ」
アイラに促されるまま席に着いたダリオは目の前に積まれた料理を見て目を丸くする。
「随分と用意が良いな」
「いえ、ダリオの叔父貴の為に用意したとかそういう訳ではなく。今日はたまたま家の者が夕飯を作りすぎただけです。なのでもし夕飯がまだでしたら好きなだけ食べて行ってください」
「そういう事か」
ダリオはそう言って軽く笑うと、今度はクロードの横に並ぶアイラ達に目を向ける。
「それにしても人間だけじゃなくエルフに上位魔族、そっちは獣人に辺境魔族か。お前が多種族の美しい女を囲っているとは聞いていたが・・・」
「別に囲っているつもりはないんですが」
まるで節操なしの様な言われ方をしてクロードは少し不服そうな表情をする。
そんなクロードの気持ちを無視してダリオは一方的に話を続ける。
「聞くところによると全員が精霊術師という話だな」
「ええ、まあそうですね」
クロードの言葉を聞きながらダリオはゆっくりとアイラ達5人の姿を見る。
「何故、精霊術師ばかりを集めている?」
「いえ、ですから意図して集めている訳じゃないありません。なんというか自然とこうなったと言いますか・・・」
なんと答えるのが最善なのか分からう、つい歯切れの悪い答えになってしまうクロードにダリオは不思議そうな顔をする。
「そうなのか?まあなんにせよ随分とモテるんだな」
「そう言われるのはあまり好きじゃないんで出来ればやめて貰えませんか?」
昔からクロードはどうもこの手の話が苦手だ。
思わず表情を引き攣らせるクロードはなんとか話題を逸らそうとする。
「そんな事よりも今日はどういった用件でしょうか?わざわざファミリーのNo,2であるダリオの叔父貴が一構成員である俺に会いに来るなんて?」
「随分と自己評価の低い男だな貴様は」
「事実ですから」
謙遜するクロードにダリオの目つきが変わり、鋭い視線を向ける。
「仮にも9つしかないビルモントファミリー幹部の椅子に手を掛けた男がいつまでも一構成員のつもりというのは些か問題だな。他の者に示しを付けるためにも改めろ」
「・・・すいません」
有無を言わせぬ圧の篭ったダリオの言葉にクロードは反省の言葉を述べて頭を下げる。
その周囲では黙って2人の話を聞いていたアイラ達がザワつき始める。
「旦那様がファミリーの幹部?」
「えっ、いつの間にそんな話になったの?」
「聞いて・・・ない」
「これは驚いたわね」
「それって凄い事なんですか?」
俄かに落ち着きがなくなる女達。ルティアだけがイマイチ状況を呑み込めてない様だ。
もっとも騒ぐアイラ達が問題としているのはクロードが幹部となる事ではない。
重要な話を会った事もない第三者の口から聞かされた事だろう。
後でその事について何か言われるだろうが、今はダリオとの話を優先する。
(ダリオの叔父貴の言う通り、これからファミリーの幹部という重要なポストにつこうという人間がいつまでも下っ端面をしているというのは良くないか)
どうも自分は目上の人間に対して卑屈になりすぎている気がする。
もっと堂々とした振る舞いをする様に心がけるべきなのかもしれない。
「今日俺がここに来たのはなクロード。お前が幹部の器に相応しいか確かめる為に来た」
「そういう事でしたか」
もしやとは思っていたがやはりそれが目的だったか。
ダリオは幹部会の纏め役も務めており、当然次の幹部会にも出席する。
その席での彼の発言次第では、クロードの幹部昇進の話も消える可能性さえある。
「フリンジやリゲイラ、カロッソといった幹部連中から度々お前の仕事ぶりについては話に聞いているし報告も受けている、若い連中からの評判も悪くない。だがな」
そこまで言ったところでダリオの視線が鋭さを増し、ダリオから放たれる威圧感で室内の空気が重くなる。
これがダリオ・ローマンなのかと室内で一緒に話を聞いていたロック達が思わず息を呑む。
「凄い威圧感だ」
「これがファミリーのNo.2」
「恐ぇええ」
身震いしながら威圧感を真正面から向けられたクロードの方を見る。
これだけのプレッシャーに晒されながらクロードはまるで動じていない。
流石は自分達の兄貴分。ファミリーのNo.2相手にも負けていない。
威圧感を受けて表情を変えないクロードを前にダリオは自分の主張を続ける。
「それはあくまでも他人の価値観に基づく他人の評価だ。俺のものじゃない。そして俺は自分の目で見た物しか信用しない主義だ」
「でしょうね。そんな気はしてました」
彼の言っている事は分かる。何故ならダリオの考え方はどこかクロードと似ているから。
重要な事を決める時は必ず自分で確かめないと気が済まない。
「例えフリンジやカロッソが何を言おうが、お前が
そこまで言った時、ダリオの手の中で何かが一瞬、キラリと光る。
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